経頭蓋磁気刺激 (TMS) によるうつ病治療についてはこのブログでも何度か紹介してきた (例: https://aasj.jp/news/watch/8393:https://aasj.jp/news/watch/12934 )。ただ効果の神経学的、細胞学的メカニズムを探る目的で実験マウスを用いることは、マウスの頭蓋は薄く、また脳も小さいため、局所刺激を行うことが簡単ではなかった。
今日紹介するカリフォルニア大学ロサンゼルス校からの論文は、2mm以下の精度で局所刺激が可能なコイルを開発し、人間の標的である背外側前頭前野に対応する背内側前頭前野 (dmPFC) を刺激している。人間で行われているパルスを発生させるとコイルがオーバーヒートするので、これを冷やす水冷の冷却装置を加えたのが重要な点のようだ。こうしてマウスのうつ病モデルを TMS で治療するモデル実験系を作成したのがこの研究のハイライトになる。
この研究では副腎皮質ホルモン投与をストレスと組み合わせたうつ病モデルを用いており、TMS 照射はほぼ1時間ごとに10分づつの照射を10回繰り返すと言う方法を用いている。この方法ではうつと正常の差がはっきりし、TMS の効果も明確になる。
苦労してマウスモデルを作成するのは、神経学的な様々な解析が出来るからで、dmPFC 照射中に、
錐体路神経 (PN) と、うつに関わるとして知られている皮質間をつないでいるintertelencephalic神経 (IT) の活動をまず調べている。結果は期待通りで、うつ状態を誘導したマウスの dmPFC では TMS 照射中 IT のみ反応が上昇する。一方 PN では反応が低下気味になる。また、照射1日後にうつ病で低下する努力が必要な行動を調べると、IT の興奮が特異的に高まっていることがわかり、うつ状態の改善は IT の興奮性の回復が最も重要な要因である事を発見する。
次は、dmPFC 神経を連続的に観察し、スパインと呼ばれるシナプス結合を反映する細胞学的構造の変化を調べている。まさにモデル動物、特に自由に神経活動の記録や操作が可能なマウスでしか出来ない実験だ。結果は美しい。うつ状態を誘導すると IT だけでスパインの数が減るが、これに TMS を照射することでかなり元に戻すことができる。
次に TMS 照射を行うとき、光遺伝学的に IT の興奮を抑制すると、うつ状態の改善が見られなくなる。すなわち、IT の興奮性ががマウスのうつ状態を決めている。またこの IT の投射先の神経興奮を Fos 発現で調べることで、うつ状態改善時に最も変化が見られる投射先は、前障と呼ばれる意識に関わるとして注目を集めている領域である事も確認している。
最後にスパインの変化の持続性を調べ、症状だけでなくスパインの変化も照射後1週間は持続することを明らかにしている。
結果は以上で、ヒトとマウスのうつ状態に差があるのは認めた上で、しかし実験マウスで TMS の照射実験が可能になったことは重要だ。もちろん我が国の研究者を含め多くの研究室でマウスを用いた TMS モデルの確立が目指されてきた。しかし、行動から細胞レベルのスパインまで、現象を完全につなぐことが出来たのは大きいと思う。TMS に期待したい疾患はまだまだ多い。その意味で期待できる。
