我が国でも成長戦略の一環として実験室に AI Agent を導入する AI for Scientist プロジェクトの公募が始まっているようだが、プロジェクトの成功は昨日の論文からもわかるように、いくつかの明確な標的分子を決めて、これを操作する化合物やペプチドの特定をベンチマークにすることだと思う。昨日紹介した既に論文までになっている世界の進展状況を考えると、立ち後れた我が国の研究は、創薬候補特定コンペとして設定し、広い範囲の研究者がその目的のために組織され、コンペに勝ったグループだけにお金が行くぐらいの思い切りが必要だと思う。いずれにせよ進展を注視していきたいと考えている。
繰り返すが、「役に立つ」製剤の設計が出来るかが鍵になるが、これにはドライからウェットまで多くの分野の研究を集める総合力が必要になる。その典型が2024年ノーベル化学賞受賞者の一人 David Baker さんの研究室で、大きな創薬企業に匹敵するぐらいの「役に立ちそうな」製剤を開発してきた。今週アップロードされた Nature には Baker 研からの論文が3報も発表されていた。2報は、ウイルス粒子のような大きなケージタンパク質の設計で、残りはGPCR結合タンパク質設計についての論文になる。特にGPCR論文は目標を実現する総合力が重要であることを明確に示す論文なので、今回取り上げることにした。タイトルは「De novo design of miniproteins targeting GPCRs(GPCRを標的にするミニタンパク質の新規デザイン)」で、5月20日 Nature にオンライン掲載された。
我々は800種類以上のGPCRを使っており、半分以上は臭い、フェロモン、味覚受容体だが、3−400種類のホルモンや神経伝達因子受容体もこのグループで、このブログで最近紹介する機会が多いGLP-1/GIP受容体もこのグループに属している。そのため、GPCRを特異的に刺激したり抑制したりする分子の探索は創薬の重要な領域になっている。ただ、GPCRのリガンド結合部位が浅いことや、結合により形態変化が大きいなど様々な問題があった。実際、GLP-1/GIPRアゴニストも天然のペプチドを操作して開発された。
Baker 研でもおそらく重要ターゲットとしてデザイン研究を進めていたと思う。ただ、これまで報告されてきた標的分子と異なり、開発されたタンパクデザインツールだけではうまくいかなかったのではと推察する。しかし目標は明確なので、RFdiffusion といったデザインモデルにこだわることなく、これまでの研究蓄積の生かせる方法へと舵を切って、11種類のGPCRに結合するミニタンパク質が設計できることを示したのがこの論文になる。
RFdiffusion を開発する前、Baker さんは短いペプチドを組み合わせてデザインする研究を行っていた(https://aasj.jp/news/watch/14170)。今回新たに導入した方法は、最初から全ペプチドを設計するのではなく、バックボーンとなる5ペプチドライブラリーからスタートして、RDdiffusion を使う方法で、これにより設計する数を大幅に減らすことができる。ただ、GPCRの構造上の問題から、候補を100個以下に絞るのは難しい。そこで、一万種類程度の遺伝子ライブラリーを作成して、GPCRに対して通常の結合や機能を指標とするスクリーニングを行っている。この時、この分野の専門家を動員しているようで、論文には多くの研究室が共著者として名を連ねている。
まず、痒みに関わる受容体 (MRGPRX1) を刺激するペプチド及び痛みに関わるニューロキニン受容体の抑制ペプチドを設計し、最終的にクライオ電顕でデザインした通りにペプチドがはまり込んでいることを確認している。
他にも、ケモカイン受容体CXCR4、最近最も注目されているGLP-1R、GIPRを含む4種類のGPCRについても、同じ方法で候補を設計し、これまで一般に行われているスクリーニングを組み合わせると、阻害活性を持つペプチドを得ることが出来ることを示している。
それぞれの生理活性については試験管での機能を指標にした評価以外には示されていないが、唯一CXCR4の結合を阻害するペプチドについてその機能を調べている。これまで阪大の長澤さんたちが示してきたように、この阻害ペプチドを皮下注射するだけで、血液幹細胞が骨髄ニッチを離れて末梢血に流れてくることから、期待通りの生理活性も十分なることがわかる。
以上が結果で、設計された個々のペプチドについての紹介は全て省いたが、設計と実際が一致するかについては丹念な検討がなされている。即ちデザインだけにこだわることはない。AI Agent と同じで、創薬などの開発をより効率化できればいいので、AI for Scientist プロジェクトでもこのような研究を指標に、選んでほしいと思う。
