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5月10日 いくつかのAIを組み合わせてタンパク質を進化させる(5月7日 Science 掲載論文)

2026年5月10日
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現存のタンパク質は38億年の進化の過程で生まれた一つの到達点だが、さらに機能的に進化させられる可能性がある。これは抗体を見ればよくわかる。即ち、H鎖とL鎖の抗原結合部位に相当する領域が突然変異を繰り返すことで、抗体の結合力が10倍100倍と上昇する事を観察できる。

今日紹介する Arc 研究所を創始した一人 Patric Hsu 研究室からの論文は、タンパク質のステップワイズな進化を超えて多くのアミノ酸の変異が合わさった進化のジャンプを可能にする方法を模索した思想的にも極めて深い研究で、5月7日 Science に掲載された。タイトルは「Rapid directed evolution guided by protein language models and epistatic interactions(プロテインLMMとエピスタティック相互作用に基づく方向付けられたタンパク質進化)」だ。

この論文には Brian Hie と Patrick Hsu という Evo の論文の主役が名を連ねている。責任著者の Patrick Hsu は30歳になる前から注目の科学者として Forbes などで紹介されており、Arc 研究所の創始者の一人で、若干33歳の台湾生まれのアメリカ人で、超エリートと言っても過言ではない。

タイトルにあるエピスタシスとは、遺伝学的には一つの遺伝子変異が他の遺伝子変異に作用することだが、ここではタンパク質の異なるアミノ酸部位の変異が互いに作用し合うと言う意味で使われている。

研究の目的は極めてストレートで、一つのタンパク質の機能を一度に何段階も進化させて高める方法の開発だ。もちろんこれまでもタンパク質を進化させる研究は行われてきた。様々な部位のアミノ酸を置換して機能を調べる deep scanning 、最近ではプロテインLLMを用いて変異の評価を行う方法などだ。しかしこれは段階的進化を調べる方法で、38億年に渡って続いてきた段階的の進化を延長して新しい進化地点を探す方法と言える。

これに対し、Hsu たちは段階的生命進化に加えて、実際には選択圧の起原であるリアルワールド、即ち、物理法則を組み合わせて進化させられないかと考えた。そして一つのタンパク質を、まず deep scanning あるいはプロテインLLMを用いてステップワイズな進化、即ち、機能を高める1アミノ酸置換を行い、これにより機能が高まる置換をリストしている。ここまでは38億年の進化の延長にある潜在空間の探索だが、次の段階でこの空間に存在するトップ15アミノ酸置換をリストし、それぞれの変異の組み合わせを15x15=125種類設定し、基本的には実際にタンパク質を再構成し直して機能を調べる、あるいは高速で構造予測が可能な ESMfold 等を用いて評価している。そして、それぞれの配列を、既存のESMなどにエンベッディングすることで、多次元ベクトル座標として数値化し、125種類のベクトルを古典的なフーリエ畳み込みニューラルネットに学習させ、これに3−7つの変異を持つ機能が高いタンパク質を予測させるという手順をとっている。即ち、機能が高まった2つの変異を組み合わせることで、タンパク質の物理特性(即ちエピスターシス特性)を抽出できると考え、プロテインLLM や deep scanning を用いたステップワイズ進化と組み合わせることで、進化の大きなジャンプを実現しようという構想だ。

なるほどとは思うが、本当にうまくいくのかと思って論文を読んでいくと、1)大豆の持つ酵素 Ascorbin peroxidase 、2) RNAを標的にした CasRx 、そしてCD122 (Il-2Rβ) に対する抗体を選び、この方法で進化のジャンプをデザインし、最終的にそれぞれ、4倍、8倍、3倍程度の機能が高まった複数の変異を持つタンパク質設計に成功している。この論文の重要なポイントは、現状では進化のジャンプを可能にする汎用モデルは難しく、一つ一つのタンパク質で小規模に進化させる必要がある点だ。しかし、エージェントAI が加速度的に導入される生命科学では、実際の進化と物理法則が合わさったタンパク質の汎用モデルも可能になる気がする。

インシリコだけでなく、徹底的にリアルワールドの実験を組み合わせて、いくつかの変異が組み合わさった進化のジャンプを予測する事が可能であることを証明して見せたこの論文は、例えば新しい遺伝子編集法の開発などで示されてきた彼の能力の拡がりを示しており本当に驚く。このような若者が台頭してくると、科学の変革点にいることを実感する。

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