我々の海馬に存在する場所記憶システムは、entorhinal cortex に存在して、絶対的空間情報を保持するGrid細胞と、海馬のCA1とCA3に存在する現実の場所の場所を記憶しコードする場所細胞に分かれている。生後すぐには場所細胞が発達するが、その後Grid細胞がCA1、CA3へと投射することで、空間の座標を指示すると考えられている。
今日紹介するイスラエルワイズマン研究所からの論文は、コウモリが長い距離を飛翔するとき、CA1とCA3場所細胞は全く異なる挙動を示し、この結果長い距離での場所記憶を、迅速かつ正確の行える2段階システムが存在することを示したおもしろい研究で、5月27日 Nature にオンライン掲載された。タイトルは「Sparse-to-dense coding transformation between hippocampal areas CA3 and CA1(海馬のCA3とCA1では、雑なコーディングから精密なコーディングへの変換が行われている)」だ。
これまでCA1とCA3の場所細胞は、存在する領域は異なるがほとんど同じようなマップが作られると考えられてきた。しかし、長い距離を移動するマウスを用いた実験から、CA1では場所細胞が多く動員されて別々の場所領域をコードするのに、CA3は長い距離でも短い距離でも固定した一つの場所細胞セットで場所をコードしていることがわかった。すなわちCA1とCA3の場所細胞の機能は同じではなく、CA3は領域の大きさにかかわらず記憶する空間全体を、CA1は空間記憶の精度を上げるために、大きな空間を分割する小さな空間に分けてコードしているという可能性が示唆されていた。
この研究では100mを超える空間での移動実験が可能なコウモリを用いて、CA1、CA3両方の場所細胞を同時記録し、上の仮説が正しいかどうかについて実験している。コウモリのCA1、CA3領域にクラスター電極を設置し、まず130m、180m、200mと異なる距離を飛行させたときの、それぞれの領域の錐体神経を数百個づつ記録している。
結果は予想通りで、CA3の場所細胞は距離にかかわらず一つのセットが全体の空間に対応する。即ち、一つの場所細胞は全体の工程の一定の部位のみで反応する。ところがCA1は同じ細胞が全体の行程の中の異なる区画で何度も反応する。また、距離にかかわらずCA3は一つの場所細胞セットで対応する一方、CA1は距離が長くなると多くの場所細胞セットが動員され、200mの距離では5−10個の脳内フィールドが対応する。
以上の結果とCA3はCA1へ投射して反応を調節していると言う事実から、CA3は距離にかかわらず移動空間全体を一つの神経セットでカバーし、距離や方向の変化にいち早く対応するとともに、CA3の指示に従って、CA1ではより小さな区画をカバーする神経セットを距離に応じて増やしていき、より小さな領域の変化を正確に記録していると考えられる。このことを、神経ネットワークシミュレーションで確認した後、これを実験的に確かめるため、180mの工程の中においた標識を7.5mずらす実験を行って、それぞれの反応を見ている。期待通り、小さなずれにはCA3は全く反応しないが、CA1神経は反応する細胞がずれにより再構成される。
さらに、途中で90度ターンが必要な行程で、行きと帰りでのCA3、CA1の反応を調べると、CA3はほとんど変化がない一方、帰りになると行きに反応した細胞の中の一部が強い反応を示すことを観察している。この行きと帰りの差は、おそらく帰りのルートを予想する過程で、正確な場所をコードするCA1が選択的に興奮して場所を指示していると考えられる。
結果は以上で、行動する空間全体をカバーするCA3と、その指示によりより詳細な部分的場所記憶に関わるCA1という2段階システムが明確にされた。おそらく自動運転のAIも同じような構築になっているのではないだろうか。
