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11月27日 新しいPETリガンド合成方法の開発(11月25日 Nature オンライン掲載論文)

2020年11月27日

私は生命科学に関わってきたのに、有機化学の素養は全くない。もちろん現代の医学生物学が有機化学に支えられていることはよくわかっており、しかも我が国がこの分野をリードして、ノーベル化学賞受賞者を輩出してきたこともよく理解している。この認識から、神戸の医療産業都市計画をお手伝いしていたとき、有機化学を駆使して新しい放射性化合物を合成し、PETを用いて映像化するための研究所を設立するための地ならしに関わったことがある。この時、日本の優れた有機化学者の力を借りて、多くの化合物が開発され、生命機能が個体レベルで解明されることを夢見ていた。公職を退いて八年になり、神戸に集まっている理研の組織は大きく変わっており、PETを用いて新しい生命機能を解明するため、有機化学者と医学者が協力し合う研究組織が存続しているかどうかよく知らないが、この夢を捨てることなく研究が続いていることを期待している。

しかし、論文を読んでいても、PETを用いた研究に使われる有機化合物のレパートリーは限られているように思う。これはPETで検出するために用いられるアイソトープ炭素11を、薬剤など複雑な有機化合物に導入するためのユニバーサルな方法が開発できていないためと言える。今日紹介するプリンストン大学からの論文は、シリルラディカルを媒介にメチル基を有機化合物に導入する方法で、多くの化合物を炭素11で表式できることを示した研究で11月25日Natureにオンライン出版された。

有機化学の素養が全くない私が紹介すべき論文かどうか心配だが、しかし重要性に鑑みわかったところだけかいつまんで紹介する。

炭素同士を繋ぐクロスカップリングというと、ノーベル化学賞の鈴木先生や根岸先生の業績だが、炭素11を導入するとなると、1)ともかく半減期が20分と短いので、短時間の簡単な反応の開発が必要、2)その時利用できる炭素11をもつ前駆体が限られているためか、ほとんど利用されてこなかったようだ。この研究では、Still/Suzuki/Negishiカプリング法をベースに、放射線標識したメチル基を、化合物合成の後期に導入する方法を考案する。Metallaphotoredoxと呼ばれる光触媒を使ってシリルラジカルとアルキルハロゲンを結合させる化学反応を利用するのがポイントのようだが詳細は専門家に聞いてほしい。

この方法を用いるとHをトリチウムに変えたメチル基、あるいはCを炭素11に変えたメチル基を様々な化合物に、20分ほどで導入することができ、猿を用いた脳のシナプス結合の密度を調べることに利用できることを例として示している。

詳細は全て省くが、現在使われている様々な化合物の8割はメチル基が存在することから、多くの化合物が同じ反応で標識でき、それにより生体機能を可視化できるようになったと結論していいだろう。脳の様々な機能だけでなく、懸案であった糖尿病とβ細胞数など多くの代謝疾患についても、それを調べるための化合物が頭に浮かべば、今後は標識によるPET検査も視野に調べることが可能になる。詳細はほとんど理解していないが、重要性がひしひしと伝わる論文だった。

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