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11月19日 RNAワクチンの科学(11月12日号 The New England Journal of Medicine 掲載論文他)

2020年11月19日
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ファイザー/ビオンテック及びモデルナのRNAワクチンの第3相治験の中間レポートの話題で世の中は持ちきりだ。もちろん最終的臨床効果の判断は、あらかじめ決めた評価基準と評価時期でワクチン接種群と対照群を比べることで行われる。従って、ワクチン接種後早期の効果としては、この治験の判断が全てで、中間レポートとしては期待できる結果だ。ただ有効な医薬・ワクチンは、大規模治験に進む前に、まず信頼できる科学に裏付けられた実験結果に支えられている。この臨床応用前に示される科学的データは、臨床的効果を評価、予測するための理論的根拠となり、常に参照することが重要になる。現在メディアがRNAワクチンの背景にある科学をどの様に伝えているのかわからないが、科学の今を論文紹介を通して伝える科学報道AASJとしては、今回話題になっている2種類のRNAワクチンの中から、モデルナのmRNA-1273の科学について、モデルナから今年の8月5日、及び11月12日に以下の2篇の論文を紹介することにした。ぜひ参考にしていただきたい。

まず最初のNature論文は、マウスを用いたmRNA-1273の前臨床研究で、RNAワクチンが今後のパンデミックに対応するための切り札としていかに重要かを強調した論文だ。すなわち、今回のCovid-19にとどまらず、ゲノム配列が特定されたウイルスに対して、とりあえず予防手段を迅速に提供するという目的に沿って、研究が行われている。

事実このグループは、一般的にコロナウイルススパイク分子が細胞側の受容体に結合する前のperfusion conformationと呼ばれる構造を解析してきた研究実績があり、他のコロナウイルスでの経験から、スパイク分子にわざわざ変異を導入することで、安定にperfusion conformationを取らせることができること、そしてこの構造を抗原とする方が10倍高い抗体を誘導できることを示している。

こうして特定した安定なスパイク分子をコードするmRNAが効率よく翻訳される様に改変した、mRNA-1273を脂肪酸ナノ粒子と混合したワクチンの抗体誘導能力を、同じ変異型スパイク分子をアジュバントと混合した組み換えタンパク質ワクチンと比べ、中和抗体レベルではほぼ同等、T細胞免疫誘導ではより優れていることを示している。RNAワクチンの場合、RNA自体が細胞内アジュバントとして働き、アジュバントを加える必要はないようだ、。もちろん、感染実験で肺炎の発症を抑えることができる。

RNAワクチンがタンパク質と同等かそれ以上であることを示した上で、次になぜタンパク質+アジュバントではなく、RNAワクチンかについて、効能より、生産の迅速性にあると結論している。それを示すために、今回彼らが進めてきた工程表が示されており、1月13日にはmRNA-1273の設計図を決め、次の日には医療用グレードのRNAの生産を始め、2月には上に述べた動物実験を始めている。そして、スパイクの構造について2月19日にはScienceに報告し、驚くことに3月2日にはFDAに申請、16日にこれから紹介するThe New England Journal of Medicineに発表された論文の元となる第1相試験を始めるというスピードだ。

要するに、組み換え分子をワクチンとして用いる場合は、迅速性でRNAワクチンに勝るものはなく、もし一定の期間免疫が誘導されれば、長期効果の有無にかかわらず、パンデミックをおさえこむ効果があると考えている様だ。

これを知ると、2番目の第1相論文が第3相の中間レポートのタイミングで出てきたことがよく理解できる。すなわち、3月に始められた第1相の目的は、安全性と、人間で中和抗体が誘導できるか調べることだが、この治験に参加した45人の成人については、半年という本来このワクチンが目指した中期効果の予測のデータを示すことができるわけだ。

結果は2回の接種により、回復患者さんの抗体を上回る中和抗体活性が誘導でき、100μg接種ではばらつきも少ない。しかも、2ヶ月では抗体の力価はプラトーで維持されている。おそらく、タンパク質や、不活化ウイルスをチャレンジする実験も計画されているだろうが、perfusion conformationを狙って中期の免疫防御を実現するという意味では、合格点と言える。残念ながらマウスと異なり、強いキラーT細胞活性は誘導できていないので、感染してしまった後にはこのワクチンの効果は期待できない様に思う。

最後に重要な副反応だが、2回目の注射を受けたあとは、用量に応じて様々な副反応が出る。実際に使われる100μgで見ると、倦怠感、寒気、頭痛、局所の痛みなどが半分以上の人に現れるが、その後半年間の経過観察で、これら以外に問題は出ていない。すなわち、急性の副反応が中心になる。これについては、第3相の3万人の詳しいデータが示されることが待たれるが、すぐに発表されるだろう。副反応の主な原因は、自然免疫による炎症であると考えると、RNA自体が持つアジュバント効果の強さに驚く。

細かい点までよく考えられた、科学的成果としても目的のはっきりした優れた論文だし、感染が拡大し始めたときの防御の第一線として、RNAワクチンが優れていることがよくわかった。

最後にでは私は接種を受けるかと考えると、仕事で出張(実は今日も東京)があり、マスクはしていても対面の仕事もあり、学生さんに直に講義したいと望み、すでに再開されたコンサートも楽しんでおり、できる限り早く海外にも出かけたいと思っているので、今の様に感染が拡大している状況ならぜひリスクを取りたいと思うし、その気にさせる科学的説得力がある。

アフリカの誘惑に駆られて、治験中の黄熱病ワクチンを受けて1週間倦怠感に襲われたが、今回も同じで、normalな生活への欲望は抑えられないとたかをくくっている。

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