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11月1日 断片的臨床データを埋める動物実験の重要性(10月28日 Nature オンライン掲載論文)

2020年11月1日
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新型コロナウイルス感染は、様々な専門的言葉がメディアにより一般向けの言葉として使われるきっかけになった。その最たるものがサイトカインストームという言葉で、重症化の代名詞にすらなっている。しかし、サイトカインストームは自然・獲得免疫の暴走状態で、Covid-19特異的でもなんでもない。また、末梢血の指標から判断できるサイトカインストームの程度は、他の病気と比べて特に高いわけではないとする論文が米国医師会雑誌にも発表されている。

ただ、サイトカインストームは感染症の重症化を決める重要な要因であることは間違いない。この重症化への境目を知るためにとれる一つの方法は、様々なステージのCovid-19患者さんについて、予断を排して徹底的に調べることだが、いわゆる中等度への移行過程で代謝や免疫指標の最も大きな変化が起こっていることが最近Cell に発表された。

このことは、肺へ感染が広がった時に起こる変化の解明の重要性を示している。しかし、いかに多くの患者さんが発生しているとはいえ、これを人間の組織で調べるのは難しい。そこで動物実験の出番になる。

今日紹介する米国St.Jude病院からの論文は肺炎の重症化を決めるメカニズムをマウスの重症インフルエンザ感染モデルで検討した研究で、最終的に治療のヒントにまで到達できている面白い論文で、インフルエンザ感染が中心とはいえコロナ関連の論文として紹介する。タイトルは「Exuberant fibroblast activity compromises lung function via ADAMTS4(線維芽細胞の高い活動性がADAMTS4を介して肺機能を傷つける)」で、10月28日Natureにオンライン出版されている。

インフルエンザであれコロナウイルスであれ、感染するのは上皮細胞が中心になるが、そこから発せられるシグナルを組織化しているのは上皮を裏打ちしている間質細胞になる。

この研究では致死量のインフルエンザウイルスを感染させた肺組織の間質細胞、特に線維芽細胞に焦点を当て、個々の細胞の遺伝子発現を網羅的に調べるscRNA seq法を用いて調べ、インターフェロン反応性の線維芽細胞が感染後期に上昇してくる一方、組織障害に反応する線維芽細胞(Dfib)は感染初期に急増することを発見する。また、両者を表面抗原で分別できることも示している。

この研究の特徴は、臨床応用可能だと思えるデータは必ずCovid-19も含むヒト感染症のデータベースと照合している点で、このDfibと同じ形質を持った細胞が、重症肺炎による死亡例で多いことを確かめている。

このDfibの遺伝子発現プロファイルから、サイトカインだけでなく、組織のマトリックスを分解する酵素、特にADAMTS4の発現が高まっていること、さらに人間の線維化を伴う肺疾患でも同じ様にADAMTS4が高まっていることを明らかにしている。そこで、この分子の肺炎重症化への関与を調べるために、遺伝子ノックアウトしたマウスでインフルエンザウイルス感染実験を行い、死亡例が半減すること、また肺の炎症での線維化がかなり抑えられること、ウイルスに対するキラー細胞の浸潤は変わらないが、T細胞全体の浸潤とサイトカインん分泌は低下すること、そしてこの変化はマトリックスの中のVersicanの分解の程度で決まることを明らかにしている。

最後に人間の季節性インフルエンザ及び鳥インフルエンザへの感染による重症化との相関をやはりデータベースを掘り起こして調べると、線維芽細胞が活性化し、ADAMTS4の発現が高いと、重症化率がオッズ比で2倍になることを示している。

以上が結果で、マウスの実験も、蓄積されたデータベースを使うことで、人間にも参照できることを示した面白い研究だと思う。ADAMTS4はノックアウトしてもマウスが生きていること、プロテアーゼであることなどから阻害剤で介入する可能性がある。もちろん線維化の指標としても重要になるだろう。

Covid-19が診断されてすぐ、症状が強まる前からCT上の間質肺炎初見が強いことが示され、さらに中等度で回復しても後遺症が残ることも知られている。その意味で、今日紹介したCellとNatureの論文は、肺に感染が進展した時が病気を制御する最も重要なポイントで、間髪を入れず早期治療を行うことの重要性を示唆する様に感じた。

カテゴリ:論文ウォッチ
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