2020年3月27日
私が医学部を卒業した頃は、細胞が死ぬということは全てネクローシスと名付けていた。しかし、細胞死の分子メカニズムがわかってくると、アポトーシス、ネクローシス、ネクロプトーシス、さらにはピロトーシスまで細胞死が細かく分類されるようになった。すなわち、細胞も時と場所に応じて死に方を選んでいることになる。
例えば感染により細胞が死ぬときは、大騒ぎして周りの細胞に働きかけ炎症を起こして感染を防ぐ必要がある。一方、発生時にアポトーシスは必須だが、周りの細胞に迷惑をかけずひっそりと死んでいく必要がある。ただ、ひっそりと死ぬと言っても細胞死が起こるわけで、周りを刺激しないようシグナルを出す必要がある。
今日紹介するバージニア大学からの論文はアポトーシスに陥った細胞がどのように気を配りながら死んでいくのかについて解析した研究で3月18日Natureオンライン版に掲載された。タイトルは「Metabolites released from apoptotic cells act as tissue messengers (アポトーシス中の細胞から遊離される代謝物は組織へメッセージを伝える役割がある)」だ。
この研究は最初からアポトーシスが始まると、普通には出てこない代謝物が細胞から遊離してきて、これが周りの組織に働きかけ、強い反応が起こらないようにする、すなわちひっそりと死ぬことができると仮説に基づいて実験を行なっている。このため、アポトーシスを誘導した細胞から遊離される代謝物を解析し、最終的に重要と思われる6種類(AMP,GMP, クレアチニン、スペルミジン、リン酸グリセロール、ATP)を特定している。
また、これらの代謝物が壊れた膜から出るのではなく、まだ機能しているチャンネルを通して選択的に遊離されること、そのチャンネルの一つがPANX1であることを突き止める。さらに、スペルミジンも死んだ後の老廃物ではなく、細胞死が始まるとわざわざ合成されて、PANX1を通って選択的に遊離することを明らかにする。
次に、これらの代謝物はメッセンジャーとして周りの組織に指示を出しているのか、アポトーシスを誘導された細胞の培養情勢をマクロファージに転化する実験を行い、例えば炎症性の分子を抑え、抗炎症性の分子やアポトーシスを抑える分子を上昇させるなど、遺伝子発現のプログラムを変化させることを示している。
最後に、今回発見した様々な分子が実際の組織で働いているかどうか調べる実験をいくつか行い、
CD4T細胞のPAMX1をノックアウトすると、アポトーシス細胞から周りの白血球へ働き変えられなくなること、 そして、今回発見した代謝物が、関節炎モデルや肺の拒絶反応モデルで見られる炎症をおさえること、
を明らかにしている。
人間社会に置き換えてみると、周りに大騒ぎして悲しまないようまずしっかり伝えてから、あとは自分で始末してひっそり死ぬ方法と言えるように感じた。さらに、他の死に方をアポトーシスに変える代謝物ミックスまで発見しており、今後の応用が期待できる。
2020年3月26日
前回新型コロナウイルスの感染動態についてのThe Lancet論文を紹介した時(https://aasj.jp/news/watch/12611 )読者からBCGワクチンが新型コロナウイルス感染予防に効果がないか確かめる治験が進んでいるという情報が送られてきた。調べてみると、3月23日Scienceはオランダナイメーヘン大学のグループが中心になってオランダではBCG接種が進行中であることをレポートしていた(https://www.sciencemag.org/news/2020/03/can-century-old-tb-vaccine-steel-immune-system-against-new-coronavirus?fbclid=IwAR3UkYZT941PpzUVKkNwXzkARg9uL-d2OdiZV0qQICrL9U5ke0FwegMwYZ0 )。すさまじい勢いで様々な可能性が提案され、研究から臨床への時間差もほとんどないことを知って、今回のコロナウイルスパンデミックが、医学と一般の人との関係を確実に変えるという実感を持った。
ではどのようなメカニズムでBCGがウイルス予防に効果があるのか勉強してみようと、2018年1月ナイメーヘンのRadboud大学からCell Host & Microbeに発表された論文を読んでみた。タイトルは「BCG Vaccination Protects against Experimental Viral Infection in Humans through the Induction of Cytokines Associated with Trained Immunity(BCGワクチンはヒトの実験的ウイルス感染を免疫訓練で誘導できるサイトカインを通して防御する)だ。
もともとBCGで免疫を変化させ、結核だけでなく、ガンや感染症を抑制しようとする試みは大阪大学を中心に我が国で活発に行われた。現状については把握できていないが、その後自然免疫の概念が確立しBCGのような複雑な刺激ではなく、より洗練された自然免疫刺激分子の研究へと移ったように思う。
一方、このグループはBCGにこだわっており、その意味で刺激自体を分析することにこだわらない。この研究ではBCGが血液のエピジェネティックを変化させるという仮説を人間で確かめることが目的になっている。実際、同じ時期にマウスを用いた実験系で、BCGがIL-1βを介して造血幹細胞のエピジェネティック状態を変化させることで、長期間続く訓練免疫状態が維持できることをCell に報告している。
この研究ではまず、BCG接種を受けた健常人血液から単球を分離し、ヒストンのアセチル化を全ゲノムレベルで調べ、一回のBCG接種で、単球のエピジェネティック状態が大きく変化し、特にサイトカインや様々な増殖因子を分泌する方向にプログラムが変わっていることを示している。すなわちBCGが長く持続する血液の変化を誘導することを示している。この状態を著者らはtrained
immunity(訓練免疫状態)と呼び、IL-1βやIL-6などの分泌が恒常的に高い状態を誘導していることを示している。
そして無毒化した黄熱病ウイルスを接種する実験を行い、血中のウイルス量がBCGを接種された群では約1/5になることを示している。しかし、ウイルス感染によるサイトカインの分泌や、ウイルスに対する抗体産生と、ウイルス抑制は全く相関しない。唯一相関するのは、血中IL-1βの上昇で、もちろん抗原特異的な反応ではない。総合すると、免疫反応というより、血液全体の状態が強化され、ウイルスの種類を問わず、抵抗性が上がったと言って良さそうだ。
詳細は省くが、他の研究結果も総合して、BCGは直接IL-1βを誘導するが、これが血液幹細胞に作用してエピジェネティックスを再プログラムし、さらにIL-1βなど重要なサイトカインが出やすい体質に変え、これがウイルス抑制効果につながるというシナリオだ。
最終的なメカニズムまでクリアーになったとは言えないが、BCGウイルス増殖抑制作用が人間で確かめられていることから、重要な貢献だと思う。ただ、実施するにあたっては、遺伝的に反応がほとんどないグループが存在し、そのSNPもわかっているので、これを調べることは重要だろう。また、我が国では多くの人がBCG接種を受けている。これが日本で感染が抑えられている理由かもしれないが、今回のコロナに備えてもう一度接種するとなると、初めての人より強い副反応が発生することは覚悟する必要がある。しかし、やってみる価値は確かにあると思う。
2020年3月25日
現在は作ろうという試みはないと思うが、子供の頃、ライオンとトラを掛け合わせたライガー、ヒョウを掛け合わせたレオポンなど、異種を交雑させてハイブリッドを動物園などでつくる試みが行われていたように思う。もちろん動物園に限らず、ラバなどは古くから行われてきた人為的ハイブリッドの代表と言えるだろう。しかし、今の今まで、異種間交雑が自然で起こるとは考えたことがなかった。
しかし、動物学では異種間交雑は当たり前のことらしく、進化過程で新しい遺伝子を導入するための重要な戦略になっている種もあるようだ。今日紹介するノースカロライナ大学からの論文は2種類のアメリカ南部に住むスペードフットヒキガエル同士の交雑の条件を調べた面白い論文で3月20日号のScienceに掲載された。タイトルは「Female toads engaging in
adaptive hybridization prefer high-quality heterospecifics as mates (異種と交雑を行うメスのヒキガエルは質の高い相手を好む)」だ。
この研究では平原(plain)スペードフットヒキガエル(写真:http://www.reptilesofaz.org/Turtle-Amphibs-Subpages/h-s-bombifrons.html )のメスと、ニューメキシコ・スペードフットヒキガエル(写真:https://www.123rf.com/photo_7211299_new-mexico-spadefoot-toad-spea-multiplicata-toad-sitting-on-a-rock.html )のオスとの間で見られる交雑が、進化的適応として生まれた可能性を調べている。すなわち、進化的適応だとするとこの時強いオスだけ選んで交雑するはずだと考え観察や交配実験を行なっている。
「何?異種間交雑が進化的適応になるの?」と訝しく思う人のために説明すると、この組み合わせで生まれたオスは不妊だが、メスは正常オスと交雑して子孫が残せるらしい。そして、このヒキガエルはせっかくできたオタマジャクシも、乾燥のために全滅することもある乾燥地帯に住んでいるが、異種間交雑でできたオタマジャクシは早く成長し変態が可能なため、進化的適応が可能になるというわけだ。
こんなことを考えて異種の相手を選んでいるわけではもちろんないが、わざわざ異種と交雑するのだから当然強いオスを選ぶほうがいい(このような目的論はなかなか頭から払拭できない)。観察すると、鳴き声がゆっくりしたオスを選んでいることが明らかになった。そこで、本当にゆっくりした鳴き声のオスから生まれたオタマジャクシは、早い鳴き声のオスから生まれたオタマジャクシと比べて、早く成長するのか調べると、明らかに成長の早いオタマジャクシが生まれる。期待通り、メスは進化的適応の高い子孫を残す選び方をしている。
では、いつでもこのような選び方をするのだろうか?そこで、乾燥した水が浅い条件と、水が十分ある条件で同じメスで調べると、水が浅くて乾燥が心配される時だけ、ゆっくり鳴くオスを選んでいることがわかった。一方、同種の場合はこのような違いはない。すなわち、将来の環境を予想して適応力の高い異種相手を選んだということになる。
このような選択は、アメリカ南部のニューメキシコでは見られるが、他の条件のいい地域では、水の深さにかかわらず全く起こらない。すなわち、声とは関係なく異種の雄と交雑する。面白いことに、条件のいい地域ではもともと同種間の選択は条件にかかわらず、ゆっくりした鳴き声の雄が選ばれることを示している。
結果は以上で、合目的に説明するのを許してもらうと、もともとゆっくりしたパルスの鳴き声を好むアメリカヒキガエルが、砂漠地帯へと進出する時、この性質を異種間選択にだけ使うようなったというシナリオになる。
進化が、環境の同化であることがよくわかる面白い論文だった。
2020年3月24日
アルツハイマー病(AD)の脳については、CTやMRIで萎縮が認められるとか、最近ではアミロイドβ(Aβ)やTauタンパク質のPETによる検出が可能になり、これを用いた病態の解析などについては論文をよく見るが、脳波などを用いた脳の活動についての研究論文は、あまり目にしたことがない。本当は数多くの論文が出ているのだろうが、発表が専門の雑誌にとどまっているからだろう。
今日紹介するカリフォルニア大学サンフランシスコ校から脳磁図を、PETによるAβやTauの検出と組み合わせて、リアルタイムの脳活動記録とアルツハイマー病の病変との関連を調べた研究で3月11日号のScience Traanslational Medicineに掲載された。タイトルは「Neurophysiological signatures in Alzheimer’s disease are distinctly associated with TAU, amyloid-β accumulation, and cognitive decline (アルツハイマー病の脳機能的特徴はTauとアミロイドβの蓄積および認知低下と明瞭に相関している)」だ。
研究ではまず脳の電気活動を詳しく捉えることが脳磁図計を用いて、安静時のα波とδ波について、各領域での神経活動が脳全体の活動とどの程度同調しているかについてADと正常で比べている。すると、α波で見た時、後頭葉や左側頭葉では同調性が強く低下している一方、δ波で見ると前頭葉や頭頂葉など比較的広い範囲で同調性が高まっていることを発見する。
このような変化がこれまで明らかになっていなかったのかどうか、判断できないが、これがわかるとあとはPETを用いたAβ、Tauの蓄積や、認知機能など、他の AD指標と相関させることができる。
まず症状との関わりでみると、α波の同調性の変化が認知機能の程度と強く相関しているが、δ波では相関が強くない。すなわち、α波の同調性が症状と最も強く連関している。また、全体の認知機能指標との相関で見ても、α波の同調性低下が最も強く相関していることが明らかになった。
次にAβとTauの蓄積具合との相関を調べると、症状と強く相関するα波同調性低下領域はTau蓄積領域とオーバーラップするが、Aβ蓄積部位との相関はない。一方、δ波の同調性が高まっている領域ではAβ蓄積部位と一致することがわかった。さらに、それぞれの脳磁図の変化は,TauおよびAβの蓄積程度とも相関することも明らかにしている。
以上が結果で、まとめるとAβの蓄積が始まると、その場所でδ波がなぜか同調する。その後、Tauの蓄積が始まると、α波の同調性が特に後頭葉などで低下し、これが実際の認知機能と関わるというシナリオになる。
これまでAβの蓄積で神経活動が変化し、これがTauのリン酸化と蓄積を誘導し、その結果症状が現れるという考えとうまくフィットした結果だ。もちろん、この結果だけでは、なぜこのような脳磁図上の変化につながるのかについてはまだわからない。ただ、病理的な変化を脳神経活動に変換できたことで、病態の解析は確実に進むのではと期待している。
2020年3月23日
光遺伝学で輝かしい業績を上げ続けているKarl Deiserothは、難しい課題を設定した上で、それを様々な材料や技術を組み合わせた新しい方法を開発して解決するという論文が多く、読む方はいつも驚かされる。さらに驚くのは、開発されたテクノロジーは神経操作に限らないことで、例えば原理的にあらゆるmRNAの発現を組織レベルで調べることができるバーコードを利用した方法を読んで、なんと柔軟な頭の持ち主かと感心した(Youtubeで紹介している)。結果、次はどんな新しい方法が開発されるのか、新しい論文が待ち遠しくなる。
そして今日紹介する論文では神経細胞自体を伝導性あるいは絶縁性のポリマーで包んで神経細胞の活動を見た研究で3月20日号のScienceに掲載された。タイトルは「Genetically targeted
chemical assembly of functional materials in living cells, tissues, and animals
(遺伝子操作で機能的材料を生きた細胞、組織、動物に構成する)」だ。
この研究は、他の研究室で開発されていた細胞膜上に有機ポリマーを形成させる方法にヒントを得て、生きた動物の神経細胞を伝導性、あるいは絶縁性のポリマーで包んでみるという、これまで誰も考えたことのない課題にチャレンジしている。もともと神経は、ミエリン鞘という絶縁物質で覆われることで、早い伝達が可能になっているので、絶縁体で包めば興奮効率が上がると予想されるし、伝導性のあるポリマーだと電位差が解消され神経興奮がうまく伝わらないのではと予想できる。
この研究では、細胞外から供給される伝導性のアニリン、絶縁性のethylenedioxythiophen(`DAB)といった分子を、細胞が発現するアスコルビン酸ペルオキシダーゼ(Apex)で重合させ、目的の細胞だけポリマーで包めるかを調べている。
もちろん目論見通りApexを発現した細胞膜上だけにポリマーが形成され、組織を固定して乾かした後、伝導性を調べると、神経細胞自体が一種の電線になっており、抵抗がなくなることを示している。
次にマウスの脳細胞にApexを発現させた後、切り出した脳切片上でアニリン、あるいはPDABを重合させ、神経に電流を加えて興奮を調べると、予想通りPDABで絶縁した時は興奮スパイクが減り、逆に伝導性のアニリンを重合させた時は、興奮スパイクが増える。
最後に、この系を線虫の咽頭筋肉細胞、あるいは運動に関わる興奮ニューロン、あるいは抑制ニューロンに発現させ、それぞれのシステムを絶縁した時、あるいは細胞外での伝導性を高め、行動を調べている。
答えは予想通りで、絶縁すると神経伝達の効率は高まり、伝導性を高めると伝達性が落ちるという結果が示されているが、重合反応が生きた動物の中で正確に進み、神経細胞の性質を見事に変化させたという結果に感動してしまう。
Deiserothの仕事は、これからさらにいろんなことが始まるぞという予感というか、ワクワク感を与えてくれるが、この研究も決して神経細胞の操作に止まらないだろう。要するに、細胞膜上のマトリックスを人為的に形成できることで、神経や細胞間相互作用すら操作できる。つくづく天才の存在を感じる驚くべき論文だった。
2020年3月22日
昨日に続いて食研究がいかに難しいかを示す論文を紹介する。昨日は、食物成分、身体、そして腸内細菌叢が絡み合って、果糖が脂肪肝を引き起こすメカニズムについての研究を紹介した。これでも十分複雑だが、実際には食は常に味に対する脳の反応を伴い、これによって習慣づけられると、知らず知らずのうちにより甘いもの、より辛いものを求めることになる。すなわち、食を栄養としてだけ捉えることができない。
今日紹介するイェール大学からの論文は栄養と甘みに対する感覚がどのように合同して身体の代謝能力に影響するかを調べた面白い論文で3月3日発行のCell Metabolism に掲載された。タイトルは「Short-Term Consumption of Sucralose with, but Not without, Carbohydrate Impairs Neural and Metabolic Sensitivity to Sugar in Humans(スクラロースを炭水化物と合わせて摂取した時だけ脳と糖に対する代謝感受性を変化させる)」だ。
この研究の目的は人工甘味料の一つスクラロースの糖代謝に対する影響を調べることだ。もともと、ショ糖の600倍もの甘さがあり、カロリー摂取の心配が全くない甘みとして普及してきたスクラロースも、多くの人工甘味料と同様に再検討され、逆に肥満を誘導する可能性を示す論文も散見されるようになった。ただ、疫学研究にしても、動物実験にしても、食の実験だけに条件を揃えることが簡単ではない。ただ、人工甘味料の甘みが強く脳を刺激するので、この効果を栄養から切り離して研究することの重要性が認識されていた。
この研究ではスクラロースを単独で、或いは30gの甘みのない炭水化物と合わせた飲料を2週間に7本摂取させたとき、インシュリン感受性と甘みに対する脳の反応がどう変化するかを調べている。コントロールには30gのショ糖を摂取させ同じように検査している。
簡単な実験だが、結果は驚くべきもので、スクラロースを炭水化物と合わせたドリンクを飲んだ時だけ、ブドウ糖負荷に対してインシュリンがより分泌されるにも関わらず、グルコースを処理する能力が低下し、血糖が上昇するインシュリン抵抗性が生じ、さらに甘みに対する脳の反応が低下することを示している。
この変化はスクラロースと炭水化物を同時に摂取した時だけで、同じカロリーを持つショ糖だけ、あるいはカロリーのないスクラロースだけでは全く起こらない。この実験で炭水化物が含むカロリーはたかだか120Kcalで、トータルで840Kcal、研究期間も2週間と短いので、肥満などの長期の体質変化を誘導する実験ではない。もしショ糖もスクラロースも全く同じ甘み受容体を通して感じられるとすると、強い甘み刺激が実際の栄養と組み合わさった時だけ、急性のインシュリン抵抗性が誘導されたことになる。
残念ながらメカニズムについては何のヒントも示されていない。全く知らなかったが、私たちの腸内にも甘み受容体があるらしく、これが刺激されることでブドウ糖の吸収が高まるらしい。すなわちスクラロースの刺激が強すぎて、その結果ブドウ糖摂取が高まり、インシュリンが普通より多く分泌されることが、インシュリン抵抗性に関わる可能性がある。ただいろいろ説明されているが、私の頭ではなぜスクラロースと炭水化物が合わさった時だけ甘みに対する感受性が低下するのか理解できなかった。炭水化物も何らかのルートで脳に影響しているとしないと説明できない。
いずれにせよ、この結果をそのまま受け入れると、コーヒーにスクラロースを入れて飲むのは問題ないが、食事と一緒にスクラロース入りの飲み物を飲むことはやめたほうがいいという結論になる。甘みが代謝に、栄養が脳に影響するとすると、食を設計することなど夢のまた夢かもしれない。
2020年3月21日
コロナウイルスに対する薬剤開発からもわかるように、創薬では病気の原因分子を探し、それを標的にする薬剤を開発するという大枠はほぼ変わらない。ところが何を食べればいいのかを明らかにし、食を設計するとなると話は急に難しくなる。これは私たちの代謝システムの複雑性を反映しているのだが、最近仕事で色々な相談に乗るようになると、食の難しさをつくづく思い知る。
その典型例が果糖で、最初ブドウ糖の代わりになる肥満を防ぐ甘味料として急速に普及したが、最近それが脂肪肝を引き起こすことがわかり、代謝について再検討が始まり、これまで当たり前としてきたことが全く間違っていることが明らかになってきた。例えば、果糖のほとんどは小腸でグルコースに変換され、この代謝システムのキャパシティーを越える時に初めて、肝臓に入ることを以前紹介した(https://aasj.jp/news/watch/8072 )。要するに、一つ一つの分子についての詳しい代謝経路はわかっていないことの方が多い。
今日紹介するペンシルバニア大学からの論文は、さらに進んでなぜ果糖が肝臓での脂肪合成を誘導し脂肪肝につながるのかを追求した論文で、果糖代謝の複雑性を改めて思い知ることになった。タイトルは「Dietary fructose feeds hepatic lipogenesis via microbiota-derived
acetate (食物のなかの果糖は腸内細菌叢由来の酢酸を介して肝臓の脂肪合成を誘導する)」だ。
最初果糖が小腸でグルコースに変換されるにしても、キャパシティーを超えると肝臓に直接入って、脂肪合成に寄与するとすると、脂肪酸合成のハブになるアセチルCoAを合成するにはATP sitrate lyase(ACYL)と呼ばれる酵素が必須と考えられる。ところが著者らは肝臓でACYLをノックアウトしたマウスでも果糖を食べさせれば脂肪が合成され、脂肪肝ができるという意外な結果に到達する。
では果糖はどの経路で脂肪合成に使われるのかアイソトープを使って追跡すると、ほとんどが腸内細菌叢で酢酸へと変換された後門脈を通して肝臓に入り、そこでACSS2と呼ばれる酵素によりアセチルCoAへと転換されることを突き止める。実際、ACSS2を肝臓でノックダウンすると、果糖からの脂肪合成が抑えられる。
もともと酢酸は、酪酸やプロピオン酸と並んで重要な短鎖脂肪酸で、体に良いとされてきた。もし腸内細菌からの酢酸が肝臓脂肪合成に使われるとすると、これは大騒ぎになる。幸いそんな簡単な話ではなく、酢酸が脂肪合成に使われるためには肝臓で脂肪合成を行うための分子がセットになって高まっている必要がある。実際、果糖を長期間摂取することで、肝臓の脂肪代謝システムが理プログラムされる。すなわち、長期間果糖を取り続けると、肝臓での脂肪合成システムが高まり、そこに栄養として処理しきれなかった果糖を腸内細菌叢が酢酸へと転換し、この酢酸がそのままASCC2により脂肪合成の原料として使われるというシナリオが示された。
すなわち、果糖は、肝臓の脂肪代謝システムを高める能力、そして腸内細菌叢で酢酸へと転換する能力が揃っているため、脂肪肝の原因になることが明らかになった。果糖代謝の複雑性を知れば知るほど、食についての研究が21世紀の重要課題であることが実感される。
2020年3月20日
様々な疾患の支援団体のウェッブサイトでも新型コロナウイルス感染(Covid-19)に関する情報が提供されるようになってきた。ワクチンが開発されていない今、感染予防には日常の習慣が大事になるが、昨日送られてきたAutism SpeaksからのメールマガジンにはASDと家族のための様々な情報が掲載されていた(https://www.autismspeaks.org/covid-19-information-and-resources )。今後は、多くのビデオライブラリーも加えて充実させるということなので、少なくとも書かれた内容については、google翻訳でも使って、読んで欲しいと思う。ただこの中からASDのコミュニティーが知るべきこととして書かれていた短い文章については(3月4日付で少し古いが)簡単にまとめておくことにした。
まず当然のことだが、全ての人が理解しておくべき米国疾病対策本部のアドバイスが書かれている。
手の衛生が最も重要。何度も石鹸とお湯で手を少なくとも20秒以上かけて洗う。もし石鹸とお湯がない場合はアルコール消毒液を使う。 コロナにかかわらず、体調の悪い人と接触するのはできるだけ避ける。Covid-19の感染は接触が一番危険。 目、鼻、口には触らない。特に子供にはこのことをよく言い聞かせる。 もし気分が悪い時は、自宅から出ない。もし外出が必要ならマスクで鼻と口を覆って、飛沫が飛ばないよう注意する。 咳やくしゃみをする時は、口をティッシュでおおい、速やかにティッシュは廃棄する。ティッシュがない場合は、腕や肘で覆う。 家族が触れる家具やドアの取っ手、手すり、スイッチなどはいつも消毒を心がける。
その上で、ASDの家族がいる場合のアドバイスとして、
コロナについては、どこかから聞いてくるより前に話して聞かせる。こうすることで、子供の年齢や理解力に合わせた形で情報を与えることが可能になる。 子供の入りやすい方法、例えば絵を描いたり、あるいはお話にしたりして教える。例えば風について教えるための絵本がAutism Speaksに用意されている(https://www.autismspeaks.org/sites/default/files/flu_teaching_story_final%20%281%29.pdf ) 情報を子供が自分で十分消化するよう時間をかける。これにより子供が頭の中で内容を繰り返したり、恐ろしい話でもちゃんと話せることを意味します。もちろんその時一緒に手をとって、質問に答えられるようにすることが重要です。 子供の毎日に変化がないか、あるいはストレスがかかっていないかよく注意してください。ストレスや不安を感じている時は支えてあげる必要があります。 子供はこの恐ろしい事態の中で安心できるよう、正しいポジティブな情報を伝えて安心させましょう。
これだけの情報だが、さすがと思えるアドバイスだ。
最初の頃、子供は新型コロナウイルスにかかりにくいという話が流布したが、最近Pediatricsに発表された中国からの論文では、中国疾病対策センターが把握している小児の症例は、ウイルス検査が終わっていないが疑わしいケースは2145例にのぼり、平均年齢が7歳であることが示されており、おそらく重症化する確率は低いと思うが、是非Autism Speaksからのアドバイスをもとに、子供をCovid-19から守って欲しい。
さらに重要な情報が発信されれば、また報告する。
2020年3月20日
パーキンソン病にはαシヌクレインの蓄積が重要な働きをしており、シヌクレイン症として包括的に捉えるようになった。その意味で、アミロイドやタウタンパク質の蓄積によるアルツハイマー病と同じ土俵で考えられる過程も増えてきている。特に、蓄積したタンパク質をミクログリアに貪食させ、神経死をある程度抑えるプロセスについては共通性が高い。
少し古い論文になるが今日紹介するジョージア大学からの論文は沈殿したシヌクレインの除去にNK細胞も関わる可能性をモデルマウスで示した研究で米国アカデミー紀要に1月20日発表された。タイトルは「NK cells clear α-synuclein and the depletion of NK cells exacerbates synuclein pathology in a mouse model of α-synucleinopathy (NK細胞はαシヌクレインを除去する。そしてシヌクレイン症のマウスモデルでNK細胞を除去すると病像が悪化する)」だ。
この研究は、普通なら関連付けないパーキンソン病(PD)とNK細胞を関連付けられないかと考えたことが全てだ。実際パーキンソン病の患者さんで特にNK細胞の機能が低下したという話はあまり聞いたことがない。ただ、この研究では多くのPD患者さんの脳ではNK細胞が観察され、その数も増えていることを確認する。
あとは動物モデルでNK 細胞とαシヌクレイン、そしてPDとの関わりを調べている。結果をまとめると以下のようになる。
試験管内でNK細胞株は変性シヌクレインと反応して細胞内に取り込み、分解することができる。 NK細胞が変性シヌクレインに反応すると、キラー活性が低下し、インターフェロン産生能が低下する。 マウスPDモデルで、病気発症が始まる頃に抗体投与でNK細胞を除去すると、発症率が高まり運動機能の悪化が見られる。 病理的にもNK細胞が除去されたPDモデルでは、病変の拡大が見られ、また神経炎症も認められる。 ドーパミン神経の細胞死も起こるが、線条体が中心で不思議なことに黒質の神経細胞死はほとんど起こらない。
以上が結果で、黒質の細胞死を促進しないということで、モデルとしては一般的PDの枠内で考えるより、シヌクレイン症一般で見られるNK細胞の特殊な役割を明らかにしたと考えたほうがよさそうだ。これを念頭にまとめなおすと、シヌクレイン症ではNK細胞が脳に現れ、変性シヌクレインを除去するが、その時炎症誘導能が抑えられるので、ミクログリアなどの他の炎症細胞を活性化しない。すなわち、純粋なシヌクレイン除去が可能になるという話だ。その意味で、もう少しミクログリアの状況を調べる必要があったのではと思う。
ミクログリアと比べて炎症が起こりにくいという点で、面白いメカニズムだが、ではNK細胞移植がレビー小体認知症などシヌクレイン症にお治療になるのか気になる。
2020年3月19日
皮膚ケラチノサイトは基底層、有棘層、顆粒層と分化し、最後の角化層へ分化するが、顆粒層から角化層にかけて、皮膚を外界から守るバリアー機能が形成される。特に、フィラグリンという分子の変異により、アトピーが起こることがわかってから、顆粒層でのプロセスを皮膚のバリアー機能を準備する段階として研究されるようになった。
さて、顆粒層という名前の由来は細胞内にケラトヒアリン顆粒(KG)が存在するからだが、この顆粒の形成過程や機能についてはほとんどわかっていなかった。今日紹介するロックフェラー大学からの論文は、KGが、今流行りの相分離現象を反映するのではと着想した大御所フックスの研究室が、これを証明した力作で3月13日号のScienceに掲載された。タイトルは「Liquid-liquid phase separation drives skin barrier formation(液体同士の相分離が皮膚のバリアーを形成する)」だ。
この研究では最初からKG
がフィラグリン分子の相分離によって形成されるという仮説に立って進められている。長年皮膚分化あらゆる角度から見続けてきたフックスにとっては当然の結論だし、構造的にもフィラグリンは相分離する可能性が高い。
まずこの仮説を確かめるため、一般的に行われる、相分離を観察したい分子、この場合はフィラグリンに蛍光タンパク質を結合させたケラチノサイトに導入して、確かに相分離が起こることを示している。さらに、KG形成に欠損があるフィラグリンについても同じ方法で調べ、相分離が起こりにくいことを確認し、KGがフィラグリンの相分離により形成される構造であると結論している。
さらに原子間力顕微鏡を用いたKGの観察から、KG形成のオーガナイザーはフィラグリンで、KGへと構造化する分子の種類も、フィラグリンとの関係で決まり、フィラグリンの変異によりKGの成分や力学的性質が変化することまで調べている。
普通の研究はこのへんでよしとなるのだが、さすがにフックスで、蛍光分子を結合させる方法では実際のフィラグリンの相分離能力を正確に測れないと考え、相分離に影響を与えないセンサー分子の開発を行い、正常のフラグリンが相分離した時にそこに集まって蛍光標識できるセンサーを開発している。そして、これらのセンサーを発生段階の胎児皮膚に導入する新しい方法も開発して、実際の皮膚分化で相分離がどのように起こるのか確かめている。完全を求める、この分野の大御所の執念を感じる。
この結果、KG自体がオルガネラのような細胞小器官ではなく、相分離した液体としての性質を持つことを確認するとともに、一つ一つのKGが融合することなく独立したまま大きくなるという面白い特徴を発見する。すなわち、フィラグリンの相分離を調節する別の機構が存在することが示唆され、これにKeratin10(K10)が関わることを明らかにしている。すなわち、K10が相分離してできたKGを隔離して融合を防いでいることを明らかにする。
重要なのは、このKGの形成や構造、さらには構成成分がpHの変化を引き金に大きな変化を示す点で、これにより核が細胞から放出され、角化が進むことまで示している点だ。
話はここまでで、皮膚の機能的バリアーとの関係はまだこれからの課題だと思うが、この分野に新しい方向性を示した重要な貢献だと思う。さらに、相分離という、分子の構造化という現象が、形態学を刺激して新しい分野を形成しようとしていることがよくわかった。