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10月2日 細胞分化研究は進化し続けている(9月30日号 Nature 掲載論文)

2021年10月2日
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ゲノムに様々な転写因子が結合可能かどうかは染色体の構造で決まっていることが多く、染色体が閉じておれば、いくら結合サイトがあっても転写因子は結合できず、遺伝子は発現できない。染色体が開いているか閉じているかを調べる方法として、我々の時代はDNA分解酵素に抵抗性があるかどうかで調べる方法が用いられていたが、現在はトランスポゾンがオープンな染色体に飛び込むことを利用したATAC-seqと呼ばれる方法が利用されている。この手法については、2015年にこのHPで初めて紹介したが(https://aasj.jp/news/watch/3843)、一読したときから可能性の大きさを感じた。そのときの予感は的中し、今やsingle cellレベルでも染色体の状況を調べることができるようになっている。

今日紹介するニューヨーク大学からの論文は、介在神経の運命決定過程に焦点を絞って、single cell RNAseq(scRNAseq)とsingle cell ATAC-seq(scATAC)を組み合わせて、細胞分化過程でのクロマチン変化のダイナミズムを調べた研究で、細胞分化決定研究が大きく変化していることを覗わせる面白い研究で、9月30日号のNatureに掲載されている。タイトルは「Genetic and epigenetic coordination of cortical interneuron development(皮質の介在神経発生の遺伝的、エピジェネティック的協調)」だ。

これまで、scRNAseqやscATACを用いる論文は多く読んできたが、この研究のように両方の結果を統合して提示する努力はそれほど多くないと思うし、私にとってはこの論文が最初だと思う。もちろん全ての実験で、一つの細胞で両方のアッセイを組み合わせるのは難しいと思うが、一部の実験ではRNAseqとATACを同時に行っている。

さらに、神経発生では細胞が、分裂中か、分裂を終えたか、は重要な指標なので、これを区別できるマウスの脳を用いて解析を行っている。すなわち、最初から用意周到に研究が計画されている。

研究対象は、内側基底核隆起で分化増殖した後、皮質へと移動する2種類の介在神経(PVとSSTと呼んでおく)の分化決定過程で、マウス発生の様々な時期に脳から採取した細胞を、scRNAseqとscATACで解析し、後はその結果から、運命決定に関わる転写ネットワークがどう成立しているのかを解析している。

結果だが、

  1. 成熟介在神経の遺伝子発現パターンは、生後2日ぐらいから検出できるようになるが、その前は分化決定遺伝子もオーバーラップして発現し、様々なネットワークが混在している。
  2. 異なる方法でも、同じ分化の道筋を描くことができるが、分化決定に関わる遺伝子では、それを取り巻く染色体の構造が生後急速に固定される。その結果、染色体によるエピジェネティックな調節により、分化最終段階を安定化することができる。
  3. これまでPV介在神経の分化に必須とされてきたMef2cをノックアウトすると、実際にはPV細胞だけでなく、未分化段階やSST細胞の遺伝子発現パターンやクロマチン構造の変化を誘導していることがわかる。すなわち一つの転写因子の機能を知るためには、それ自体がどの分子を誘導するのかだけでなく、転写ネットワーク全体での関与を基盤に分化決定への寄与を算定する必要がある。
  4. Mef2cノックアウトのケースを例に、標的遺伝子からなる遺伝子ネットワークを理論的に構築することで、それぞれの遺伝子発現パターンから分化の道筋を予測できることも示している。

分化決定研究としては、常識的な結論なのだが、これを裏付ける実際のデータが、実際の遺伝子発現レベルと、それに関わる染色体構造の変化として得られている点が重要だと思う。この論文では、データの詳しい解析による発見とまでは至っていないが、このようなデータは重要な情報が満載で、是非分化決定に興味のある多くの人が利用して、大きな発見につながって欲しいと思う。

カテゴリ:論文ウォッチ

10月1日 エストロゲン受容体はRNA結合タンパク質として機能し、乳ガンの増殖に関わる(9月30日号 Cell 掲載論文)

2021年10月1日
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生体分子は、自由自在に進化し、一つの分子の中にいくつもの機能を持ち得ることはよくわかっている。それでも、馴染みが深く、詳しく研究が進んでいると思っていた分子が、予想外の機能を持っていることが明らかになり、驚かされることはしばしばだ。

しかし、今日紹介するカリフォルニア大学サンフランシスコ校からの論文を読んだ驚きは、これまでの比ではない。なんと、女性ホルモンとして知られるエストロゲンの受容体が、核内受容体としてエストロゲン依存性の遺伝子発現に関わるだけでなく、様々なmRNAに結合して、スプライシングや翻訳調節などの転写後の調節に関わることで、乳ガンの進行に関わっていることが示された。タイトルはズバリ「ERα is an RNA-binding protein sustaining tumor cell survival and drug resistance(エストロゲン受容体αはRNA結合タンパクとしてガンの生存と薬剤耐性の維持に関わっている)」だ。

私が気づいてないだけで、これまでもエストロゲン受容体α(ERα)が転写因子だけでなく、細胞質で働いているという報告はあったようだ。おそらくこの研究でも最初からこの可能性を追求したのだと思う。ERαを免疫沈降して、結合タンパク質を探すと、elongation factorやスプライシング因子の様な、RNA結合タンパク質と結合していることがわかった。

そこで今度はmRNAを沈降して結合タンパク質を調べると、ERαがRNAの3‘UTR領域の、特別なモチーフに結合していることを明らかにしている。また、ERαのドメイン解析から、RNA結合部位と、核内でDNAに結合するドメインが異なること、そしてRNA結合ドメインを欠損させると、核内での転写が正常でも、乳ガンの増殖が低下することを明らかにしている。すなわち、乳ガンではエストロゲン依存性の遺伝子を誘導すると同時に、RNA結合因子としてガンの増殖に関わっていることが明らかになった。

次に、ERαによるRNA調節とガンの増殖との関連を調べる目的で、ERα結合モチーフを持つ遺伝子を乳ガンで網羅的にノックアウトする実験を行い、なんと237遺伝子から転写されたRNAが何らかの形でERαにより調節されていることを突き止めた。

では、メカニズムがERαによる調節はどのようなメカニズムで行われているのか?これを知るため、ガン増殖との関係がはっきりしているXBP1、elF4G2、そしてMCL1を選んで、ERαの作用を調べると、XBP1では、オルタナティブスプライシングに、MCL1やelF4G2では、elongation factorとの結合を通して、翻訳促進に関わっている可能性を明らかにしている。また、その結果としてMCL1、XBP1、elF4G2のタンパク質の発現量が乳ガンで上昇していることも明らかにしている。

エストロゲンの機能阻害剤を用いて乳ガンの治療を続けると、耐性ガンがしばしば現れるが、最後に、この過程にERαのRNA結合活性が関わる可能性について調べている。詳細は省くが、タモキシフェン耐性を獲得した細胞でも、RNA結合能が欠損しているERαに遺伝子を変化させると、タモキシフェンが再び効くようになる。一方、RNA結合能が欠損したERαでは、様々な細胞ストレスによる閾値が低下し、細胞が死にやすくなることも明らかになった。すなわち、多くの分子がERαで誘導されると細胞のストレスが高まり、これを抑えるためにErαのRNA結合能が働いていることを意味する。そして、ガンはこの両面性を持ったERαの機能をうまく利用して、ERα阻害剤の作用をすり抜けていることを示している。

以上が結果で、今後乳ガンの治療を考えるときには、転写因子としての機能だけでなく、RNA結合能に対しても介入することで、より効果のある治療が可能になることを示している。

しかし、ERαに予想外のRNA結合能があるというだけでなく、ここまで詳細な機能解析が行われたことに、本当に驚いた。

カテゴリ:論文ウォッチ
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