若くして亡くなった月田さんをはじめ、何人かの細胞生物学のプロを見てきたが、美大生と同じで要するに構造が自然に頭に浮かんでくる人たちだ。従って、分子を考える時も構造との関わりで必ず考えている。結果、同じ現象を見ても、考えることが違うし、知識の整理の仕方も全く違い、これはかなわないと思う。
今日紹介するイタリア・Padua大学からの論文を読んだ時も、その細胞学にただただ感心で、メカノセンサー、細胞老化、自然炎症、細胞骨格などが細胞の中に統合されている様子を見せてもらって本当に感心した。タイトルは「YAP/TAZ activity in stromal cells prevents ageing by controlling cGAS–STING(ストローマ細胞でのYAP/TAZ 活性がcGAS-STINGを調節して老化を防止する)」で、6月29日 Nature にオンライン掲載された。
タイトルはわかりやすく、またこの研究の結論と合致するが、これでは語り尽くせない膨大な仕事だ。これまで細胞骨格の変化に関わる YAP/TAZ シグナルについては何度も紹介しているが、このグループは老化に伴い機械的疲労が蓄積すれば当然 YAP/TAZ の活性に反映されると考えた。
そこで、様々な臓器を single cell RNAseq で調べると、間質細胞のみで YAP/TAZ の発現低下が見られ、さらに細胞学的にも核移行が老化で大きく低下することを発見する。一方、他の細胞系列ではこの差は見られない。
次に YAP/TAZ の機能を調べるため、間質細胞の YAP/TAZ を若い皮膚からノックアウトすると、組織学的にも、遺伝子発現上でも細胞老化が進み、またそれを示す βGal 染色も陽性になる。すなわち YAP/TAZ は老化を防いでいる。
ただ、この場合 YAP/TAZ は通常の Hippo 経路から刺激されていないので、上流を探索し、間質細胞の障害で早期老化が見られる Fibrinllin1 が上流に存在し、これによる細胞とマトリックスのメカニカルな作用が YAP/TAZ 活性化を誘導して、いわば機械疲労を防いでいることを明らかにしている。
次は、 YAP/TAZ が老化を防ぐメカニズムだが、 YAP/TAZ は当然増殖や生存に関わる分子を調節しているので、これまで知られている下流分子が老化防止に関わることは当然だが、この研究ではさらに新しい老化に関わる経路を発見している。
それが、 cGAS-STING 活性化で、これまでも紹介してきたように(https://aasj.jp/news/watch/9877)、自然炎症やオートファジーに関わるシグナルで、当然老化を促進する。すなわち、機械ストレスで YAP/TAZ が上昇することで、 cGAS-STING を抑制して、炎症を防いでいるというシナリオだ。実際、メカニカルストレスの強いところでは、自然炎症が発生することを考えると、このメカニズムは頷ける。
ただ、このグループの真骨頂はこの後で、注意深い細胞学的観察から、YAP/TAZ シグナル低下が、核膜の異常や、アクチンキャップ形成不全を誘導していることを見抜き、最終的に YAP/TAZ シグナル低下が、核膜周囲でのアクチンキャップ形成を低下させ、核膜の脆弱性を誘導し、ここに cGAS がトラップされることが cGAS-STING 活性化につながることを明らかにしている。おそらく細胞学的センスがないと、到底ここまでは到達できない。
以上が結果で、老化の新しい経路だけでなく、細胞骨格と cGAS-STING など新しい分野を開く力作で、勉強できたという満足感の多い論文だった。