過去記事一覧
AASJホームページ > 2022年 > 7月 > 4日

7月4日 廃棄物を健康食品に変える(6月27日号 Cell オンライン掲載論文)

2022年7月4日
SNSシェア

最初にJeffrey Gordonさんの研究を論文ウォッチで紹介したのは、2013年9月で、一卵性双生児で片方が痩せていて、もう片方が太っているという、ほとんどあり得ないようなペアを見つけてきて、太っている方の細菌叢を移植されたマウスは肥満になるという、驚くべき研究だった(https://aasj.jp/news/watch/424)。その後何回もGordonさんの論文を紹介してきたが、深い知識、発想の豊かさ、実験の徹底性、そして研究で人を救いたいという気持ちが常に伝わってくる論文が多かった。

今日紹介する論文もGordonさんの特徴を全て備えており、なんとオレンジジュースの絞りかすを健康食品に変えるアイデアを実現するための研究で、6月27日Cellにオンライン掲載された。タイトルは「Microbial liberation of N-methylserotonin from orange fiber in gnotobiotic mice and humans(オレンジ繊維からヒト細菌叢を移植したマウスでN-メチルセロトニンが遊離される)」だ。

この研究の目的は、ジュースを絞った後に残るオレンジの絞りかすから、腸内細菌を用いて、健康食品に変えられないかだ。このため、完全に遺伝子構成がわかった14種類の細菌ミックスを移植した無菌マウスに、食用に加工されたオレンジ絞りかす(OF)を食べさせ、何か有効な分子が合成されないか、化学的に調べている。

すなわち、腸内の細菌工場で OF から生産できる分子を探索し、最終的にセロトニンがメチル化された分子、メチルセロトニンが腸内で上昇することを発見する。

他にも様々な分子の上昇が見られたと思う。例えば、定番の短鎖脂肪酸などだ。ただ、Gordonさんはそれでは満足しないで、より新しい植物由来分子を求め、メチルセロトニンに行き着いた。この分子は山椒のようなスパイスには既に含まれていることが知られていた。

まずメチルセロトニンの効果を、高脂肪低繊維食を接種しているマウスの飲み水に加えて調べると、驚くなかれ体脂肪が減少し、体重が低下する。効果のメカニズムを腸での遺伝子発現から探ってみると、まずメチルセロトニンも腸内のセロトニン受容体に結合する。そして、グルタミン酸の分泌を高めて神経を刺激することで、概日リズムに関わる分子の発現を変えて、グリコーゲン合成、グルコース分解低下などの変化が誘導される結果だと結論している。また、この結果食べ物の消化管内停留時間が2/3に低下することも効いている。

では、細菌叢はどのように関わるのか。研究では、Bacteroidesなどの一部の細菌のみがメチルセロトニン上昇を誘導できること、しかし細菌はメチルセロトニン合成能を全く持たないこと、また細かく砕いた OF からはメチルセロトニンが出来にくいことから、山椒と同じで、オレンジはメチルセロトニンを合成しており、これが繊維の中にトラップされており、繊維を細菌が分解する過程で外部に遊離されることを発見する。すなわち、OF の食物繊維をよく分解できる細菌なら、メチルセロトニンを遊離させられる。

これらの実験は、マウスは用いていても、人間由来のバクテリアで行ってはいるが、最後に人間でも OF を食べればメチルセロトニンが遊離されるか、OF ベースのスナックを作成し1日3回食べさせると、便中のメチルセロトニンの濃度が上昇してくることを示している。

マウスの便通の実験から、このスナックを常時食すると、おなかがグルグル鳴らないか少し心配ではあるが、廃棄物を健康食品にという目的は達成されている。

細かい点でわからない点も多いが、しかしマウス腸内で形成したバクテリア工場で、面白い分子が出て以内か探索するという、全く新しい発想の結果、食物繊維は細菌叢の分解する対象だけではなく、中に閉じ込められた物質を掘り出してくる機能もあるという新しい概念が示された、まさにGordonさんの研究だと思う。

カテゴリ:論文ウォッチ
2022年7月
 123
45678910
11121314151617
18192021222324
25262728293031