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7月24日 血中に遊離されたガン DNA を解析し尽くす(7月20日 Nature オンライン掲載論文)

2022年7月24日
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血中に遊離されたガン細胞からのDNAを分析する方法は、ガン組織を繰り返し検査できないという問題をカバーして、ガンの経過や治療効果を調べる方法として期待されている。ただ、現在の方法では、特定の遺伝子に注目して検査を行うため、ガンの存在をモニターするなどの目的に限定されていた。しかし、特定の遺伝子が血中に遊離されていると言うことは、体内のガン細胞ゲノム全体が遊離されており、ガン細胞についてのほぼ無限とも言える情報が得られる可能性がある。

今日紹介するカナダ・ブリティッシュコロンビア大学からの論文は、転移ガン患者さんの血液に含まれるフリーの DNA を全て集めて、塩基配列を読むことで、ガン細胞についての情報をどこまで深く解析できるかを調べた研究で、Ultima Genomics をはじめとする新しい企業によりヒトゲノム配列解読が100ドルになったことを考えると、がん検査の将来を示す重要な研究だと感じた。タイトルは「Deep whole-genome ctDNA chronology of treatment-resistant prostate cancer(血中の腫瘍 DNA の全ゲノム解析から、治療抵抗性前立腺ガンの時間経過を明らかにする)」で、7月26日 Nature にオンライン掲載された。

研究は単純で、血液から全 DNA を抽出し、ライブラリー化して配列を決めること、患者さんによっては転移組織のバイオプシーを行い、血中 DNA のデータと比べ、血中 DNA のポテンシャルを探っている。

おそらくこの研究の最大の成功要因は、アンドロゲン受容体依存性が高く、またそれに対する治療が行われた前立腺ガンに絞ったことで、これにより臨床経過による遺伝子変化の解析の有効性が一段とよくわかるようになっている。

結果は膨大なので、独断でまとめてしまうと次のようになる。

  1. まず想像以上に、多くのゲノム領域が解析できていることに驚く。なんと1Mbあたり1.8個の変異を特定できている。
  2. 一番大きな発見は、バイオプシー標本と比べたとき、遙かに多様な変異を血中 DNA で見つけることが出来ることだ。すなわち、一つの転移巣はクローン増殖だが、身体全体にはこれを遙かに超える多様なガン細胞が存在することを示しており、治療の難しさを物語っている。
  3. ガンのドライバーなどは、時間による変化はほとんど見られない(前立腺ガンの場合だが)。しかし、一つ一つの変異、特にゲノム重複など、大きな染色体の変化を追いかけることで、ガンの多様化の過程を血中 DNA から詳しく捉えることが出来る。
  4. 前立腺ガンの場合、特にアンドロゲン受容体のコピー数の変化をはじめとする変異が、経過とともに大きく変化するのが特定できる。そして、これと病気の進展が密接に関連する。すなわち、AR遺伝子状態を詳しくモニターすることで治療方針を立てる可能性がある。
  5. 遺伝子のクロマチン構造がオープンな場合、血中 DNA が検出できる確率は低下する。これを利用して、ガンのクロマチン状態を推定することも可能。

などで、転移性前立腺ガンに限れば、これ以上ないと言うぐらいのデータを血中 DNA から得ることが出来る。まさに、100ドルゲノム時代の、新しい診断ツールになってきた印象がある。このようなスピードに我が国医学会がついて行くためにはどうすればいいのか、教育も含めて真剣に考える必要がある。

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