寝ているときに何か音を聞いたという記憶があるかと問われれば、夢は別にして何も思い出せない。しかし、寝ている人を観察すると、音に反応して身動きするように見えることはしばしばだ。事実、動物の研究では、音の情報を最初に統合する領域が、寝てる間も音に強く反応することが知られている。
では人間でも同じか?簡単に解決できそうな問題だが、脳波計や機能的MRIでは様々な条件の問題で、この問いに答えられないことがわかっている。
今日紹介するテルアビブ大学からの論文は、これまで他の脳の反応を拾うために調べることが難しかった睡眠中の聴覚野の反応を、てんかん診断目的で脳内に挿入設置した電極を介して神経活動を直接計測し、確かに1次聴覚野が睡眠中もしっかり反応していることを示した研究で7月11日、Nature Neuroscience にオンライン掲載された。タイトルは「Reduced neural feedback signaling despite robust neuron and gamma auditory responses during human sleep(睡眠中に強い聴覚野神経細胞反応とγ反応が見られるにもかかわらず、フィードバックシグナルが低下している)」だ。
この研究の参加者の中には、幸いにも1次聴覚野に電極を設置した患者さんがおられ、この機会を利用して睡眠中に、様々な音を聞かせながら、1次聴覚野の反応を調べている。この時、電極での神経活動とともに、局所の脳波を拾うことも出来る。
もし全く音の情報処理が行われていない場合、情報処理を行う1次聴覚野の神経活動は低下すると予想されるが、実際はノンレム睡眠で、ほんの少し反応強度が低下するものの、ほぼ通常の反応が起こっている。勿論ノンレム睡眠では全く覚醒時と変化はない。すなわち、耳から入った音は、1次聴覚野で処理されていることがわかる。
次に、覚醒時、音を聞くことで誘導される高波長のγ波反応を調べてみると、ノンレム睡眠中、レム睡眠中でも同じように反応が見られる。従って、睡眠中でも脳は音に反応して処理している。
では、何故睡眠中の活動を意識できていないのか?これを調べるため、処理された情報を記憶などに統合するときに観察される脳波上の特徴、α/βdesynchronization が睡眠中でも起こるのか調べてみると、今度はノンレム、レム睡眠を問わず、完全に抑制されている。これまでの動物での研究で、γ波は皮質の各層の間のフィードフォワード相互作用で、α/βdesynchronization は、フィードバック相互作用と考えられている。すなわち睡眠は、この層間のフィードバックを切ることで、一次聴覚野に上がってきた情報が、それ以上処理され、記憶などへと上昇するのを抑えていると結論できる。
単純な仕事だが、人間で確認出来た点が重要だ。しかし、脳内接地電極のパワーはすごい。