2022年12月21日
レンチウイルスをベースにしたベクターが登場してから、遺伝子導入の効率が高まり、実験室での遺伝子導入だけでなく、臨床現場でも利用されるようになっている。
今日紹介するスタンフォード大学からの論文は、このレトロウイルスのenv蛋白質を改変して、抗体やT細胞受容体(TcR)と結合できる抗原に変化させることで、抗原特異的リンパ球に感染させ、様々な目的に利用出来るようにした開発研究で12月22日 Cell に掲載された。タイトルは「Engineered cell entry links receptor biology with single-cell genomics(細胞への侵入を操作することで受容体生物学と単一細胞ゲノミックスをつなげることが出来る)」だ。
レンチウイルスは相手の細胞に吸着した後、細胞膜と融合してウイルス粒子ないの分子を注入する。この過程を完全に操作して、抗原やMHC+ペプチドを吸着のための分子として使い、VSVウイルスの細胞膜融合システムを利用したウイルスを設計することで、抗原特異的B細胞や、T細胞のみ標識したり、遺伝子を導入したりすることが出来ると期待される。
研究ではまず、CD19抗原をファージ粒子に発現させウイルス感染分子として利用するための様々な条件設定を行い、最終的にICAM分子の膜結合ドメインとCD19が結合したリガンドが、膜融合分子とともに膜状に発現し、さらにGFPを融合させたウイルスGAG蛋白質、そして導入したいRNAをパッケージしたウイルス粒子を作るのに成功している。また、同抗原の代わりに、抗原ペプチド/β2ミクログロブリン/MHC複合体を使ってTcRを標的にすることにも成功している。この結果、抗原、標的細胞標識、RNA導入の3つの機能を持つウイルスが作成された。
まず、これによりウイルスと結合して感染したB細胞やT細胞は、感染直後からGAG-GFPにより抗原特異的細胞を特定でき、抗原に反応する抗体やTcRを特定できる。
同じことは、蛍光標識した抗原やMHC/ペプチド・テトラマーでも可能だが、この方法だと細胞自体をGAG-GFPやRNAでラベルされるので、抗原刺激後の変化を追いかけることも出来る。
さらに、ベクターゲノムに様々な遺伝子を組み込み、抗原特異的なT細胞やB細胞特異的に細胞死を誘導出来ることを示し、抗原特異的細胞操作の可能性を示している。
これらの特徴を利用して、健常人の末梢血CD8T細胞からサイトメガロウイルス特異的細胞を特定し、サイトメガロウイルスに対するTcRの多様性や、細胞の分化段階などを詳しく解析し、サイトメガロウイルスのような慢性感染では、TcRの多様性だけでなく、様々なステージのT細胞が共存することを示している。
結果は以上で、原理的には抗原特異的、あるいは様々な分子特異的細胞を蛍光GAG分子と遺伝子導入で標識するという実験系だが、様々な可能性が浮かんでくる方法で、免疫系に限らず、神経系など今後利用が進むような気がする。
2022年12月20日
CAR-T 治療は、既に何年も臨床で利用され、抗原特異的免疫治療がガンに確実に効果があることを示した。同時に、ガンが標的抗原を発現しているのに、全く効果が見られないケースが多く存在することがわかってきた。特に、固形ガンではガン特異的抗原が存在しても CAR-T は無力なことが多く、例えばいくつかの腫瘍特異的抗原の存在が特定されている膵臓ガンはもとより、メラノーマでもまだ臨床応用にこぎ着けられていない。
この原因にはいくつかあるが、注射した細胞がガン組織に浸潤できないことと、ガン組織内に入った T細胞の機能が抑制されることが主な要因で、これを克服する方法の開発は大きな資金を集めて開発が続いている。これは当然で、腫瘍特異的抗原が同定され、ガン組織へ CAR-T を遊走させ、機能を発揮させられることが可能になれば、これまでの免疫治療は CAR-T に収束してしまう可能性すらある。
今日紹介するカリフォルニア大学サンフランシスコ校からの論文は、先日紹介した、Notchシグナル系を、細胞外も細胞内も異なる分子に置き換え、遺伝子発現を調節する人工Notchを用いることで、ガン特異的な抗原に反応して、一定のレベルの IL-2 が分泌できる CAR-T が固形ガンに浸潤してガンの増殖を抑制できることを示した研究で、12月16日 Science に掲載された。タイトルは「Synthetic cytokine circuits that drive T cells into immune-excluded tumors(人工サイトカイン回路はT細胞を免疫系を排除する腫瘍にも侵入させる)」だ。
CAR-T がガン局所で増殖できるよう、IL-2 や変異型IL-2 を用いる研究や治験は行われてきた。また最近では CAR-T に IL-2 などのサイトカイン遺伝子を導入して、CAR-T の機能を高める研究も数多く行われてきた。
その中でこの研究は、ガン特異的 CAR-T に、同じガンの発現する分子でトリガーされれ IL-2 を分泌する人工Notch を導入した T細胞を作った点が、これまでの研究とは異なる。
この研究でも、例えば常に IL2 を発現するようにしたコンストラクトや、T細胞が抗原刺激されたときに IL-2 を発現する様にした CAR-T も作成し比べているが、固形ガンにはほとんど効果がない。ところが人工Notch シグナルで IL-2 を分泌できる様にした細胞は、膵臓ガンをはじめ、メラノーマなどいくつかの固形ガンに高い効果を示す。膵臓ガンではメゾセリン、メラノーマでは NY-ESO のように、臨床応用が試みられうまくいっていない抗原を用いた実験系で、効果があることを示している。
この研究で驚いたのは、よく用いられる免疫不全マウスに腫瘍を移植し、そこに CAR-T を注入するモデルで効果があっても、正常マウスでホストのリンパ球が存在する条件では、全く効果を示せないことが多いことを示している点で、ホストのリンパ球が全て揃った条件で効果を確かめることの重要性がよくわかった。そして、この条件でも効果があるのは人工Notch で IL2 を分泌する系だけと言うことが示されている。
まだ動物モデル段階だが、治療の難しい膵臓ガンには、すぐにでも試されるのではないかと期待できる結果だ。
臨床応用を進めるためにも、なぜ人工Notch-IL2がこれほど優れているかを理由を確かめる必要があり、腫瘍組織で他のCAR-T系と比べている。結果だが、何よりも腫瘍組織内への浸潤が強い。また IL-2 を分泌するため抑制性T細胞などの誘導が心配されるが、軽度で終わっており、基本的に CAR-T の分泌した IL-2 は CAR-T 自身が使える状態で、腫瘍組織の他の細胞では利用しにくいことが明らかになった。
個人的印象だが、これは大きなブレークスルーになる気がする。現在 CAR-T は、自分の T細胞でなく、内因性の受容体をノックアウトした off-shelf型の CAR-T をあらかじめ用意する方向に進んでいる。この系に人工Notch を組み込むことは簡単だろう。希望的観測だが、1−2年で臨床まで行くような気がする。
2022年12月19日
どんなに感度のいい研究手法が開発されても、死亡後の病理解剖は重要だ。Covid-19 は、感染症で、また膨大な数の死亡例が発生していたことから、病理解剖まで進むケースは少ないと思うが、それでも論文として発表され、臨床から得られる理解を深めるのに貢献してきた。このブログでも、ちょうど今から1年前、18例の Covid-19 死亡例についての米国・国立衛生研究所からの論文を紹介した(https://aasj.jp/news/watch/18361)。この報告では、感染による様々な臓器の病理組織変化についての解析が中心だったが、ウイルスが様々な組織に速やかに感染するのかについて重点を置いた同じ米国・国立衛生研究所 (NIH) から12月14日 Nature にオンライン掲載された。タイトルは「SARS-CoV-2 infection and persistence in the human body and brain at autopsy(解剖時の身体や脳組織で見られるSARS-CoV-2感染と持続)」だ。
このようにNIHでは剖検症例を積み重ねているようだが、前回紹介した論文よりシステミックな解析が行われている印象が強い。まず、様々な臓器を固定する前に保存して、PCRだけでなく、時にはVERO細胞への感染実験も含めて、ウイルスの広がりを調べている。例えば、ウイルス増殖が細胞内で高まると、subgenomic(sg) RNAと呼ばれる短いRNAが合成されるが、sgRNAを区別して調べており、極めて重要な情報になっている。
また、この研究では感染確認後早期に死亡した例が17人も含まれている点も、感染後ウイルスがどう広がったのかを確認するためには重要な情報になっている。
さて結果だが、特に重要と思われる点をまとめておく。
- 最も知りたいのは、ウイルスが気道以外に感染し、そこで増殖するかだ。これについては、PCRでの確認に加えて、in situ hybridization、免疫染色、感染実験、さらに全ゲノム配列決定などを駆使して調べている。そして、呼吸器系にとどまらず、多くの臓器に実際の感染が、早期から広がっていることを明らかにしている。
- 脳での感染が確認できた症例では、ウイルスの神経細胞での増殖が確認される。これまで、感染の広がりは感染血液細胞が広がる結果という可能性が示唆されてきたが、血液ではほとんどウイルスが検出できないのに、十分な量のウイルスが脳で検出されることは、早い段階からウイルスが血液などを介して脳に到達し、神経内で独自に増殖していることを強く示唆している。
- 全ゲノム配列で、呼吸器系で分離されるウイルスとは異なる変異を持ったウイルスが存在していることや、一部でsgRNAが検出されることから、ウイルスは各臓器で独立に増殖していることを示している。従って、気道の検査でウイルスネガティブになっても、患者さんのウイルスが消滅したことを意味しない。
- 早期にウイルス血症で全身に広がるにもかかわらず、強い炎症像は呼吸器系に特異的に見られる。また、心血管系への感染は以前から報告されており、今回も確認されているが、血栓などは二次的な現象で、直接ウイルスにより誘導されている可能性は低い。
- 子供では、全身への感染がほとんど全身性の炎症を伴わないで広がることが確認された。
- 全身に感染は拡がるが、ウイルス産生量で見ると初期は呼吸器系での増殖が100倍多い。ただ、感染が長引くとこの差は縮まり、他の組織でもウイルス量が増え、50%以上の長期感染者でウイルス増殖が持続している。
以上、全てこれまで示唆されてきたこととは言え、剖検例の詳しい検討の重要性を物語る。特に初期にウイルス血症が起こって全身に広がるとすると、抗体薬の投与のタイミングの重要性がよくわかる。ただ、実際の臨床で実現するのは簡単ではない。
2022年12月18日
熊本大学で研究室を持った時から、IL7の様々な作用は教室の重要な課題の一つとして研究を続けていた。最初は、ストローマ細胞依存性のB細胞分化、そして京都に移ってからはリンパ組織の誘導と研究は続いていった。ただ全てマウスの話で、人間で同じ機能が存在するのかよくわかっていない。しかし、IL7が分泌するのは間質細胞で、作用するのが血液系の細胞と考えてきた。
今日紹介するオックスフォード大学を中心とする国際チームからの論文は、チェックポイント治療時の副作用のリスク多型として特定された IL7 が、なんとB細胞に発現して自己免疫や腫瘍免疫を高めているという思いがけない研究で、12月16日号の Nature Medicine に掲載された。タイトルは「IL7 genetic variation and toxicity to immune checkpoint blockade in patients with melanoma(メラノーマ患者さんでの IL7 の遺伝的変化と免疫チェックポイント阻害時の毒性)」だ。
同じグループは、チェックポイント治療中に自己免疫反応を副作用として起こし、ステロイド治療を受けた患者さんについてゲノム多型を調べ、強く相関する多型のうちの一つが IL7遺伝子イントロン内の rs16906115 であることを発見した。最近 IL7 は腫瘍組織中にリンパ球の集積を誘導するのに関わることがわかってきていたので、この多型がチェックポイント治療(CT)の副作用に至るメカニズムを追求したのがこの論文になる。
実際、rs16906115 のリスク多型では、自己免疫副作用の発生率が、6倍に増える。
そこで、rs16906115リスク多型と相関する IL7 の発現を患者さんの末梢血で調べるうちに、以外にも末梢血の特に成熟した B細胞が IL7 を発現しており、またリスク多型を持つ患者さんで B細胞の IL7発現が上昇していることを発見する。この意外な発見がこの研究のハイライトで、B細胞の IL7 が高いと、T細胞による免疫反応を増強する可能性が示された。
患者さんで B細胞IL7 が T細胞を刺激するメカニズムを直接検討することは簡単でないので、この研究ではリスク多型を持つ患者さんがチェックポイント治療を受けたときに T細胞の数に変化が起こるかを調べ、最終分化へ引っ張られる CD8T細胞が末梢血で増加することを明らかにする。また、T細胞受容体の配列から、T細胞のクローン増殖についてエ測定し、リスク多型を持つ患者さんの方で高いクローン増殖が見られることを確認している。これらの結果は、間接的ではあるが、B細胞の発現する IL7 が高まると、特に CD8T細胞の抗原依存性増殖が増強されることを示している。
この多型は最初チェックポイント治療の副作用との相関で特定された多型だが、上のメカニズムが正しいとすると、副作用だけでなくガンに対するT細胞の反応も当然増強されていることになる。この点を確かめるために、データベースに蓄積されたメラノーマ患者さんの生存と rs16906115リスク多型の有無を調べると、期待通りリスク多型を持つ患者さんの方が明らかに生存期間が長いことがわかった。
以上の結果は成熟B細胞のIL7発現が、ガンや自己組織に対する慢性的な T細胞反応を刺激していることを示している。従って、患者さんのチェックポイント治療に対する反応の予測に重要なバイオマーカーとして今後利用できるが、加えて IL7 をガン免疫増強の新しい手段として利用できる可能性も示している。IL7と付き合ってきた私にとっては、驚きの論文だった。
2022年12月17日
様々なモデル動物の実験システムを確立したことが20世紀後半から始まる生命科学の大躍進の要因の一つだが、そんな中でも苦労をいとわずそれ以外の動物で行われた研究は、意外性が多く学ぶところが多い。
今日紹介するカナダ・カルガリー大学からの論文は、なんとトナカイを用いた皮膚再生に関する研究で12月8日号の Cell に掲載された。タイトルは「Fibroblast inflammatory priming determines regenerative versus fibrotic skin repair in reindeer(線維芽細胞の炎症方向への分化方向付けが、皮膚再生で再生か線維化かを決める)」だ。
12月にトナカイの論文が掲載されると、Cell の編集者の意図的な仕業かなどと勘ぐりたくなるが、これまで生命科学に関わってきても、トナカイを用いた実験研究論文を読む機会はなかった。
この研究では、毎年生え替わるトナカイの大きな角を覆う皮膚と、背中の皮膚で損傷後の再生を比べたとき、角の皮膚では完全な再生が起こり、毛根や汗腺が再構成されるのに、背中では私たち人間の皮膚と同じで、線維化が進み瘢痕化し、毛のない組織が出来てしまう違いの背景を追求している。
角の皮膚を背中に移植する実験から、移植後60日ぐらいは、再生能力が維持されることを確認した後、この背景の細胞学的差異を Single cell RNA sequencing で調べている。
膨大な実験が行われているが、損傷前の最も大きな差は、線維芽細胞で見られること、また損傷を加えると、どちらの皮膚の線維芽細胞も一度再生力の強い細胞へと収束するが、2週間目には異なるタイプの線維芽細胞へと戻っていくことを明らかにしている。
この差を決めている遺伝子発現パターンを解析すると、角の皮膚では再生に関わる様々な遺伝子の発現が高い一方、炎症に関わる遺伝子は抑制されている。これに対し、背中の皮膚の線維芽細胞では、この逆のパターンが見られることを明らかにしている。
さらに、再生能力のある人間胎児の皮膚や、大人の皮膚の線維芽細胞についても遺伝子発現を調べて比べると、再生能力と炎症誘導能力のバランスが、皮膚完全再生を決めていることがわかる。
機能的にも、背中の皮膚線維芽細胞ではマクロファージや白血球の遊走を誘導する活性が強い。そこで、single cell RNA解析の結果から白血球遊走に関わる因子、及び再生に関わる因子をリストアップして、背中の皮膚の再生を角型に変化させるための介入方法をリストしている。
実際の実験では、リストされた中からマクロファージの増殖に関わる CSF1 と様々な細胞の遊走を誘導するケモカイン受容体 CXCR4 を、塗り薬で阻害する実験を行い、どちらの阻害でも、毛根を持った皮膚が一定程度回復することを示している。
結果は以上で、トナカイの角を覆う皮膚の研究から、完全な皮膚再生のヒントが得られたことは、大きなクリスマスプレゼントと言っていい。ただ、ヒトやマウスで同じような実験が行われておらず、この結果をそのまま私たちの皮膚でも利用できるのかはわからない。とはいえ、モデル動物以外に目を向けることの重要性、また現在の様々なテクノロジーが、モデル動物でなくてもかなり詳しい解析を可能にしていることがよくわかった。
2022年12月16日
細菌叢の研究はどこまで拡がるのか、栄養に始まって免疫、そして今では神経まで、人間の生理機能で影響を受けない物はないとすら思える。その中でも今日紹介するペンシルバニア大学からのエクササイズへのモティベーションを細菌叢が高めるという論文は群を抜いて面白い。タイトルは「A microbiome-dependent gut–brain pathway regulates motivation for exercise(細菌叢に依存する腸・脳経路がエクササイズのモティベーションを調節する)」で、12月14日 Nature にオンライン掲載された。
この研究グループの目的はネズミの運動能力の差を決める要因を明らかにすることで、8種類の異なる遺伝形質を持ったマウスをランダムに掛け合わせて得られた雑種マウス199匹の自発的、強制的運動能力を調べ、検出される差と相関する要因を、ゲノム、代謝物、そして腸内細菌叢と相関させている。この方法で調べると、強制的運動、及び自発運動量は大きな差が出てくる。自発運動に至っては、ほとんど動かない怠け者から、2日で40km動き回る個体まで差が出来る。
この要因を調べると、驚くことに遺伝要因との相関はほとんど認められないが、なんと細菌叢との相関が強く認められた。そこで、抗生物質を投与して細菌叢を除去すると、運動量の差がほとんどなくなる。
さて、細菌叢だとわかると、無菌動物への菌移植を用いて菌を特定できる。この研究ではまず、運動量と相関する菌がネオマイシン耐性で、ペニシリン感受性であることを利用して、この性質を持つ菌を絞り込んで、無菌動物に移植すると運動能力を高める2種類の細菌を特定している。
ここまでで十分面白いのだが、この研究では徹底的にこの現象のメカニズムを調べており、実力を感じる。まず、運動量の差の原因を脳細胞のsingle cell RNA sequencingを用いて探り、運動により高まる線条体のドーパミンの維持に、細菌叢が関わることで、エクササイズのモティベーションを高める働きがあること、そしてドーパミン量の維持に関わる分解酵素の運動時の抑制が、細菌叢により維持されるため、ドーパミンレベルが高く保たれることを明らかにする。
次に、細菌叢から線条体へのシグナル経路を探り、TRPV1陽性感覚神経を介してシグナルが線条体に伝わり、ドーパミン分解酵素のレベルを下げ、ドーパミンのレベルを上げることを突き止める。
そして、TRPV1神経が同時に発現している大麻受容体CB1に細菌叢から分泌される脂肪酸アミドが結合し、TRPV1を刺激してドーパミンレベルを高めることを突き止めている。
実験については詳しく述べなかったが、脳内のドーパミンを経時的に調べたり、代謝物解析など、様々なテクノロジーを駆使した徹底的な研究で、タイトルを見たときは、耳目を驚かすだけの研究かと思ったが、読み終わって印象が完全に変わった。
この研究は、細菌叢と運動にとどまらず、様々なことを教えてくれる。腸のTRPV1刺激が運動能力を高めるとすると、うまくやればドーピング効果と同じ作用を得ることが出来る。例えば韓国の人はキムチが韓国アスリートの強さだとよく言っているが、カプサイシンが効くなら納得できる。また分解酵素を抑制するとすると、キムチや唐辛子でTRPV1を刺激すると、パーキンソンの人の運動能力も高められるはずだ。空想が拡がる面白い研究だ。
2022年12月15日
卵子には母親から提供された多くのRNAが詰まっており、これが発生初期の卵を支えるのだが、受精後卵割が始まる頃から、受精によって統合したゲノム、すなわち Zygoticゲノムからの転写が活性化される、これにより本来の胚発生が始まる。ただ、受精後統合されたばかりのゲノムは、染色体の構造が異質であるため、特別な活性化機構が必要と考えられている。
今日紹介する、ミュンヘン・マックスプランク生化学研究所からの論文は、2細胞期に始まるマウスzygotic遺伝子活性化の際、染色体をほどいて遺伝子の転写を助けるパイオニアファクターを特定した研究で、11月24日 Science にオンライン掲載された。タイトルは「Zygotic genome activation by the totipotency pioneer factor Nr5a2(全能性のパイオニアファクターNr5a2によるZygoticゲノム活性化)だ。
zygoticゲノム活性化(ZGA)は一つ二つの遺伝子領域で起こる現象ではなく、ゲノム全体で起こっている現象なので、それを調節する分子は多くの遺伝子領域の活性化に関わる必要がある。2細胞期に ZGA が始まる時期に発現が変化する遺伝子をリストし、対応するゲノム領域に共通に存在して ZGA をガイドすると思われる配列を探すと、なんとトランスポゾンSINE領域が特定される。そしてトランスポゾンに含まれる共通配列結合因子として、核内受容体の一つで機能がわかっていなかった Nr5a2 が特定された。
実は、同じ SINE に結合し、全能性に関わる分子として、これまで研究が進んでいる Esrrb も特定されているが、混乱すると行けないので Esrrb については全て割愛する。
Nr5a2 は幸い阻害剤があり機能阻害実験、Nr5a2 を分解する実験、さらにノックダウン(初期胚では難しい)を注意深く行う実験でこの分子が存在しないと発生が起こらないことを確認し、Nr5a2 がパイオニア因子であることを証明するための実験を行っている。
パイオニア因子というのは凝集したクロマチン内の配列に結合し、周りのクロマチンを緩めて他の転写因子が結合できるようにする分子を意味しており、Nr5a2 がパイオニア因子であることを証明するためには、Nr5a2 が結合した部位のクロマチンが開いていくことを示す必要がある。ただ、一つの遺伝子領域でなく、ゲノム全体でこれが起こることを、しかも材料の少ない2細胞期で示すことはプロの知識と技が必要になる。
この論文を読んで、実に様々なトランスポゾンを用いた標識技術が開発され、少量の細胞の解析に使われているのを知った。
まず、CUT&Tag と呼ばれる、染色体沈降法と同じ目的で使われるが、トランスポゾンを用いて切断、標識を行う方法でより正確に Nr5a2結合サイトを特定し、これをクロマチンのマップと照らし合わせ、2細胞期にクロマチンが開き始める場所に結合していることを確認する。
次に、やはり Atac-seq に似た、オープンクロマチンを調べる方法で、Nr5a2 がクロマチンを開けて他の転写因子に結合しやすくする機能を持つことを示している。
最後にクロマチンの形成を阻害する人工配列を用いた DNA と Nr5a2 を結合させる実験で、Nr5a2 が直接クロマチンが形成されたゲノム領域に結合することを試験管内で確認し、Nr5a2 がパイオニア因子であるという証明を完成させている。
さらっと紹介してしまったが、2細胞期という実験の困難な時期に、結合した後クロマチンを緩めるパイオニアファクターであることを証明するのは実験的に大変で、それを様々なテクノロジーを使って成し遂げているのは圧巻だ。
生物学的にも、パイオニアファクターの結合部位にトランスポゾンが使われていること、また同じ Nr5a2 が、2細胞期とES細胞では全く異なる遺伝子セットの転写活性化に関わっていることなど、初期発生を考える上で重要な発見だと思う。
この研究はTachibanaさんという日系の女性のグループからの仕事だが、所属を見るとウィーンのIMPから移ってきたばかりのようだ。IMPにはもう一人Elly Tanakaさんという日系の女性が所属しているが、日系の優れた女性研究者が同時に所属し大活躍しているのを見ると、意味なくうれしい。
2022年12月14日
2つ(bispecific)、あるいは3つ(trispecific)の特異性を持つ抗体を組みあわせたキメラ抗体を使って、CAR-Tの代わりにする治療法についてはこのブログでも紹介してきた(Bispecific 抗体=https://aasj.jp/news/watch/10395 、Trispecific抗体=https://aasj.jp/news/watch/19166。ただ、これまで紹介したのは全て動物を用いた前臨床試験だったが、今日紹介するマウントサイナイ医科大学を中心とする国際チームからの論文は、ヤンセンファーマが開発した骨髄腫に対する抗体(GPRC5D)にT細胞をガンに惹きつけるCD3抗体を合体させた bispecific 抗体を患者さんに使った治験研究で、12月10日 The New England Journal of Medicine にオンライン掲載された。タイトルは「Talquetamab, a T-Cell–Redirecting GPRC5D Bispecific Antibody for Multiple Myeloma(T細胞を新たな標的に向けるGPRC5D bispecific抗体、Talquetmabによる多発性骨髄腫治療)」だ。
多発性骨髄腫に対しては、古くから抗体が治療に使われてきた。また、様々なメカニズムの薬剤が続々開発され、ステージが進んだ後も新しい治療を試すことが出来る。しかし、それぞれの薬剤で完治することは希なため、一種のいたちごっこが続いていた。
この状況を変えるのではと期待されているのが、形質細胞など成熟B細胞のみで発現する抗原BCMA抗体を用いたCAR-T治療で、再発例の骨髄腫で7−80%のリスポンスが見られるという素晴らしいデータが報告されている。ただ、CAR-Tは準備に時間がかかること、及びコストの問題があった。
これに対し、CAR-Tを準備する代わりに、CD3に対する抗体を用いて、ガンの近くにT細胞を惹きつけて殺させる可能性を試したのがこの治験で、BCMAの代わりに、骨髄腫で高い発現がある GPRC5D分子を標的にしている。
第1/2相の治験で、無作為化したりコントロールを置いた研究ではない。最初は投与量をエスカレートさせたり、投与方法を変化させたりと複雑なプロトコルになっているので、個々では最終投与法として、週一回405μg/Kg皮下注射、隔週800μg/kg皮下注射の治験のみを拾い上げて紹介する。
まず副作用だが、抗原に対する急速な反応が起こるためのサイトカインストーム、及びGPRC5Dを発現する爪の異常や抜け毛などは、ほとんどの患者さんで見られる。ただ、薬をやめることで改善し、多くの患者さんでは治療を再開している。
さて効果だが、405μg/kg 毎週では、7割の患者さんで改善が見られ、そのうち57%でcomplete response、800μg/kg 隔週で64%で改善、52%でcomplete responseという結果だ。さらに長期生存結果などの評価には時間がかかるが、CAR-Tと比べても遜色ない結果として報告に至っていると思う。
個人的印象だが、bispecific抗体がCAR-Tとほぼ同じ効果を示したことは、かなり大きなインパクトがある。すなわち、同じ薬剤を全ての患者さんに使えることで、コストを下げ、治療開始期間を短縮できる。
おそらく今後、多くのbispecific抗体や、さらに改良型のtrispecific抗体治療が進むと思われる。その上で、CAR-Tが消えていくのか、あるいは代換え不能の治療方法として続くのか、注視していきたい。
2022年12月13日
コロナパンデミック以来、一般紙に掲載される感染症の数が確実に増えている。しかし、これは必要や政策だけの結果ではなく、感染症の研究が生物学的にもいかに面白いかがわかってきたからだろう。
今日紹介するハーバード大学からの論文は、抗生物質が開発されるまでは感染症の王者だった結核菌が抗生物質に耐性を獲得するときの、全く新しいメカニズムを明らかにし、治療にあたっての新たな注意を喚起した研究で、12月9日号の Science に掲載された。タイトルは「Tuberculosis treatment failure associated with evolution of antibiotic resilience(結核治療の失敗は抗生物質に対する快復力の進化に関わる)」だ。
治療する側から考えると、病原菌の進化はそのまま耐性菌の進化と重ねてしまうが、コロナパンデミックで分離されたウイルスからわかるように、病原体の方では少しでも生産性が上がるようにと、あらゆる進化が進んでいる。この研究ではまず、結核菌の進化に関わるゲノム変化を、世界中の5万人の結核患者さんから分離した結核菌の遺伝子配列から特定しようと試みた。
現在では結核と診断されれば治療が行われているので、当然結核菌の進化としてリストされてくる多くの遺伝子変化は、様々な抗生物質の標的分子に直接関わっている。しかし、それ以外にほぼ半数の変化は、抗生物質耐性には直接関わらない。
この研究では強い選択圧が働いているが、直接薬剤耐性に関わらない遺伝子リストのトップランクの中から、彼らが resR と名付けた転写因子を選んで、その機能を調べている。
予想通り、様々な抗生剤に対する耐性はほとんど変化しない。しかし、抗生剤処理後の回復力を調べると、resR遺伝子の変異があると、抗生剤を生き延びた菌の快復力、また増殖力が著明に高まっていることをがわかった。
この形質変化の原因を探ると、細胞分裂や細胞のサイズを決定する転写因子 WhiB2遺伝子の転写を高め、抗生剤が洗い流されて増殖がスタートするときの増殖速度が高まることがわかった。また、WhiB2も結核菌の進化の過程で変異が蓄積していることも明らかになった。
この結果は、ガンの幹細胞のように静止期の細菌が存在し、これが抗生剤の作用を生き残れると、今度は急速に増殖して個体数を高めていると考えられる。とすると、治療が中途半端に終わったばあい、このような変異体が増えてくる可能性が想定される。
そこで、開発途上国でよく行われる、治療期間をもっと短くする可能性を追求する治験研究を選び、治療後再発したケースについて結核菌の遺伝子を調べると、予想通りresR や WhiB2 の変異が蓄積することを確認している。
以上が結果で、結核の治療に関してはできるだけ治療期間を短くする方向で研究が進んできたが、抗生剤を問わず、薬剤をやめてからのリバウンド活性を上げる変異が現れることを考えると、この変異を組み入れた治験を行う必要がある。結核は決して終わった病気ではない。このような変化が蓄積してくると、とんでもない病原菌へと変化することすらある。ガンと同じで、十分治療を行い、菌の流通量を極力減らすことが重要だ。
2022年12月12日
河川や海の水をすくい取って、そこに存在する DNAを全てシークエンシングして、生息する生物を DNAレベルから特定するメタゲノム解析は、地球上の微生物の多様性を改めて私たちに示してくれた。ただこの方法で新しく見つかるほとんどの生物は、デニソーワ人ゲノムと同じで、実物を見ることは出来ていない。
いかにしてメタゲノム解析から想定される微生物を特定するか、気の遠くなるような努力が行われている。一つの例が、2020年に紹介したわが国産総研が発表した Asgardアルケアの培養分離で、実に10年以上努力を重ねている。
今日紹介する論文は、なんとロシア科学アカデミーからの論文で、カナダ、英国、フランスなどとの共同研究だ。論文が送られたのが今年の6月と言うことで、まさにプーチンの戦争のさなかになるが、このような研究の今後がどうなるのか、複雑な気持ちになる。タイトルは「Microbial predators form a new supergroup of eukaryotes(肉食の微生物は新しい真核生物のスーパーグループを形成する)」だ。
他の真核生物を食べる原生動物として Ancoracysta twistaとColponema marisrubri が知られていたが、同じような肉食と言える原生動物を様々な場所から分離するのがこの研究の目的だ。
バクテリアを食べる真核生物をエサにして、培養を続ける方法で、6種類の新しい肉食原生動物を分離している。形態学や、真核生物を食べる様式の違いから、丸呑みをするNebulidia と食いちぎって食べるNibbleridia に分類している。形態学的には、相手を飲み込むための腹部の大きな溝が特徴になっているが、それ以外は鞭毛を使ってよく泳ぐ原生動物だ。
新しく分離した肉食原生動物のゲノムを解析すると(通常の方法では明確な分類が出来ず、早く進化する部分を除去して比較する site-elimination and alignment recoding approaches を用いて系統を決めている)、Colponema marisrubri が属するHaptista に近いが、完全に独立した界を形成していることがわかった。すなわち極めて古くから分岐した、動物界、植物界など、現在存在する10種類の界に新たに加わる界を形成する原生動物であることがわかった。
ゲノムの特徴は、機能的遺伝子に富むこと、及び界として独立していても、進化速度は遅く、その結果多様性に乏しい。しかし、海底5000mの沈殿DNAのメタゲノムから、世界中に拡がっていることも確認できる。
肉食からわかるように、蛋白分解酵素やリソゾーム分子に富んでおり、またおそらく餌を食べる過程を調節するカルシウムシグナル経路に関わる分子を多く持っていることが示されている。
そして最も面白いのが、キラーT細胞が相手を殺すために使うパーフォリン分子の持つアタックドメインを持つ蛋白質を多く持っていることで、この分子の進化を調べるための必須の生物であることがわかる。
他にも、ミトコンドリア遺伝子から核遺伝子への移行が遅いことなど、新しい界の特徴が上げられているが、省略する。
要するに、肉食原生動物を探していたら、新しい界を特定できたという話で、地球上にはまだまだ新しい生物が存在することを見事に示した研究だ。このような研究がロシアから共同研究の形で今発表されたことの意義は大きいが、今どうなっているのか?論文は6月に送られ12月にオンライン掲載される異例の早さだが、この早さも気になる。