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10月5日 細胞内コレステロール感知システム(9月16日 Science 掲載論文)

2022年10月5日
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Sonic hedgehog(shh) は、発生学に関わる人なら馴染みのシグナルだが、この作用機序はちょっと複雑だ。一般にリガンド(この場合shh)は受容体を介してシグナルを誘導するのだが、shh の結合する Patched は、それ自身でシグナルを出さない。代わりに、smoothened と称される膜分子の活性化を抑えている。この抑制が、shh に patched が結合することで外れる。では smoothened を活性化するメカニズムは何か?私の現役時代はわからなかったが、2016年、ハーバード大学のグループがコレステロールが smoothened を活性化していることを明らかにし、コレステロール自体が発生に関わるのかと大きな反響を呼んだ。

今日紹介するカリフォルニア大学バークレイ校からの論文は、smoothen活性化に似たメカニズムがコレステロールセンサーとして働いて、代謝のマスターシグナル mTOR を活性化することを示した研究で、9月16日号の Science に掲載された。タイトルは「Lysosomal GPCR-like protein LYCHOS signals cholesterol sufficiency to mTORC1(リソゾームの GPCR様蛋白質LYCHOS がコレステロールの量を mTORC1 に伝える)」だ。

スタチンの作用に関わるコレステロール合成経路や、LDL、HDLによるコレステロール循環システムはある程度フォローしているが、コレステロールの細胞内センサーの論文をこれまで読んだことはなかった。しかし、shhシグナルもそうだが、細胞が増殖するためには、十分量のコレステロールが存在しないと、分裂は破綻する。逆さまから見ると、コレステロールが少ないときに、分裂などのシグナルに反応しないようにしておく必要がある。

この細胞内栄養状態の情報をまとめて転写を変化させるのが mTOR分子で、アミノ酸やグルコース量と mTORシグナルとに関係は詳しく研究されている。最も有名どころでは、インシュリンシグナル-AKT-mTORで、医学生なら必ず知っている。

これまでの研究でコレステロールセンサーがあるとすると、リソゾーム膜上で mTORC1 を活性化している分子があるはずだと仮説を立てて分子捜しを始めている。まさに細胞生物学のプロの仕事とは何かが堪能できる。

まずリソゾーム局在分子リストの中から、コレステロールセンサーとして設定した条件を満たすシグナル分子 LYCHOS を特定している。これがコレステロールセンサーとして働くことをノックダウンで確認した後、後はこの分子がコレステロールの量に応じて mTORC1 を活性化する分子カスケードを徹底的に調べている。膨大なデータなので、明らかになった最終的な結果だけをまとめると次のようになる。

  1. コレステロールが LYCHOS の N末端部分に結合すると、mTORC1 のリソゾームの局在を促す過程に、GATOR1、KICKSTART、mTORC をリソゾームに局在させる RAGコンプレックスが役者として関わっている。
  2. GATOR1 は通常 KICKSTART分子と結合しており、mTORC1 のリソゾーム局在に必要な分子コンプレックスの活性を抑える機能を持っている。
  3. LYCHOS にコレステロールが結合すると、C末の LEDドメインと GATOR1 が結合してしまうために、RAGコンプレックスの抑制が取れ、mTORC1 がリソゾーム膜に局在し、活性化される。

結果は以上で、smoothenと同じように、LYCHOS がコレステロールで活性化されることが、センサーとして働いていることを示している。コレステロールは、ステロイドホルモンをはじめ様々なシグナル分子の原料になっているが、コレステロール自体でも間違いなく様々な分子に関わっている。こんな論文を読むと、もう少し LDL を下げておこうと思う。

カテゴリ:論文ウォッチ

10月4日: ペーボさんのノーベル賞受賞に思う

2022年10月4日
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昨日、ノーベル医学生理学賞がマックスプランク人類進化学研究所のペーボさんに授与された。個人的面識は全くないが、他人事とは思えないほどうれしい。と言うのも、ペーボさんの研究についてはこのHPでも30回近く紹介しており、紹介した個人としてはダントツの一位で、それだけ論文が面白いと言うことだ。

このように、他人とは思えないので、今回はノーベル賞の解説はやめようと思っている。ただ、何らかの形で、ペーボさんの研究の文明的意義を語り合う機会は設けようと考えている。それまでは少しお待ちいただいて、論文ウォッチで紹介した、彼自身、および彼の研究から花咲いた、古代史研究を読み直していただければと思う。

ちょっと気になるのが、報道や研究者のSNSで、彼の研究が「役に立たない基礎研究」であることが強調されすぎていることだ。「医学生理学賞」にはどうかという意見まであるのを見て、一言述べておこうと思った。

最近「Brahms in context」と言う本を通して、19世紀を考える機会があった。この時代は、ダーウィンやヘルムホルツなど科学が急速に発展し、同時に様々な思想が生まれた結果、個人と権威、また多様な権威同士がもろに衝突した時代だった。クリミア戦争もこのときに起こっている。この不協和を思想的に克服できないか、様々な試みが続いたが、結局20世紀前半まで、多様化し深まる不協和を克服する思想は生まれなかった。そして今に生きる我々も、南北分断が深まり、ウクライナへのロシア侵攻を目の当たりにして、19世紀からの人間の思想的試みに何か大事なものが欠けていることを痛感している。

この欠けているものを探せないと、私たち人類は滅亡するだろう。私は、欠けていたものの一つが、思想的試みをを支える科学ではないかと思っている(だからこそ「生命科学の目で読む哲学書」をまとめようとしている)。その意味で、ペーボさんが古代人ゲノムを現代人と連結させ、歴史を嘘を排して検証できることを明らかにしたことは、滅亡の淵に立つ人類を救う可能性を間違いなく高めたと言える。

と言うのも、私たち現代人の交流の歴史は、古代人のゲノムを比べることでますます明らかになっている。そして、現代ヨーロッパ人のゲノムは、今まさに戦争が行われている地域の古代人との交雑から生まれたことは明らかだ。すなわち、プーチンや民族主義者が何を言っても、結局皆兄弟であることは隠せないのだ。

この意味で、ペーボさんの研究をきっかけに今花開いている古代人ゲノムの研究は、人間と歴史を科学的(すなわち誰もが認め合う形)で理解する可能性を示し、民族主義というやっかいな問題を棚上げにできるる可能性がある。もちろん、南北問題、貧富の差など、思想的に克服すべきことはまだまだ多い。しかし、これもヒトゲノム計画が進展した結果、いくつかの障害を取り除ける可能性も出てくると思う。このように、19世紀にはかなわなかった、思想を発展させるときに必要な科学の寄与が、21世紀に少しづつではあるが可能になってきている。その先駆けが、ペーボさんの研究で、運良く人類が滅亡しなかったとすると、後世の人から人類を救った研究と評価されるのではないかと思う。

10月4日 ダニ唾液のパワー(9月27日 The Journal of Clinical Investigation オンライン掲載論文)

2022年10月4日
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昨年、ダニの唾液内の19成分を抗原としてワクチンを作成すると、ダニに刺される頻度が減り、ダニも早期にその動物から退散するという論文を紹介した(https://aasj.jp/news/watch/18346)。さらについ先日、ニキビダニがホスト自然免疫システムにより生息場所を制限されていることを示した研究(https://aasj.jp/news/watch/20615)も紹介した。このように、体外にいて内部免疫系の影響を受けないと思われる害虫でも、様々な形で免疫系と相互作用しているのは面白い。

一般にダニに刺されると、かゆみを伴う炎症が起こることから、免疫を高める効果があると思うが、今日紹介するウィーン大学からの論文は、ダニの唾液が局所や全身の免疫を抑えて、スピロヘータの感染を助けることを示した研究で、9月27日 The Journal of Clinical Investigation にオンライン掲載された。タイトルは「Tick feeding modulates the human skin immune landscape to facilitate tick-borne pathogen transmission(ダニ刺されは人間の皮膚の免疫状態を変化させダニの媒介する病原菌の感染を高める)」だ。

このような虫刺されと免疫システムの相互作用の研究は、皮膚組織を調べる必要からなかなか人間では研究できないのだが、この研究の最大の特徴は、全ての実験を人間のバイオプシーサンプルを用いて行った点で、このような研究に応じる人を集めたことだけでも驚く研究だ。

人間の組織を採取するとは言え、4mmのバイオプシーなので、やれることは限られている。また、本当に再現性があるのかなど、懸念も多いが、重要な点をまとめると以下のようになる。

  1. 一人の人から、刺された皮膚と、刺されていない皮膚を採取して、免疫細胞を比べると、マクロファージや自然免疫リンパ球などが低下する一方、B細胞、T細胞が増えていることがわかる。すなわち、ダニの唾液が入ることで局所の免疫細胞の変化が起こる。また、皮膚で炎症に関わるインターフェロン、IL4、IL17 などを持つ細胞が減少する。すなわち、リンパ球は増えるが、炎症や免疫誘導が起こりにくい状態が出来ているのに驚く。
  2. 局所の免疫系が変化するのは、ダニ刺されの症状を考えると納得できるが、なんと末梢血でも好中球が増加し、T細胞、NKT細胞、NK細胞、そして自然免疫細胞が低下するという、全身の変化が起こるのは驚く。
  3. 後はこの効果を調べる実験系が必要になるが、これも腹部手術時に大きな皮膚サンプルを採取し、皮膚全体を用いた実験システムをくみ上げている。おそらくこの皮膚をダニが刺すことはないので、まずダニの唾液腺抽出液がダニ刺されと同じ効果があることを確認した後、採取皮膚組織に抽出液を注射、これにより同じ免疫系の変化が起こること、そしてそのパターンから想像されるように、ダニの媒介するスピロヘータの感染をダニの唾液腺抽出液が助けることを明らかにしている。

以上が結果で、全てを人間でやりきった点が最も大きな特徴だが、この話が正しいとすると、わざわざダニがスピロヘータを助けることになり、人間、ダニ、スピロヘータの複雑な三角関係が何故出来たのか、最終的に納得感の低い論文だった。

カテゴリ:論文ウォッチ

10月3日 嗅神経の軸索投射をストレス反応が調節する(9月26日 Cell オンライン掲載論文)

2022年10月3日
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視覚や触覚と違って、嗅覚細胞は、一定の期間働いたあと、細胞はアポトーシスで死ぬが、これに伴い幹細胞が活性化して、新たな嗅覚細胞で置き換えられる。神経でも新陳代謝が出来ることはありがたいことだが、嗅覚細胞の問題は、新しい細胞が同じ嗅覚受容体を発現しているとは限らない点だ。嗅覚受容体遺伝子は何百種類もあるが、どれを選ぶかは確率的に決まる。このため、嗅覚の安定性を保つためには、受容体の種類に応じて一時投射場所を決める必要があると考えられ、これを支持する多くの研究が行われた。これに、東大の坂野さんをはじめとして、日本の研究者が大きな貢献をしてきた。

とはいえ、嗅覚受容体(OR)は何百もあるのに、同じ場所に投射できるのはにわかには信じがたいのも確かだ。

今日紹介するコロンビア大学からの論文は、投射の調節機構が、OR(臭覚受容体)とリンクしたER(小胞体)ストレスを積極的に取り込むことで、階層的に進み、最終的にOR依存的シグナルで微調整され完成することを示した面白い研究で、9月26日 Cell にオンライン掲載された。タイトルは「ER stress transforms random olfactory receptor choice into axon targeting precision(ERストレスはランダムな嗅覚受容体の選択を軸索を正確に投射する選択へと変化させる)」だ。

このグループは、OR が折りたたまれるとき ERストレスが発生するが、何百もある OR ごとに ERストレスの強さが異なっており、この差を OR とリンクした転写調節に利用できるのではと考えた。すなわち、OR に応じて ERストレス強度が異なり、この差が神経軸索投射分子の転写の発現パターンを変えているのではと着想した。

これを確認するため、ERストレス直下で転写が高まる分子 Atf5 をリポーターとして、それぞれの OR と Atf5 発現量を調べると、OR の種類に応じて見事に Atf5発現量、すなわち ERストレスの強度が変化することを明らかにした。また、このストレス強度は完全に OR の配列依存性で、OR の分子構造を変えると全く異なるストレス強度が発生することも示している。

次に、ストレス強度の違いで起こる遺伝子発現の差を調べると、これも期待通り、軸索投射をガイドする様々な分子の発現パターンが見事にストレス強度と相関していることを示している。

後は、同じ OR を選んだ細胞で、ストレスシグナル分子の発現が異なるように細工したマウス(OR遺伝子は一細胞一分子なので、対立遺伝子座の片方にノックアウトのための Cre を挿入することで可能になる)、同じ OR を発現していても、同じ場所へ投射できなくなることを示し、ERストレスの差が投射の大きな枠決めに関わることを示している。

後は、single cell RNA sequencing などを用いて、ストレスを軸索投射のための遺伝子発現へと転換する Ddit3 を特定し、これにより嗅球の各領域への大きな方向付けが決まることを明らかにしている。

この頃ほとんどこの分野をフォローしていなかったが、面白い論文で、これまで気になっていた疑問をかなり解消してくれた。しかし、ERストレスをわざわざ取り込むことは、危険も大きい。というのも最終的には細胞死に陥る。例えば、ウイルスが感染してしまうとすぐ細胞が死にやすいのもこのせいかもしれない。いずれにせよ、幹細胞生物学としても面白い課題が生まれたと思う。

カテゴリ:論文ウォッチ

10月2日 次のパンデミックを予想し、備えることは可能か(9月30日 Cell オンライン掲載論文)

2022年10月2日
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今回のCovid-19もふくめ、21世紀に問題になるエンデミックやパンデミックのほぼ全ては、なんらかの脊髄動物に感染が拡がっているウイルスが、様々な原因で人間に感染し、それが変異を重ねて感染性のウイルスへと変化することで起こっている。このことから、動物に感染しているウイルスの中から、次のパンデミックの原因となるウイルスを特定するための研究の重要性が強く認識された。すなわち、次のパンデミックの芽を動物感染の間に摘み取る、あるいは、感染が始まってもすぐに診断治療体制がとれるよう準備しておくことの重要性だ。人的資源と多くの研究投資が必要になるが、Covid-19で失われた経済的損失と比べると、おそらく微々たる額だろう。

このような取り組みのまさに好例となる論文が、米国国立衛生研究所とコロラド大学から、9月30日、Cell にオンライン掲載された。タイトルは「Primate hemorrhagic fever-causing arteriviruses are poised for spillover to humans (サル出血熱アルテリウイルスは人間へと拡がる準備が整っている)」だ。

サル出血熱は実験用に輸入されたマカクザルから研究施設に拡がるウイルスとして知られており、致死性は高い。ウイルスはアルテリウイルスと称される RNAウイルスによる感染で、これまで人間に感染したという報告がないため、ほとんど研究が進んでいなかった。しかし、最近になってサル出血熱ウイルス(SHFV)が霊長類に感染することが明らかになり、virus of concern となってきている。

SHFVの場合、まず感染過程を明らかにしなければならない。これまでの研究でヘモグロビンのスキャベンジャー分子 CD163 が受容体として働いている可能性が示唆されていたので、CD163 のノックアウト、あるいは遺伝子導入実験より、CD163 がウイルスの受容体として働いていることを確認している。

ただ Covid-19 に対する ACE2 といった関係でないこともわかってきた。というのも、CD163 は表面蛋白質だが、細胞表面に出ずに細胞内小胞にとどまっている細胞でも、ウイルスは感染する。Covid-19 でも指摘されているが、マクロファージでは例えばマクロピノサイトーシスなどを介して細胞内へウイルスが取り込まれ、そこで CD163 と結合して、RNA が細胞内に侵入すると考えられる。

いずれにせよ、CD163 との結合が、種を超えた感染のバリアーになることは確認された。そこで、CD163 の配列を様々な種に変えて感染実験を行うと、たしかにマカク由来SFHV は新世界ザルには感染しないが、チンパンジーや、ゴリラ、そしてなんと人間の CD163 とも結合して感染することがわかった。

CD163結合性があっても、幸い血液から分離した白血球ではウイルスの増殖は見られない。従って、人間での感染事例がないのは、この抵抗性のおかげだと考えられる。ただ、細胞株を用いた実験を行うと、SU-DHL-1細胞ではウイルス増殖が見られ、CD163陰性の腎臓細胞でも CD163 を導入することで、感染し、ウイルスを増殖させることが明らかになった。

以上が結果で、現在アフリカをはじめ様々な地域で拡がっている SFHV は、まだ突き止められていないほんの少しの障害のおかげで人間には感染できていないが、この障害が取り除かれた細胞では簡単に感染増殖することがわかった。

やっかいなことに、ウイルスの CD163結合部位に対する抗体は、細胞内で効果を持つ必要があり、Covid-19 のようなワクチン設計でいいのかなど、解析しなければならないことは多い。

いずれにせよ、パンデミックの前に対策を用意するための研究は可能で、例えば企業コンソーシアムなども参加して、対策研究を進めることが大事だと思う。重要なのは、国に全ての対策を任すことがいかに危険かを認識することだろう。

カテゴリ:論文ウォッチ

10月1日 ガン免疫と糖代謝(9月30日 Science 掲載論文)

2022年10月1日
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ガンに頻発する変異を眺めて改めて認識させられるのが、ガン増殖に代謝プログラムが深く関わっていることだ。中でも、悪性のグリオーマで頻発する isocitrate dehydrogenase (IDH) の変異で、代謝の基礎とも言える TCAサイクルに関わる酵素が関わっているので、エネルギー代謝が大きくシフトすることが、ガンの増殖を助けるのかなと考えていた。しかしその後の研究で、IDH変異は単純な機能低下変異ではなく、新しい機能が生まれて、IDH1、IDH2変異とも、最終的に 2-hydroxyglutarate(2HG) が細胞内に合成、蓄積され、これが TET やヒストン脱メチル化酵素を阻害、ガンのエピジェネティックスを大きく変化させるとともに、HIF1 を活性化して、低酸素転写プログラムを誘導することが、発ガンに大きく関わることが明らかになった。

今日紹介するハーバード大学からの論文は、IDH変異を持つガンにより合成される 2HG が、ガンだけでなく周りの免疫系に影響を持つのではと着想し、作用メカニズムを調べた研究で、9月30日 Science に掲載された。タイトルは「Oncometabolite D-2HG alters T cell metabolism to impair CD8 + T cell function(ガン由来代謝物 d-2HG はT細胞代謝を変化させて CD8T細胞機能を抑制する)」だ。

IDH変異では高レベルの 2HG が合成されるので、少なくともガン局所は mMレベルの濃度になる。しかし、ガンの増殖を助ける代謝物は免疫細胞も活性化するのかと思っていた。

ところが、キラー細胞を 2HG で処理すると、T細胞の活性化は起こっても、キラー活性に必要なグランザイム分泌や、さらにはインターフェロンγ の分泌が強く抑制されている。また、IDH変異を持つガン患者さんでは、CD8T細胞の浸潤が低下している。ただ、ガンのように、2HG によって、エピジェネティックな変化や、HIF1転写が大きく変わるわけではなく、この効果は 2HG に触れたときだけの急性効果であることがわかる。

そこで、2HG により何が起こっているのかを調べると、2HG がピルビン酸から乳酸を合成する LDH-A を阻害すること、そしてこの結果、糖分解経路が低下し、この結果 NAD/NADH バランスがミトコンドリア呼吸複合体を介して、ミトコンドリア膜の過分極を誘導、T細胞はミトコンドリア依存性のエネルギー代謝が高まり、活性酸素が高まることで、急性の機能不全に陥ることを示している。簡単に述べたが、実際には代謝経路を、阻害剤やトレーサー実験を用いて詳しく調べている。

以上、ガンから発生する 2HG が急性効果ではあるが、グリコリシスを抑え、ミトコンドリア呼吸を高め、この変化がインターフェロン分泌と、キラー活性に必要なグランザイム分泌が低下させる原因であることを明らかにしている。とすると、現在行われている IDH を阻害する治療は、ガンの増殖を大きく変化させられなくても、十分治療に使う可能性はあると思う。

カテゴリ:論文ウォッチ

9月30日 PD1 分子を標的にした異次元免疫治療(9月29日 Nature オンライン掲載論文)

2022年9月30日
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抗原刺激を受けたT細胞は PD1 分子を発現し、それが刺激されることで反応が抑えられるチェックポイントを持っている。これをブロックして、抗原特異的T細胞が消耗するのを防ぐのがチェックポイント治療で、ガン治療に導入され大きな成功を収めた。ただ、チェックポイント機能を抑えるだけでは、T細胞を刺激しているわけではないので、患者さんのT細胞が持続的に活性化出来るかどうかは他の因子にかかっている。

この不確定性を克服するため、PD1 を発現した細胞をさらに IL2 などで刺激し、他のルートから細胞を活性化する試みが行われ、一定の成功を収めている。これまで紹介したように、IL2 では、CD25 に結合性のない、変異型のサイトカインが設計され、CD8T細胞だけを増やすことも出来るようになり、新しい方向の治療として期待されている。

今日紹介するスイス・チューリッヒにあるロッシュイノベーションセンターからの論文は、IL2 刺激を PD1 を発現して消耗が始まった T細胞特異的に提供することで、チェックポイント治療とは質的に異なる治療が可能になることを示した研究で、9月29日 Nature にオンライン掲載された。タイトルは「PD-1-cis IL-2R agonism yields better effectors from stem-like CD8 + T cells(PD1陽性細胞のIL2受容体を刺激することで幹細胞様CD8T細胞から優れたエフェクター細胞を誘導できる)」だ。

論文では膨大なデータをこれでもか、これでもかと示す、さすが製薬企業と思わせる研究で、しかも使っているモデルや材料を見ると、おそらく膵臓ガンに狙いを定めていることがよくわかる論文だ。

この研究では、IL1 刺激とチェックポイントを別々に行う方法で、CD25 結合のない IL2βγ 受容体結合リガンド( IL2V)の免疫増強効果を調べ、通常の IL2 より効果が低く、IL2V の効果を利用するためには、PD1 を発現した細胞に選択的に IL2V を提供することが重要だと結論し、この目的のために、PD1 に対する抗体に IL2V を結合させたキメラ分子を開発している。

立て付けとしては、PD1 を抑制するとともに、同じ細胞の IL2βγ 受容体からシグナルをいれる方法といえるが、LCMウイルスを用いた慢性感染実験で調べると、PD1 抑制では得られない、異次元の細胞が誘導でき、高いキラー活性が維持できることがわかる。

メカニズムを解析すると、PD1- IL2VはPD1TCF1の幹細胞様として知られる CD8T細胞に働いて、増殖を維持して幹細胞の働きを助けるとともに、キラー効果を発揮するエフェクター細胞への分化をバランス良く維持する効果を持つことがわかった。さらに、PD1- IL2V は IL2Rβγ受容体とともに細胞内に取り込まれ、IL2V の効果を持続させる働きまである。

基礎的な検討の紹介は全て省くが、基本的には免疫を下げる遺伝子の発現を抑え、エフェクター機能を高めている。

最後に満を持して、膵臓ガンモデルへの投与実験を行い、チェックポイント治療では到底到達できなかったレベルの治療効果が存在すること、さらには PD-L1 に対する抗体を組みあわせて、チェックポイント機能を完全に抑えると、効果がさらに高まることを示している。そして、増殖している T細胞受容体遺伝子も調べ、これが腫瘍内で腫瘍特異的T細胞が選択的に増殖している結果であることを示し、期待を持たせて終わっている。

以上が結果で、論文全体から膵臓ガンを治すぞという気持ちが伝わる論文だ。この技術は、ガン浸潤細胞の増幅などにも利用できるため、期待したいと思う。ただ、ガンに対して異次元の反応を誘導できることは、間違うと異次元の自己免疫副作用が出るのではと心配する。おそらく、これに抗原刺激ワクチンを組みあわせると、ついに免疫治療のゴールに入れるのかもしれない。

カテゴリ:論文ウォッチ

9月29日 動脈硬化予防の新しい標的(9月21日 Science Translational Medicine 掲載論文)

2022年9月29日
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動脈硬化は、アポ B 分子を持つ LDL が局所の血管内皮下に蓄積をはじめ、それをマクロファージが取り込み泡沫細胞へと変化、それが刺激になってさらに血液の浸潤と LDL の蓄積が進む、負のサイクルが進み、最終的に血管が肥厚、線維化、最終的に石灰化する。当然血管内皮腔は狭くなり、高血圧、心筋梗塞、そして脳卒中の原因になる。

細胞レベルではこの泡沫細胞の形成と、そのアポトーシスが病気を制御するときの核になり、これまでマクロファージのスキャベンジャー受容体により LDL 、さらには酸化 LDL が取り込まれると考えられてきた。確かに、スキャベンジャー受容体をノックアウトすると、LDL の取り込みは抑えられるのだが、これだけでは動脈硬化が防げないことが示された。また酸化 LDL を抑えるため、抗酸化治療が試みられたが、これも失敗に終わっている。

今日紹介するジョージア医科大学からの論文は、スキャベンジャー受容体だけでなく、そのまま周りの水を取り込むマクロピノサイトーシス(MP)と呼ばれるメカニズムで LDL が取り込まれ動脈硬化が進む可能性を示した論文で、9月21日号 Science Translational Medicine に掲載された。タイトルは「Receptor-independent fluid-phase macropinocytosis promotes arterial foam cell formation and atherosclerosis(受容体に依存しない液のマクロピノサイトーシスが泡沫細胞の形成と動脈硬化を促進する)」だ。

特異性のない MP による周りの取り込みが十分 LDL 取り込みに寄与できると着想したのがこの研究の全てだ。

既に述べたようにスキャベンジャー受容体がノックアウトされたマウスでも動脈硬化が起こり、泡沫細胞が形成されるが(正常マウスよりは程度は低いのでスキャベンジャー受容体も重要だ)、このとき MP に関わる Na/H exchanger(NHE1) を阻害する化合物を投与すると、動脈硬化や泡沫細胞形成を完全に抑えることが出来る。逆に、MCSFやPDGF で MP を高めてやると、LDL の取り込みが高まる。以上のことから、動脈硬化ではスキャベンジャー受容体だけでなく、MP も LDL の取り込みと、泡沫細胞形成に関わることが明らかになった。

そこで、人間の動脈硬化巣のマクロファージを調べると、膜が飛び出す MP の像が見られることから、MP が人間の動脈硬化にも関わることが確認された。

最初の実験で使った化合物は、NHE1 特異的ではないので、M Pに本当に NHE1 のみが関わるかどうか調べる目的でノックアウトマウスを作成、同じように動脈硬化実験を行うとノックアウトマウスでは強く動脈硬化が抑えられた。

そこで最後に NHE1 を阻害する薬剤を探索し、抗うつ剤として既に使われているイミプラミンが NHE1 阻害効果を持つこと、そしてイミプラミン投与により動脈硬化が抑えられ、泡沫細胞形成もブロックできることを示している。

結果は以上で、これまで動脈硬化巣形成についてわからなかったことを、MP を加えることで説明できるようになり、新しい治療可能性まで示したことは重要だと思う。ただ、抗うつ作用を持つ薬剤をそのまま使うかどうかは問題で、出来れば脳血管関門を通らなくした化合物を目指して欲しい。

カテゴリ:論文ウォッチ

9月28日 続く地道なワクチン研究(9月21日 Nature オンライン掲載論文)

2022年9月28日
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今回 Covid-19 パンデミックで示された、ワクチンの大成功は、標的抗原の遺伝子構造決定からワクチン製造までが、いかに迅速に行うことが出来るかを示し、ワクチン製造には何年もかかると述べていた専門家の予言を見事に裏切った。しかし、標的の遺伝子配列がわかったからといってワクチンは決してすぐに実現するわけではない。実際には、それまでの長い基礎研究の積み重ねがあり、Covid-19 の場合、SARS や MERS ワクチンの研究の上に存在する。この辺を見誤ると、無駄な投資で終わる。

実際、マラリアをはじめ多くの病原体のワクチン開発は進歩が遅い。今日紹介する La Jolla 免疫研究所からの論文は、ワクチン開発が難しい HIV ウイルスのエンヴェロップ蛋白質に対するサルのリンパ節での反応を丹念に調べた研究で、9月21日 Nature にオンライン掲載された。タイトルは「Long-primed germinal centres with enduring affinity maturation and clonal migration(時間をかけて免役した胚中心では、持続する親和性の上昇とクローンの移動がみられる)」だ。

La Jolla 免疫研究所は Covid-19 の免疫反応解析でも、重要な論文を発表し続けてきた研究所だが、この研究はエイズウイルスワクチンのための基礎研究になる。といっても、全ての実験はサルを用いて行われており、しかも免疫誘導で最も知りたいリンパ節のバイオプシーを用いて解析されている。

既に抗体誘導については研究の蓄積があり、一回で全ての抗原を注射するのではなく、0.1μgから初めて、31.6μgまで抗原をサポニンタイプのアジュバントとともに、徐々に量をエスカレートさせ、2日おきに7回注射する方法が抗体誘導効率が高いことがわかっており、この免疫スケジュールでリンパ節で何が起こっているのか調べている。

結果をまとめると以下のようになる。

  1. まず、7回分割投与の場合、驚くことに胚中心型B細胞が持続的に維持される。このタイプのB細胞は増殖し、抗体遺伝子の変異やスイッチが続いていくタイプで、通常免疫後1ヶ月程度で低下し、記憶型に変わるとされてきた。胚中心型B細胞が持続するためには、抗原が長期に維持される必要があるので、おそらく2日ごとに注射する方法によって誘導されてきた抗体が抗原と結びついて、樹状細胞に長くとどまると考えられる。
  2. ウイルス感染予防に必要な中和抗体は、初期免疫の後のブーストが必要で、抗体自体は1ヶ月で低下する。エイズの場合、最初の免疫では誘導が出来なかったのは、リンパ節内で進化が続いており、これを再活性することで高い中和抗体が実際に産生されることになる。
  3. 様々なバリアントに対して抗体が必要になるエイズ免疫にとって最も重要なことは、リンパ節内の進化の過程で、特定のクローンが優勢になるのではなく、多くのクローンが維持され、進化することで、この結果様々なバリアントに対するB細胞を用意することができる。
  4. 胚中心型B細胞の遺伝子から、抗体を再構成すると、親和性が200倍に上昇していた。また取り出したB細胞では突然変異も蓄積され、さらに様々なクローンが維持されていることが確認される。
  5. 面白いのは、ブースターを遅らせたほど、進化が進むことで、抗体を誘導して感染を防ぎたいときはブースターが必要だが、質のいい、多くのクローンを擁するレパートリー形成には、ブースターは必要がない。
  6. 記憶型の細胞も形成され、体内のリンパ節に移動して、次の免疫や感染に備えることが出来る。
  7. T細胞については、正確に定量出来ていないが、ブーストの後で強く増殖することは確認している。

以上、ワクチンを開発するためにここまでやることの重要性がよくわかる論文だ。政府もワクチン研究に投資するとしているが、モダリティーなど表面的なことではなく、ここまでの基礎研究を支援する覚悟がないと、ほとんど金の無駄遣いになるように思う。

カテゴリ:論文ウォッチ

9月27日 ニキビダニの居候戦略(10月11日号 Immunity 掲載論文)

2022年9月27日
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自分自身の育ってきた時代と比べ、清潔が当たり前になった現在の日本にどのぐらい分布しているのかは把握していないが、体長が0.2mmという小さなニキビダニが毛根に常在する人は珍しくなく、通常は何もしないのだが、免疫が低下したりすると、ひどいニキビになることが知られている。

今日紹介するカリフォルニア大学サンフランシスコ校からの論文はニキビダニの感染と自然免疫系の相互作用を調べた研究で、10月11日 Immunity に掲載される。タイトルは「Innate type 2 immunity controls hair follicle commensalism by Demodex mites(ニキビダニの毛根内での常在性を2型自然免疫が調節している)」だ。

ニキビダニの感染による炎症誘導と、自然免疫系の皮膚自体への効果が、あまり整理せずにそのまま示されるので、解りにくい論文だが、イエダニのように毛根に過適応してしまった生物とホストの関係の複雑性がよくわかる。

ヒトだけでなく、ニキビダニはマウスにも存在し、SPF 飼育環境ではほとんど存在しないが、たまにおそらくヒトから感染することがあり、特に免疫系をノックアウトしたマウスを飼育している場合、毛根で増殖し、炎症を起こすことが知られていた。

この研究では、IL4 受容体、IL13/IL4 など2型免疫に関わるサイトカインシグナルが欠損したマウス毛根でニキビダニが増殖し、それとともにT細胞の浸潤、及び自然免疫に関わる ILC2 が増加することを発見する。すなわち、2型免疫サイトカインが存在することで、ニキビダニの増殖が抑えられ、バランスの取れた常在性が実現している。

次にニキビダニの増殖と、浸潤細胞との関係を調べる目的で、リンパ球分化が起こらない Rag2 ノックアウトマウス及び、ICL2も欠損する Rag2 及び IL2γR がノックアウトされたマウスを比べると、Rag2 ノックアウトだけでは感染増強は強くないが、両方ノックアウトされると強い感染が起こることがわかった。すなわち、リンパ球の浸潤より、ILC2 の浸潤が感染を抑えていることが明らかになった。

以上のことから、ILC2 が産生するサイトカイン、特に IL13が 低下すると、ニキビダニの増殖を抑制できないことがわかる。そこで、2型サイトカインがニキビダニの増殖を抑える仕組みを探ったところ、キラーのように直接ニキビダニを殺すのではなく、2型サイトカインが毛根幹細胞の増殖を抑えることで、皮膚のバリア機能、及び修復機能が低下し、その結果毛根上部のニキビダニが毛根全体に拡がって生息し、炎症を起こすと結論している。

実際、ニキビダニとは無関係に、2型サイトカインは皮膚のバリア機能や毛根の再生を維持する過程に関わることも示している。

以上、ニキビダニと人間の関係は、片利共生と呼ばれるタイプで、ニキビダニにとって毛根以外での生存はあり得ないが、それ自身は人間に何の役にも立たない共生関係になる。はっきり言えば、ニキビダニは姿を現さない居候に徹することで人間と共生関係を続けられてきたのだが、そのためにあえて自分自身が増えすぎないよう、ホストの免疫系にお願いして、毛根にあるドアを閉めてもらって、自分を狭い空間に閉じこめている。この複雑なメカニズムを知ると、グロテスクなやつだが、なんとけなげなダニなんだろうと、愛着がわいてくる。

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