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10月24日 ペストによる自然選択を解析する(10月19日 Nature オンライン掲載論文)

2022年10月24日
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ペストは、グラム陰性菌 Yersinia Pestis により発症する感染症で、我々の文明に最も深く関わってきた。実際、西暦500年、最初のペストが発生したプラハ(Plague)がペストの名前(plague)として使われている。古代ゲノム研究のおかげで、ペストは約5000年前から感染症として成立し、その後様々な変異を繰り返して1346年に始まるヨーロッパの大流行を引き起こす菌が生まれている(https://aasj.jp/news/watch/4277)(https://aasj.jp/news/watch/19901)。

ヨーロッパの大流行では流行した4年以内に人口の30−50%が死亡するという壮絶な結果をもたらし、人間の文明、文化に大きな影響を与えた。とはいえ、半分以上の人間は生き残り、その後は限定的な流行でとどまっている。ペストで死亡した共同墓地のゲノム解析から、現代のペスト菌とほとんど変化がないものの、大流行後 DFR4 と呼ばれる遺伝子が欠損し、毒性が弱まったと考えられる。

これに対し、人間側の変化もその後のパンデミック予防に重要な働きをしている。その第一が、衛生学、疫学の進歩だろう。とはいえ、短期間に半分近くの人間が死ぬようなパンデミックの場合、生死を分ける要因として、ゲノムの違いも当然考えられる。

今日紹介するカナダ・マクマスター大学と、米国シカゴ大学を中心とする国際研究チームの論文は、ロンドン及びデンマークで、大流行前、流行中、そして流行後の人骨を採取し、感染免疫に関わる多型の変化を調べ、ペストによる自然選択の影響をゲノムから読み解けるか調べた研究で、10月19日 Nature にオンライン掲載された。タイトルは「Evolution of immune genes is associated with the Black Death(黒死病に関連する免疫遺伝子の進化)」だ。

研究では1348、1349年の2年間に死亡したことが確実な516体のゲノムから、まず DNA量が十分な360体を選び、ゲノムの中の免疫に関わる領域にのみ遺伝子キャプチャーし、こうして得られた3万近い多型の中から、パンデミック前後に大きな頻度の変化が見られた領域を特定している。

実際には245種類のコモンバリアントがパンデミック前後で大きく変化していることがわかったが、統計的検討から最も変化が大きな4領域に絞っている。それぞれの変化を見ると、ERAP遺伝子領域の多型は、なんと0.4から0.7へと上昇しており、他の領域でも頻度で1割の上昇、あるいは下降が見られる。この結果は、免疫に関わる遺伝子の様々な多型が、ペスト抵抗性に寄与したこと、そしてこれほど強い自然選択圧にさらされると、ゲノムレベルで選択が起こったことを確認できることを示している。

ただこれらの結果だけでは現象論に終わるので、このグループは実際にこれらの領域がペスト免疫に関わるのかどうかを、対応する遺伝子多型を持つ人を集めて実験的に検証している。

まず細菌感染の主体になるマクロファージにペスト菌を感染させたときに強く変化する遺伝子の中に、今回リストされた4領域7遺伝子は全て含まれる。次に、その領域にある一塩基多型と発現との関わりを調べると、例えばケモカインCTLA4 ではリスクの高い人では最初から発現が低い。

最後に、多型によりスプライシングが変化する ERAP2 と連関する一塩基多型 rs249794 に絞って詳しい解析を行っている。このペプチダーゼは、発現が高まるとペプチド合成が高まり、キラーT細胞活性を高めることが知られており、スプライシングの違いで獲得免疫が上昇することから、自然選択されるのも納得できるが、これだけでなく、サイトカインの発現に多型が関わることも明らかにしている。

例えばマクロファージ内のペスト菌が殺される効率は多型間で大きく変化し、それに対応して、様々なサイトカインの発現も変化することがわかった。すなわち、ゲノム情報が得られれば、実際に起こった自然選択のメカニズムを、実験で確かめることも可能であることが示されている。

ペーボさん達が開拓した古代ゲノムの研究は、次のパンデミックに備えるためにも役立っていると実感する。

カテゴリ:論文ウォッチ

10月23日 夜食べると太る複雑な理由(10月21日号 Science 掲載論文)

2022年10月23日
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夜食べると太るというのは誰でも知っている事実だが、そのメカニズムはと聞かれると曖昧になる。実際には、食べた後動かないからと考えてきたが、例えば運動せずに一日中ゴロゴロしている場合は、夜も昼もいつ食べても差がないのかなど、結局知識は不足している。

今日紹介するシカゴ・North Western大学からの論文はこの当たり前と思っていた現象の理由を詳しく解析した研究で、10月21日号 Science に掲載された、タイトルは「Time-restricted feeding mitigates obesity through adipocyte thermogenesis(食事時間を制限することで脂肪細胞の熱生産を通して肥満が軽減される)」だ。

マウスは、昼休んで夜活動する。ただ、自由に食べられる環境では、我々が夜も食べてしまうのと同じで、マウスの場合、休んでいる昼も食べる。高脂肪食の場合1週間で食べ過ぎの効果がでる。

そこで、昼だけ、あるいは夜だけ高脂肪食を与えると、活動性は変化なく、昼食べたグループの体重が上昇する。この原因を代謝レベルで調べると、昼休んでいるときだけ食べさせたグループは、カーボンの代謝が低下している。

これらの結果から、既に多くの研究で示されてきた、代謝レベル自体が食事とは関係なく概日リズムに支配されているという法則に、食事時間が逆らった結果ではないかと着想し、脂肪組織で概日リズムが壊れるマウスを作成すると、昼食べても肥満は起こらない。

次に、概日リズムにより変化する遺伝子発現を調べるため、脂肪細胞だけを分離し、Atak-seq を用いてクロマチンの領域を調べると、概日リズムを支配する遺伝子及びその下流の遺伝子が、リズムに合わせて開いたり、閉じたりしているのを観察できる。その中の一つが、褐色脂肪組織で熱生成に関わる UCP1 遺伝子で、活動時の夜だけ染色体が開く。

UCP1 は、ミトコンドリアのプロトン勾配をショートさせるだけでなく、様々なメカニズムで脂肪での熱生産を上昇させるが、リズムに逆らった食事による肥満に最も重要なのが、アルギニンやグリシンからクレアチニンを通して熱産生を誘導する回路であることを、この経路の酵素をノックアウトする実験により確定している。

以上まとめると、概日リズムは UCP1 を介する熱生産の回路を通して、代謝をバランスさせているが、このリズムに逆らう食事の摂取は、特にクレアチンの合成を低下させ、そしてクレアチニンにより駆動されるミトコンドリアの活動低下により、熱産生が低下がおこり、その結果肥満に陥るというシナリオになる。

当たり前と思っていることでも、メカニズムを理解することがいかに重要かがわかる研究で、勉強した。まだまだ知らないことは多い。

カテゴリ:論文ウォッチ

10月22日 喫煙者のニコチンによる肝臓病はバクテリアにより守られている(10月19日 Nature オンライン掲載論文)

2022年10月22日
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10月号の Nature Medicine に、様々な生活習慣と病気について、医学会のコンセンサスを形成しようと行われたメタアナリシスの結果が何報も発表されていた。野菜は心臓病や糖尿病を防ぐこと、勿論タバコは多くの病気のリスク要因になること、赤身の肉は大腸ガンと関連はあるが、タバコと肺がんや喉頭ガンほどの関連はないことなどがうまくまとめられているので、保存版としての価値がある。

特に喫煙と病気の関係は論文も多く、詳しく調べられており、病気のリスクが5つ星でグレーディングされている。5つ星は、喉頭ガン、肺がん、動脈瘤、咽頭ガンだ。勿論ガンであれば全てと相関するわけではなく、肝臓ガンは喫煙量と病気のリスクは相関がなく1つ星でとどまっている。

ところが今日紹介する北京大学を中心とする研究グループは、喫煙、特にニコチンは非アルコール性肝臓病(NFAFLD)の原因になる(従って肝がんのリスク要因になるはず)のだが、腸内細菌叢の中のB. xylanisolvensがニコチンを分解してくれてNAFLDから守ってくれているという研究だ。タイトルは「Gut bacteria alleviate smoking-related NASH by degrading gut nicotine(腸内細菌叢が喫煙によるNASHからニコチンを分解することで守っている)」だ。

この研究は、ニコチンのNAFLDとNASH発症への関わりと、ニコチン分解細菌 B. xylanisolvens の特定の2つのパートに分かれている。論文は細菌叢の報からスタートしているが、紹介はニコチンの作用から始める。

喫煙者の回腸の粘膜や便を調べると、ニコチンが著明に上昇していることがわかる。また、マウスにニコチンを飲ませると、高脂肪食による脂肪肝が促進される。そこで、ニコチンの腸上皮に対する作用を調べると、ストレスに反応して代謝を脂肪酸合成、ケトン体合成の方に引っ張るキナーゼ AMPK がリン酸化され、活性化されることがわかった。事実、上皮の AMPK をノックアウトすると、NAFLD の悪化は起こらない。

そこで、回腸上皮のオルガノイドを形成し、ニコチンからのシグナル経路を探索すると、AMPK 活性化により、スフィンゴミエリン分解酵素の安定性が高まり、上皮のセラミド合成量が高まり、これが NAFLD を悪化させることを明らかにしている。

ただ、喫煙の肝臓病との相関は高くない。この研究の参加者の回腸ニコチンレベルをベースに、ニコチンの高い人、低い人を分類しても、喫煙量と相関しない。このことは、腸内でニコチンが分解されやすい人と、されにくい人が存在することを示している。そこで、細菌叢の中でニコチン分解出来る細菌を探索し、ついに B. xylanisolvens と、それが持つ分解酵素を特定している。

最後に、B. xylanisolvens の量と NAFLD や NASH の相関を調べると、B. xylanisolvens の割合が高いほど、病気が抑えられることが明らかになった。

以上、喫煙、特にニコチンは非アルコール性肝疾患のリスク因子だが、幸いニコチン分解能を持つ細菌がこの害を除去しているという話になる。面白い結果だが、喫煙者のためのヨーグルトなどと行った本末転倒が起こらないことを願う。

カテゴリ:論文ウォッチ

10月21日 試験管内の神経細胞ネットワークに TV ゲームをさせる(10月12日 Neuron オンライン掲載論文)

2022年10月21日
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森美術館、前館長で、国際的現代美術キュレーターの南條さんが2019年企画した、未来的科学と深く関わり合って生まれた芸術を集めた展覧会「未来と芸術展:AI 、ロボット、都市、生命――人は明日どう生きるか」については、このブログで一度紹介したことがある(https://aasj.jp/news/watch/12003)。下図には、この展覧会についての森美術館のホームページの一部とともに、私がこの展覧会で最も驚いた作品をスマフォで撮影した写真が添えてある。

  このコードがむき出しになったスピーカーのような箱では、iPS から作成した脳細胞が培養されており、それに様々な音楽をインプットするとともに、そこでの神経興奮を拾って音楽を変化させることで、培養細胞と一緒に音楽を奏でるという CellF という作品だ。

iPS も分化ではなく、文化にしてしまう芸術の力を感じたのだが、これが芸術の世界の話ではなく、科学として成立できる可能性を示す論文がオーストラリアの人工知能ベンチャーから10月12日 Neuron にオンライン掲載された。タイトルは「In vitro neurons learn and exhibit sentience when embodied in a simulated game-world(試験管内のニューロンはゲーム世界のシミュレーションと結合されると感性を示す)だ。

最初に断っておくが、実験の概要は完全に理解できるのだが、実際に PC 上のゲームを刺激としてインプットする際の処理方法などの詳細は、理解しているわけではない。

研究ではマウス胎児由来脳細胞、あるいは人間の iPS から誘導した神経細胞を、刺激しながら記録も出来るという素子の上で培養している。培養が進んで、自発興奮が始まった段階で、ビデオのポンゲーム(向かってくる球をパドルを操作して打ち返すゲーム)と結合している。

このゲームでは玉とパドルの位置がインプットになり、パドルの操作が運動になる。この研究では、センサー領域と、運動領域を少し話して設定し、センサー領域にはパドルと玉の情報が 4Hz の間隔で入るようにしてある。一方、運動領域は刺激がセンサー領域に働いて、パドルや玉の状態が変化させられるよう担っている。

といっても、ネットワークをデザインするわけではなく、この二つの領域に細胞を連続的に撒いて、自然な結合が生まれるようにしている。

その上で、ゲームとつないで神経に学習をさせるのだが、神経ネットワークから切り離したままでは、すぐにゲームは終わる。また、神経培養とつないだからと行ってすぐに変化が起こるわけではない。しかし、打ち返すのに失敗してゲームが終わったことを、ランダムな刺激をネットワーク全体に与えてストレスをかけるようにしておくと、不思議なことに運動領域がタイムリーに動き始めて、玉をうまく打ち返すようになり、ラリーが続くという実験だ。

結果は、失敗したときにセンサー部位にランダムな刺激が入るようフィードバックをかけたときだけ、徐々にラリーが続くようになることで、単純なネットワークでも、うまく学習効果をフィードバックできると自然に学習が可能になるという結果だ。また学習時の培養神経での興奮記録から、運動領域とセンサー領域の結合がより強くなり、センサー領域で多くの情報のやりとりが起こるようになっていることが示されている。

面白いのは、最初はヒト細胞の方がうまく働かないのだが、学習後はヒト細胞の方がマウス細胞より優れた学習能力を示す。

以上が主な結果で、繰り返すが細胞刺激の詳細についてはすっ飛ばしているので、興味のある人は自分で詳しい方法論を調べて欲しい。

馬鹿げている、とかたづける脳科学者も多いと思うが、こんな実験をやってみようという研究者がおり、さらにこんな研究を自由にやれるベンチャー企業が支えられていることが素晴らしいと思う。オーストラリアは人口が増え続けているそうだが、科学分野も期待できそうだ。

もう一つ、2019年に未来と芸術展を企画し、CellF をキュレートした南條さんの未来を見渡す慧眼に脱帽。

カテゴリ:論文ウォッチ

10月20日 ここまで進んだネアンデルタール人研究(10月20日 Nature オンライン掲載論文)

2022年10月20日
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今年のノーベル医学生理学賞はライプチヒのマックスプランク研究所のペーボさんに授与された。彼自身の著書のこともあり、受賞の業績をネアンデルタール人やデニソーワ人のゲノム解読と解説されることが多いが、実際には人類の社会進化を考える考古学や歴史学に、ゲノムという新しい情報を注入したことだろう。この成果は、これまでの考古学が新しいゲノム考古学と完全に統合されていく中で、本当の価値が見えてくる。

今日紹介するライプチヒ・マックスプランク人類進化学研究所からの論文は、ペーボさんによって撒かれた種が成長し、新しい統合された考古学へと力強く発展していることを覗い知れる研究で、10月20日 Nature にオンライン掲載された。タイトルは「Genetic insights into the social organization of Neanderthals(ネアンデルタール人の社会構造についての遺伝的洞察)」で、勿論ペーボさんも著者の一人になっている。

この研究の目的は、ネアンデルタール人の社会構造を解明したいという、まさに考古学の究極の問題だ。ただ現代社会とは異なり、家族単位の社会なので、発掘された骨の持ち主達の家族関係を精密に調べる必要があるが、これまでの考古学では最も苦手な課題だった。この課題をゲノム考古学は解決した。

最もいい例が、2019年10月に紹介したマックスプランク歴史学研究所からの論文で、青銅器時代のヨーロッパの村落に埋葬されていた家族のゲノムから、女性は早い段階で、その村を去ることが明らかになり、当時ヨーロッパの家族では、女性が移動する形態をとっていたことが明らかになった(https://aasj.jp/news/watch/11516)。

この研究では、これより何万年も古い5−6万年前のネアンデルタール人の社会構造を調べている。社会構造を考えるためには、特定の場所に集まる家族を中心とした単位と、そこからは離れているが交流の存在が考えられる単位を同時にサンプリングし、家族関係と交流を調べることになる。

研究では、この目的に特化した様々な手法と、一般的なゲノム解析を組みあわせ、できるだけ精密な人的交流の歴史を特定しようとしている。家族関係なので、Y染色体、及び母親からのミトコンドリア DNA を中心に解析を行っている。驚いたのは、ミトコンドリアの場合ヘテロプラスミーという細胞内の多様性を利用して、世代間の距離を測る方法まで使っている点で、統一された考古学への発展を感じさせる。

この研究ではシベリア・アルタイ地方の有名なデニソーワ洞窟に近い、Chagyrskaya 洞窟、及びそこから100kmほど離れた Okladhnikov 洞窟のゲノムを含む、全部で87体のゲノムの関係を比較、またChagyrskaya では家族関係を、長いゲノム領域の共有を指標として、1親等、2親等関係にある個体を特定している。この結果、

  1. Chagyskaya のネアンデルタール人は、ヨーロッパから移動してきた一群で、Oklandhnikov 洞窟人は、アルタイ土着に近い。この地域でのデニソーワ人との交雑はそれより3万年前で、それ以降は交雑はない。
  2. Chagyrskaya と Oklandhnikov はそれぞれ独立しているが、両洞窟で同じミトコンドリアゲノムを持つ個体が存在することから、100kmの距離があっても両群は交流があった。
  3. 常染色体の部分共有から、Chagyrskaya 洞窟の住人は4−20人の小さな集団で生活していた。
  4. ミトコンドリアゲノムとY染色体ゲノムから別々に計算される世代計算の食い違いを利用して家族構成を推察する方法から、洞窟の住人は基本的に男系が残り、女性は外部から移動してくると言う形態をとっていた可能性が高い。すなわち、以前紹介した青銅器時代のホモサピエンスと同じと結論できる。

以上が結果で、金と人手をかけて、これまで想像力に頼っていた社会構造を、ゲノム解析が受け持つようになっていることを示す研究だ。ネアンデルタール人ゲノムが報告されてからそれほど時間はたっていないが、ここまで到達したかと感慨深く読んだ。

カテゴリ:論文ウォッチ

10月19日 腸内細菌叢由来アルコールが脂肪肝の原因? ( Nature Medicine 10月号 p2100-2106 )

2022年10月19日
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ウイルスによる肝炎を除くと、肝臓病はアルコール性と非アルコール性肝臓病に分けられる。アルコール性の肝臓病は、代謝しきれなかったアセトアルデヒドにより幹細胞が傷害される。一方、非アルコール性肝臓病の場合、脂肪酸やコレステロールによるリポアポトーシス誘導と、炎症がその背景にあると考えられてきた。

今日紹介するアムステルダム大学を中心とする研究グループからの論文は、非アルコール性肝臓病も、実はアルコール性肝臓病かもしれないことを、これまで行われてこなかった門脈のアルコール濃度を測ることで示した研究で、10月号 Nature Medicine に掲載された。タイトルは「Microbiome-derived ethanol in nonalcoholic fatty liver disease(非アルコール性脂肪肝障害の細菌叢由来エタノール)」だ。

研究は実に単純だ。脂肪除去手術を行った37例の肥満患者さんで、手術時に門脈採血を行いアルコール濃度を測っている。すると、非アルコール性脂肪肝 (NFALD) や非アルコール性肝炎 (NASH) のない方では、門脈アルコール濃度は2.1mMでとどまっているのに、NFALD では21mM、NASH では実に241mMに上昇していることがわかった。

一方、末梢血で調べると、空腹時ではその差は2倍以下で、濃度も低い。食事の後では、確かに NFALD、NASHで上昇率が高い。

以上のことから、肝臓は予想外に高いアルコール濃度に晒されており、そのアルコールを完全に処理しているため、末梢血のアルコールは1/200近くに低下している。おそらく食後では、門脈アルコール度は極めて高いと考えられる。

これが腸内細菌叢由来のアルコールであることを調べる目的で、決まった食事をとった後、肝臓のアルコールデハイドロゲナーゼを抑制する実験を行っている。すると期待通り NASH の患者さんでは末梢血のアルコール濃度が2mMまで上昇する。一方、肝臓病がない場合はこの上昇は穏やかで、アルコール自体の供給がない。

最後に、NASH の患者さんで同じ実験を腸内細菌を抗生物質で除去した後行うと、全く上昇が見られなくなる。すなわち、このアルコールは全て細菌叢に由来する。

最後に、アルコール濃度と最も相関する細菌を探索すると、乳酸菌の量とアルコール量とが強く相関することを明らかにしている。

以上が結果で、アルコールを造る細菌叢が先か、肝臓病が先かという問題には明確に答えられないが、今後、動物実験などで確かめることになるだろう。しかし、非アルコール性と考えていても、そうは問屋が卸せないほど細菌叢は複雑だ。

しかも乳酸菌が原因と知って、ヨーグルトと NFALD について調べてみたが、ヨーグルトは病気を抑える方向に働くようで、少し安心した。

カテゴリ:論文ウォッチ

10月18日 非共有結合型 K-ras 阻害剤の開発 (10月号 Nature Medicine 掲載論文)

2022年10月18日
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K-ras の変異は半分以上のガンのドライバーとして働いているのに、有効な阻害剤の開発は何十年にもわたって阻まれてきた。このあたりの事情については、2015年このブログでも紹介している(https://aasj.jp/news/watch/3288)。しかし、科学は進む。K-ras変異のうち G12C変異を阻害する薬剤ソトラシブがアムジェンにより開発され、我が国でも認可された。この薬剤は、変異により生じたシステインと共有結合することで、K-rasを不活性化させる薬剤で、他の変異には全く効果がない。しかし、このような阻害剤が開発されることで、臨床応用だけでなく、rasの生化学的理解が新たに進歩した。その結果、GDP−GTPサイクリング分子構造の変化についての理解が進み、新しいras阻害剤の開発が進み始めてきた。

今日紹介する Mirati Therapeutics 社、及びファイザーの子会社 Array BioPharma からの論文は、Mirati 社により開発された新しい非共有結合型 K-rasG12D の阻害剤の生物学的効果を示した研究で、10月号の Nature Medicine に掲載された。タイトルは「Anti-tumor efficacy of a potent and selective non-covalent KRAS G12D inhibitor( K-rasG12D変異に選択的に効果がある非共有結合型阻害剤の抗腫瘍効果)」だ。

Mirati Therapeuticsは、G12C変異に対する共有結合型治療薬も開発しており、膵臓ガンを主な標的にして第三相の治験が進行しているか、終わっている段階にある。そして同じ会社が、それまでの研究蓄積を生かし、G12C変異より頻度が高い G12D変異に標的を絞り、昨年なんと分子構造から薬剤をデザインするという手法でナノMレベルのアフィニティーを持つ阻害剤 MRTX1133 を開発し、Journal of Medicinal Chemistryに発表している。

素人ながらにこの論文を見ると、構造を元に化合物ブロックを合わせる方法がここまで可能かと感心する。

こうして開発された MRTX1133 をそれ以上至適化することなくそのままの効果を確かめたのがこの研究だ。

まず構造のおさらいで、この分子が GDP-結合型の K-ras のスイッチⅡと呼ばれる部位に結合し、分子の大きな構造変化を誘導することで、下流の様々な分子と結合できなくなり、シグナルが伝わらなくなることを、生化学的に示している。

この下流シグナル分子の活性化抑制に合わせて、膵臓ガンや大腸ガンモデルで、30mg/kgであれば腫瘍の増殖を完全に抑制できることを示している。

ただ、G12C阻害剤の経験からわかるように、ras阻害剤単独でのガン征圧は難しい。また、ヒトのガンパネルで調べると、同じ突然変異を持っていても半数ぐらいでしか MRTX1133 での増殖抑制が達成できない。

そこで CRISPR/Cas による網羅的変異誘導などを介して、K-rasG12D の下流、及び協調している分子などを網羅的に探索し、例えばこれまで協同して働いていることが知られていなかった KEAP1 の発見など、将来薬剤抵抗性が生まれるときの分子メカニズムを前もってリストするとともに、K-rasG12D と協調する分子に対する薬剤との併用治療の可能性を追求し、EGF受容体阻害剤、及び PIK3CA阻害剤との併用が、高い併用効果を生むことを示している。

以上が結果で、既にベンチャーを超えた高い能力を示した会社に成長していることがわかる。ようやく ras が標的になりつつあることを実感できる研究だと思う。膵臓ガンへの効果を期待したい。

カテゴリ:論文ウォッチ

10月17日 侵害受容体と腸内細菌叢:唐辛子は腸を守る?(10月14日 Cell オンライン掲載論文)

2022年10月17日
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腸内には唐辛子成分カプサイシンを感知する TRPV1 を発現する神経端末が存在するが、その機能については明らかでないことが多い。当然、腸内の TRPV1 機能を阻害したときに何が起こるか調べようとするのは当然だ。実際、10月14日 Cell に同じ目的の論文が1編はハーバードから、もう1編はコーネル大学から発表された。

両方読んでみたが、同じ方向の研究なのにこれほど結果が違うのかと驚いた。研究としては、ハーバードからの最初の論文の方が質が高いことは間違いないが、実験とその解釈がいかに難しいかを知る意味でも、是非読み比べて欲しいと思う。

まずハーバードの論文からまとめる。

  1. TRPV1 発現細胞は神経性痛みに関わるナトリウムチャンネル Nav1.8 を発現しているが、Nav1.8 を指標にして腸管での神経支配を調べると、粘液を分泌するゴブレット細胞近くに端末があり、この神経刺激により粘液の分泌が高まる。
  2. Nav1.8 神経細胞はニューロペプチド CGRP を発現しており、一方ゴブレット細胞はその受容体Ramp1 を発現し、この刺激により粘液を分泌し、腸粘膜を保護する。TRPV1 を刺激する唐辛子成分を食べさせると、粘液が分泌されることから、TRPV1 刺激により CGRP 分泌が誘導される。(唐辛子は腸の保護には良さそうだ。!!!)。
  3. TRPV1 が欠損すると、粘液保護が低下し、その結果 Turicibacter, Allobaculum などの菌種が拡大する。また、粘膜の方も、ストレスが高まることが転写解析からわかる。
  4. この神経が欠損すると、硫酸デキストランで誘導される腸炎が悪化するが、これを CGRP 投与で治療できる。

以上、TRPV1 による粘液分泌の調節が、腸の細菌叢維持と健康に重要であるという結果だ。また唐辛子の効果も期待できる結果だ。

一方コーネル大学の論文は、TRPV1 をノックアウトしたり、あるいは刺激、刺激抑制を行い、最初から TRPV1 の硫酸デキストラン誘導腸炎への関与を調べている。まとめると以下のようになる。

  1. TRPV1 刺激を止めたり、TRPV1 細胞を腸管から除去すると、硫酸デキストランにより誘導される腸炎が悪化する。この原因を探っていくと、腸内細菌叢が変化が特定され、実際 TRPV1 が存在しない腸の細菌叢を移植することで、腸炎が悪化する。
  2. この腸内で変化するとして注目されている細菌種はハーバードの論文とは全く異なる。ただ、抗生物質感受性や無菌マウスへの移植実験を介して、腸炎悪化に関わるバクテリアは Clostridium であると特定している。
  3. TRPV1 刺激により神経ペプチド CGRP とともに Substance P が分泌されるが、SubstanceP のほうが腸内細菌叢の変化に関わる。事実、Substance P を投与すると、硫酸デキストラン誘導の腸炎を抑えることが出来る。また、人間の炎症性腸疾患でも Substance P の発現が変化している。

結果は以上で、同じような論文が並んで掲載されることは多いが、通常は大体同じような結果の場合が多い。しかし今回は同じ研究でもここまで結論が違うかと思うと、実験を安定させることがいかに難しいかわかる。ただ、整理整頓、論理性から見るとハーバードの方に軍配が上がる。

カテゴリ:論文ウォッチ

10月16日 ダウン症のウイルス感受性からわかるインターフェロンシグナルの複雑性(10月14日 Immunity オンライン掲載論文)

2022年10月16日
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ダウン症の人はコロナの死亡リスクが10倍上昇していることが知られている。これは、これまで指摘されている獲得免疫系の低下を反映した結果だと考えられてきた。一方、自然免疫系についてみると、最も重要なインターフェロンシグナルを受ける受容体、IFNR1&2両方とも21番染色体に乗っており、原理的には遺伝子発現が1.5倍で、インターフェロンシグナルも強いと考えられる。従って、自然免疫ではウイルス感染抵抗性が強いはずだと考えられる。

今日紹介するマウントサイナイ医科大学からの論文は、ダウン症のインターフェロン反応性について調べ、初期の反応は正常人より高いものの、弱い刺激も強い刺激と解釈して、その後の反応性が強く抑えられることが、ウイルス感染感受性につながっていることを示した研究で、ダウン症のウイルス感染のための新しい診療プロトコル作成の必要性を示唆する研究だ。タイトルは「Excessive negative regulation of type I interferon disrupts viral control in individuals with Down syndrome(タイプ1インターフェロンの過剰な抑制調節機構がダウン症候群のウイルス抵抗性を傷害している)」だで、10月14日 Immunity にオンライン掲載された。

研究自体は淡々としたもので、古典的なシグナル研究と言っていいが、ダウン症の理解には重要な研究だ。まず、ダウン症ではインターフェロン受容体の発現が予想通り高いこと、またインターフェロンの刺激に対して正常より強い反応が起こることを、ダウン症のひとから分離した繊維芽細胞株を用いて確認している。

インターフェロンで刺激されると、強い炎症が引き起こされるので、通常それを抑える仕組みを細胞は備えている。次にそのインターフェロン反応を抑える分子を調べると、一度インターフェロン刺激を受けたダウン症の細胞では、抑制分子 USP18 が強く誘導され、その結果インターフェロンに反応できなくなっている。

また、遺伝子操作でインターフェロン受容体の量を変化させた細胞株を用いて同じ実験を行うと、最初受容体の発現が高い場合、最初の反応はより強く起こるが、その後無反応時期が長く続くことを明らかにしている。

そして、実際の患者さんの血液を使って、強いウイルス感染が起こったとき、最初は反応できても、その後の長い無反応期にウイルス感染が起こってしまうことを示している。また、試験管内の感染実験でも、ダウン症の細胞は最初は感染に対する強い反応を示すが、その後はほとんどウイルス感染に無防備であることを示している。

以上が結果で、ダウン症の子供でも、最初のインターフェロンの刺激が高くないと、不反応期に陥ることはないので、これを理解した上でコロナなどウイルス感染への治療方針を立てる必要がある。おそらく、抗ウイルス薬は必須で、間違ってもインターフェロンを投与しないことも重要になる。出来れば、インターフェロンの刺激を中程度で止める工夫が開発できればさらに優れたプロトコルが出来るように思う。その意味でこのような研究は重要だ。

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10月15日 ガン内に潜り込んだ真菌がガンの悪性化に関わる?(9月29日号 Cell 掲載論文)

2022年10月15日
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今、病院で働いている人たちには信じれないだろうが、私が病院で働いていた1970年代では、ガンの告知を行うことは希だった。ではどうしていたのかというと、代わりの病名をでっち上げて本人には告げてきた。肺ガンの場合は、もっぱら真菌症という名前を利用していたが、「告知しない=欺す」ことなので、今から考えると医師と患者の関係がいかにゆがんでいたかがわかる。勿論、患者さんが治ってしまえば問題は起こらない。実際、私の義理の父親も、ファーター乳頭ガンを手術して、何も知らずに10年以上生きた。ただ、病気が悪化してくると、欺し続けることは簡単ではない。臨床をやめた後何年も、病室に行ったとき患者さんから本当の病名はと聞かれる夢や、病室に入るのをためらう夢を何度も見た。

そんな私に、ガンと真菌という一種の懐かしさを感じさせてくれたタイトルを持つ論文が、デューク大学から9月29日号の Cell に発表されていたので紹介することにした。タイトルは「A pan-cancer mycobiome analysis reveals fungal involvement in gastrointestinal and lung tumors(ガン横断的真菌解析はカビが消化管や肺がんの発生に関わる可能性を明らかにした)」だ。

研究では最初から真菌がガンの進展に関わる可能性があると当たりをつけて研究を始めている。膨大なガンゲノムデータベースには、ガン組織に存在する全ての DNA 配列が記録されており、当然ガンや周りの細胞の DNA だけでなく、ガンの中に侵入したバクテリアや真菌の DNA も混入している。この研究では、データベースの DNA 配列の中から、真菌 DNA の配列を抽出する情報処理方法を開発し、いくつかのガン組織内に実際に存在する真菌を特定することに成功している。

実際には、この目的のための情報処理がこの研究のハイライトで、様々な理由でデータベースに紛れ込んだ配列を除くことがいかに困難か論文に書かれている。事実消化管のガンの場合、真菌 DNA として判断された配列のうち、なんと97.3%が紛れ込み DNA として排除され、残るのは3%弱になる。ちょっと古代人ゲノムを調べるのと似ているが、古代人ゲノムをキャプチャーするポジティブセレクションではなく、全てネガティブセレクションになる。

こうしてガン組織特異的な真菌の存在を探ると、頭頸部ガンから大腸ガンにかけての消化管に発生するガン、肺ガン、乳ガンに、それぞれ特異的な真菌の存在が特定できる。

問題は、真菌の存在とガンの進展との関係になるが、これについては、頭頸部ガン、胃ガン、大腸ガンの遺伝子発現や、真菌との相関を調べ、

  1. 消化管のガンの場合、出芽酵母の量がスタンダードになり、これとの比で見たときの Candida の量でガンを分類できる。
  2. 頭頸部ガン、胃ガンでは Candida の存在は、上皮の接着分子の低下、炎症分子の上昇、ガン抑制遺伝子の発現低下など、ガンの悪性化に関わる遺伝子が上昇する。
  3. その結果、頭頸部ガン、胃ガンでは Candida の存在は、予後不良の指標になる。
  4. 一方、大腸ガンでは Candida の量と、予後とはほとんど相関がない。また炎症性のサイトカインもCandida により上昇する傾向はない。

以上が主な結果で、ネガティブセレクションという大変な情報処理を行ったことは評価できるが、この相関が原因か結果かなどほとんどわかっておらず、ちょっと消化不良だ。しかし、ガンと真菌が相関していたことを知ると、医者時代に看取ったガン患者さんの顔が浮かんできた。何十年たっても、顔と名前は忘れない。

カテゴリ:論文ウォッチ
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