多くのガンで変異が見られるK-rasに対する阻害剤の開発は難航していたが、2015年にG12C変異に対する化合物が出現してから(https://aasj.jp/news/watch/3288)、新たに火がつき、変異したアミノ酸システインに直接共有結合する薬剤のみならず、昨年10月に紹介した非共有結合型の阻害剤も開発されるようになってきた(https://aasj.jp/news/watch/20766)。
今日紹介するスローンケッタリングガン研究所とベーリンガーインゲルハイムが共同で発表した論文は、共有結合が必要でなく、Krasの様々な変異に対しても一定の効果がある化合物の開発研究で、5月31日 Nature にオンライン掲載された。タイトルは「Pan-KRAS inhibitor disables oncogenic signalling and tumour growth(Pan-Kras阻害剤は発癌シグナルを無効にしてガンの増殖を抑制する)」だ。
おそらくこの研究のハイライトは、Krasと化合物間の共有結合の必要がない化合物を見つけるため、大規模スクリーニングではなく、すでにベーリンガーインゲルハイムで開発されていた共有結合型の化合物BI-0474からシステイン結合に必要な部分を除去してKrasとの反応を調べ、確かに結合親和性は大きく低下するとはいえ、一定程度Krasの機能を抑えることを発見した点だと思う。
すなわち、BI-0474の構造は共有結合とは無関係に、Krasの活性化部位と結合でき、その機能を抑える事がわかった。そこで、システイン結合部位を除いたBI-0474を化学的に調整して、より高い親和性でKrasと結合するBI-2865を開発した。
BI-2865は、G12Cだけでなく、他の変異にも同じ親和性で結合し機能を阻害できる。Krasと化合物を結晶化して構造解析を行うと、どの変異でもGDP結合分子に同じように結合している事がわかる。また、変異がないKrasにも結合するが、細胞の増殖には影響しないので、特異的抗ガン剤として利用できる。
しかしながら、HrasやNrasとはほとんど結合しない。ただこれはGDP結合面の構造が他の部位により変化したためで、Hras、 Nrasともに95番目のアミノ酸をKrasと同じに変化させるだけで、BI-2865と結合、活性が阻害される。
この結果はGDP結合面が他の部位の小さな変異だけで大きく変化する(アロステリックな変化)ことを意味している。すなわち、阻害剤に対する抵抗性が出やすいことを示唆している。この点を確認するため、GDP結合面に強い影響を持つ変異を、Kras変異で増殖している細胞をBI-2865と長期間培養する事で発生してきたBI-2865抵抗性細胞株で見られた変異を丹念にリストしている。Krasのいくつかの領域の変異はアミノ酸が一つ変わるだけで、BI-2865の効果を消失させ、また多くの変異がリストできる。したがって、これまでと同じように、BI-2865が臨床応用されたとしても、耐性の出やすい治療になることを覚悟する必要がある。
最後に、多くの細胞株を用いた阻害実験で、
- この阻害剤は、これまで開発された共有結合型阻害剤と同じで、GDPが結合したオフ型分子と結合し、GTP結合型へのスイッチを抑制する。
- RAFおよびその下流のMEK、ERKを介するシグナルを抑制する事。
- その結果、移植ガンの体内増殖を強く抑制する事ができる事。
を示している。
これだけではPan-Kras阻害剤が開発できたかどうか、まだ定かではないが、しかし一旦諦めていたras阻害剤開発研究が再活性化されたことは間違いなさそうだ。