Y染色体上の遺伝子の数は100に満たないし、Y染色体なくても女性は正常に生きることが出来るため、細胞の基本的な分化や増殖にY染色体は必要ないと言える。しかし、Y染色体が血液幹細胞から失われることは、 マクロファージを介した心臓の線維化を促進することが報告されているので、様々な状況でY染色体上の遺伝子が生理機能に影響を及ぼすことが考えられる。
昨日、Natureにオンライン掲載された2編の論文は、ともにガンの悪性化とY染色体上の遺伝子機能を調べた論文で、ガンの種類は異なっているが、片方はY染色体がガンの悪性化に関わり、もう片方はガンの悪性化を抑えているという結果を示している。
最初の論文はテキサス・MDアンダーソン研究所からの論文で、大腸直腸ガンでK-ras変異を持つ者だけ、男性で予後が悪い、すなわちY染色体が悪性化を後押ししている現象を調べた研究で、タイトルは「Histone demethylase KDM5D upregulation drives sex differences in colon cancer(ヒストン脱メチル化酵素KDM5Dの発現上昇は大腸ガンの性による悪性度の違いを決めている)」だ。
結論だけを紹介していくが、
- 人間の大腸直腸ガンのデータベースから、K-ras変異を伴う、あるいは伴わないガンについて、予後の男女差を調べると、K-ras変異を伴う場合だけ男性の方が悪性で、Y染色体上の遺伝子が悪性化を後押ししていると考えられる。
- 遺伝子機能を考えると、Y染色体上のヒストン脱メチル化酵素KDM5Dが唯一の責任遺伝子と考えられ、マウスモデルでこの遺伝子を過剰発現させると、転移性が高まることが確認される。
- 最終的に、K-ras自体がSTAT4シグナルを介してY染色体上のKDM5D遺伝子発現を高め、ヒストンの脱メチル化、そしてその結果として、上皮のタイトジャンクションを調節する遺伝子Amotなどの発現が低下、上皮構造から離れて転移しやすくなる。
- 同じように、ヒストン脱メチル化により、キラー活性に必須のClass I MHC遺伝子や、ペプチドをロードするTap1、Tap2遺伝子発現も低下、キラーの影響を受けなくなる。
以上、精子形成時の染色体構造変化に関わるKDM5Dが直腸ガンではヒストンの調節機能を狂わせ、K-rasと協調して悪性化を後押しするという結果だ。
これに対し、ロサンジェルスCedar-Sinai医療センターからの論文は、膀胱ガンでY染色体が失われると悪性度が上昇するという現象を追求し、
- 膀胱ガン細胞からY染色体の全体、あるいは様々な領域を欠損させ手調べると、KDM5D及びマイナーClass I 抗原と呼ばれる分子UTYが欠損した場合、ガン細胞自体の増殖が上昇する。
- Y染色体やKDM5D、UTY遺伝子領域が欠損した膀胱ガンは、PD―L1を含む様々なチェックポイント分子を発現し、キラー細胞を消耗させる。
- 従って、膀胱ガンの場合Y染色体の欠損は悪性化につながるが、チェックポイント治療の効果は高い。
ことを明らかにしている。
KDM5Dのように、エピジェネティック調節機構は、細胞のコンテクスト依存性が高いため、エピジェネティックな変化は決して共通でないことから、Y染色体はガンの悪性度に相反する効果を示すことになる。いずれにせよ、男で悪性度が高いガンについては、今後KDM5Dの役割を念頭に置いて調べることの重要性がよくわかる。