自分にはなくても、小さなほくろから一本の長い毛が生えているのを見たことのある人は多いと思う。人間の毛には様々なタイプがあるが、この事実はほくろではなぜか体毛が毛髪のようなサイクルにスイッチしたことを示している。
残念ながら一般的に認められた科学的理由は全くわかっていないようで、GPT4でも曖昧な答えしか返ってこない。これは科学者もこの問題をあまり気にしなかったためで、今日紹介するカリフォルニア大学アーバイン校からの論文は、現代の生物学ならこの問題に十分答えられることを示した研究で、6月21日号 Nature にオンライン掲載された。タイトルは「Signalling by senescent melanocytes hyperactivates hair growth(老化したメラノサイトは毛の成長を過剰活性化する)」だ。
まずほくろの組織を見ると、毛根上部の幹細胞が集まるバルジ領域にメラノサイトが集まっている像が見られる。すなわち、メラノサイトは直接毛根幹細胞を活性化出来る位置に存在している。また、ほくろのメラノサイトはN-ras変異を起こして増殖した後、休止期に入って老化した細胞であることが知られている。
そこで、マウスメラノサイトにN-ras変異を導入して毛根を調べると、通常telogenと呼ばれる休止期が減り、かなりの割合で毛根がanagenと呼ばれる発育期を示すことがわかる。マウスの場合、我々のような頭髪に当たる毛はないので、毛がどんどん伸びると言うことはないが、同じバルジ領域の色素細胞がN-rasで老化すると、毛根の幹細胞が休止期から増殖期へと誘導されることがわかる。
毛根幹細胞の増殖期への移行は、遺伝的操作でなくても、様々な方法で老化させたメラノサイトを皮膚に移植しても誘導できるし、また組織内に老化を誘導する薬剤を注射しても起こすことが出来る。以上のことから、老化メラノサイトが分泌する何かが、毛根幹細胞を増殖期に誘導することが結論できる。
この結果を受けて、N-rasで老化を誘導したメラノサイトと正常メラノサイトを比較し、遺伝子発現の違いから最も可能性が高いと当たりをつけたのがOsteopontin分子で、正常と比べ老化細胞では分泌量が3倍にも上る。同じことは人間のほくろの細胞でも見られることから、老化メラノサイトが分泌するオステオポンチン分子が、毛根を活性化することは一般的に認められると結論している。
そこでこの可能性を証明するため、メラノサイトでオステオポンチンをノックアウトし、老化したメラノサイトの毛根幹細胞への作用を調べると、増殖誘導能がほぼ失われることがわかった。さらにオステオポンチンを浸ませたビーズを皮膚に移植すると、局所の毛根を活性化することも示している。
最後に、これまでオステオポンチンの受容体として知られたCD44が毛根幹細胞に発現して、この作用を伝えることを確認している。
以上が結果で、ほくろの長い毛という誰も知っている謎を、科学の目で見直した面白い研究だと思う。