我々を襲う細菌も、生物として様々な外敵に晒されており、これに対応するための様々なメカニズムを進化させている。ウイルスやプラスミドに対するCRISPRシステムは最適の例だが、物理的あるいは化学的に自らを守り、また相手を攻めるバイオフィルム形成も重要なメカニズムになる。
その例が強い腸炎をおこすコレラ菌で、小腸上皮にとりついて組織に侵入するために形成されるバイオフィルムについては詳しい研究が行われてきた。今日紹介するスイス・バーゼル大学からの論文は、組織に侵入した後のコレラ菌がマクロファージやT細胞表面でバイオフィルムを形成し、免疫細胞を殺すプロセスを詳しく解析した研究で、6月8日号 Cell に掲載された。タイトルは「Biofilm formation on human immune cells is a multicellular predation strategy of Vibrio cholerae(人間の免疫細胞上でのバイオフィルム形成はコレラ菌の捕食戦略)」だ。
コレラ菌のバイオロジーの論文を読むことはほとんどないが、バイオフィルム形成については詳しく研究されてきていることがわかる。そして、ガラス表面で形成されるバイオフィルムと、腸上皮で形成されるバイオフィルムでは全くメカニズムが異なっていることも、この論文を読んで学ぶことが出来た。
この研究ではコレラ菌が組織に侵入した後まず起こる免疫細胞との相互作用にバイオフィルム形成が関わるか、試験管内でコレラ菌と様々な免疫細胞を混合して免疫細胞上でバイオフィルム形成が起こるかを調べている。
結果は、好中球からリンパ球、そしてマクロファージまで細胞周囲にバイオフィルムが形成され、細胞が死に始めると、バイオフィルムが解消してコレラ菌が細胞から離れることを確認している。特にマクロファージでは分厚いフィルムが形成されるので、その後はマクロファージを用いて研究を進めている。
コレラ菌ともなると、実に様々なノックアウト系統が出来ており、これを組みあわせるとバイオフィルム形成に必要な分子のリストができる。その結果、腸上皮でのバイオフィルム形成に必要なシステムとは全く異なるメカニズムが明らかになった。
コレラ菌には長い鞭毛と、2種類の線毛(TC線毛、MSHA線毛)が存在するが、マクロファージ上でバイオフィルムが形成されるためには、まず鞭毛で動き回ってマクロファージに接触し、その後は上皮との接着に必要なTC線毛への依存性は低下し、よりMSHA線毛に強く依存してマクロファージに接着し、その結果MSHA線毛が全体に分布し、TC線毛由来分子がマクロファージ細胞膜に近い層に濃縮したバイオフィルムを形成される。
詳細は省いているが、ここまでの解析が圧巻で、バイオフィルム形成の多様性を獲得することで、コレラ菌が新しい生活サイクルを開拓していったことがよくわかる。
後は、バイオフィルムがマクロファージにへもリジンと呼ばれるトキシンで穴を開けて殺す時、マクロファージ膜へと濃縮するのにマトリックスが関わること、細胞が死んだ後はGpC受容体シグナルを低下させて、マトリックスから離れること、そしてこれら一連の機能は上皮と相互作用して組織侵入した後でも十分発揮できることが示されている。
バイオフィルムは慢性感染を理解するときの鍵になる。その意味で、今回のようなバイオフィルムから見た細菌の生活サイクル解明が、慢性感染を引き起こす細菌でも明らかにすることが重要だと思う。