エーザイ/バイオジェンの開発した抗Aβ抗体レカネマブが米国で承認され、さらに同じメカニズムの Eli Lilyが開発した抗体薬ドナネマブも承認申請が行われて、急にこの領域が騒がしくなってきた。始め効果を認めることが難しかったこれらの抗体薬の効果が確かめられる様になったのは、アルツハイマー病(AD)の極めて初期、すなわちAβの蓄積からTau異常症への移行が進む前に、Aβフィブリルを除去する治療に切り替えられたからだ。従って、できるだけ早く、欲を言えば軽い認知(MCI)すら出ていない段階で、ADを見つける検査法の開発が重要になる。勿論、MCIが起こる前にAβペットを行うという手もあるが、特別人間ドックならともかく、一般的な検査にはならないだろう。
今日紹介する米国国立老化研究所からの論文は、症状が全くない時期にADの発症を予測できる血液検査の開発研究で、7月19日号 Science Translational Medicine に掲載された。タイトルは「Proteomics analysis of plasma from middle-aged adults identifies protein markers of dementia risk in later life(中年の血清蛋白質プロテオミックスによって特定された長期的将来での認知症リスクのマーカー)」だ。
これまでも血清蛋白質を網羅的に調べてAD早期診断マーカーを見つける試みは続けられてきた。ただ、この研究は中年の対象者の血清プロテオミックスを調べた後、25年以上に渡って1万人近い対象者を追跡することで、長期のリスク予測に関わる蛋白質に焦点を当てている点が重要だ。
調べた4877種類の蛋白質の中から、最終的に32種類の蛋白質が15年後(早期発症群)あるいは25年後(後期発症群)のADと相関が見られた。これらの蛋白質を、他の独立したコホートデータと比べることで、15種類に絞っている。
こうして特定された蛋白質のうち12種類は、脳脊髄液に存在し、脳でのAD発症過程に関わることが示唆される。また、これらの蛋白質の多くが、ADの脳で発現が変化していることも確認された。
こうして残った蛋白質は、いくつかの機能的モジュールに分類できる。一つは、ヒートショックタンパク質を含む、細胞内蛋白質恒常性に関わる分子で、Aβなどによる神経ストレスを反映している。
もう一つは、IL3やJak/stat分子の様な免疫炎症に関わる分子で、AD発症に炎症が関わっていることを強く示唆している。これにはSERPINA分子の様に自然免疫に関わる分子や、面白いところでは何度も紹介したGDF-15なども含まれる。特にGDF-15はADの後期発症と最も相関率が高いので、今後の研究の対象になるだろう。
最後にこれらの変化がADの発症要因か、ADの進展を反映しているのか、bidirectional two sample mendelian randamization(説明は省く)を用いて調べている。結果、こうして発見された早期診断マーカーは、ADの発症条件と言うより、ADが始まった早期からAD病理過程により発現が影響されたと考えられる、すなわちAD早期過程の神経細胞変化を反映していると考えられることが明らかにされている。
このように、ADはMCIが発症するずっと前から始まっている可能性が高い。しかし、今回特定された蛋白質をベースの診断予測をすると、AUCで0.66という精度で、APOE4単独でのリスク測定と比べても劣っている。従って、今回の方法で陽性と判断された人たちをAβペットなどを用いて詳しく調べるという段階が今後続けられ、ADの早期診断が確立し、AD抗体治療の最も効果が見られる対象者が最終的に絞られていくと期待される。