7月30日 発ガンに必要な変異転写因子を自殺分子に変える(7月26日 Nature オンライン掲載論文)
AASJホームページ > 2023年 > 7月 > 30日

7月30日 発ガンに必要な変異転写因子を自殺分子に変える(7月26日 Nature オンライン掲載論文)

2023年7月30日
SNSシェア

発ガンには、増殖や生存に関わるシグナル分子に加えて、様々な転写因子も関わることが多い。しかし、細胞内から核内へ移行するエストロジェン受容体などのようにエストロジェンと拮抗する化合物を用いることで、機能を阻害できる核内受容体分子を除くと、転写因子の機能を標的にする薬剤の開発は遅れている。

そこにサリドマイドの作用機序の研究から生まれた薬剤、すなわち転写因子にユビキチンリガーゼをリクルートして分解してしまう薬剤で、レナリドマイドなど骨髄腫に対する薬剤は成功した例と言える。

今日紹介するスタンフォード大学からの論文は、転写因子にエピジェネティックな転写活性因子BRD4をリクルートして活性化することで細胞を自殺に追い込む化合物の開発で、7月26日 Nature にオンライン掲載された。タイトルは「Rewiring cancer drivers to activate apoptosis(ガンのドライバーを細胞死活性化に転換する)」だ。

最初に断っておくが、この研究はBCL6遺伝子の変異をベースに発生するB細胞リンパ腫に限っての話で、どこまで一般化できるかわからない。ただ、一年に数万ケースが発症し、その3割は治療に反応しないことから、治療法の開発は重要だ。

さて、この病気を理解するためにはBCL6を理解する必要があるが、これが簡単でない。BCL6はB細胞でノックアウトすると、胚中心が全くできなくなるB細胞成熟に必須のマスター分子で、それが支配する遺伝子は多い。ただ、様々な分子と相互作用してその活性が調節されており、変異による影響が多様であるため、発ガン過程を単純なシナリオに落とし込むことは簡単でない。ただ、BCL6は正常細胞で細胞の成熟を促すため、細胞周期を止め、細胞死を誘導するのだが、多くの腫瘍の発生過程で、BCL6機能がBTBドメインを介してこの機能が抑制されている。

そこで、リンパ腫の変異型BCL6にエピジェネティックに転写を活性化させるBRD4をリクルートして、BCL6本来の機能を回復させ、細胞周期を止め細胞死を誘導して、主要細胞を自殺に追い込もうと考えたのがこの研究だ。

このため、BCL6のBTBドメインに結合する化合物と、BRD4のブロモドメインに結合する三菱田辺製薬が開発したJQ1化合物をリンカーで結合させた化合物を開発した。

これを薬剤耐性のリンパ腫細胞に加えると、期待通り速やかに細胞死を誘導できることがわかった。また薬理的実験から、この作用が期待通りBCL6にBRD4が結合して活性化した結果であることを様々な実験で確認している。

ただこの化合物は単純にBCL6のアポトーシス誘導機能を高めるだけでなく、実際には抑制される遺伝子も多く存在し、中でもMycの転写が阻害されることは、リンパ腫治療から考えると一石二鳥の効果が得られたことになる。他にも、RNA 合成酵素の活性を高める効果もあり、自殺を誘導する様々な遺伝子を速やかに誘導する、多くの機能を備えた化合物になっている。

残念ながら、動物を用いた効果や安全性の実験結果は、十分には解析できていないので、最終評価は難しい。BCL6ノックアウトで見られる胚中心の消失や、炎症は強くない様だが、リンパ系細胞はBRD4とBCL6を発現していることが多く、臨床応用までは副作用の詳しい解析は必須になる。

しかし、アイデアは面白く、多くの遺伝子を動員する点で効果が高く耐性もできにくいと思われ、期待したい。

カテゴリ:論文ウォッチ