ChatGPTに出会ってから、これまで以上に哲学や人間の脳について考えることが多くなった。いろいろ考えを書き留めたいのだが、毎日ノンバイアスで論文紹介を続けていると、時間が取れないことが多い。そこで、論文紹介に名を借りてとりとめもないことをかきとめることになるが、その例が6月28日の記事になる(https://aasj.jp/news/watch/22412)。この時は、deep learningと物理法則についての考えを論文紹介にかぶせて書き留めたのだが、今日は「ChatGPTと実験哲学あるいは合成哲学の可能性」(https://aasj.jp/news/philosophy/22100)で書いた延長で考えてみたい。
取り上げたのはトルコ・Antalya Belek大学からの論文で、数学能力が音楽教育により高まる可能性を、文献サーチにより確かめたメタアナリシス研究で、Educational Studies にオンライン掲載された。タイトルは「Let me make mathematics and music together: A meta-analysis of the causal role of music interventions on mathematics achievement(数学と音楽を一緒に勉強する:音楽教育が数学能力に影響することについてのメタ解析)」だ。
まず、研究について簡単に紹介しておく。音楽教育が数学能力を高めるのではと言う考えはこれまでも繰り返し調べられている。関連してそうな論文をいくつかのキーワードで検索すると1975年から2022年までになんと4736もの論文がヒットし、この中から厳しい基準を通過した55編の論文のデータを解析し直し、様々な音楽教育と数学の能力の相関について、
- 数学と音楽を統合して一緒に教育した場合はっきりと数学能力上昇に寄与する。
- 統合型教育でなくても、楽器の演奏や音楽を習うだけでも数学能力上昇一定の影響がある。
- 音楽教育は様々な数学能力の中でも、算数の能力に最も効果がある。
結果は以上で、人間の学習過程で影響し合う能力が存在し、数学と音楽がその例であることを示した論文だ。ではなぜこの論文を取り上げる気になったのか。これは、GPTが言語経験に限定されて形成されている点で、これまで哲学や脳科学で議論されてきた脳研究の新しい方向性を開いたと感じるからだ。
勿論GPTをはじめとする大規模言語モデルが人間の脳と同じだと言っているのではなく、逆に同じでないが一つのアスペクトを代表できているからこそ、これをスタートラインとして、合成的に人間の脳が考えられるのではと思っている。
例えばWolframさんのWhat is ChatGPT doing?を読んで、GPTが計算が出来ないことを知って感心した。既に議論した様に、GPTは、経験だけで可能な知性というヒュームの経験論だけでなく、言語だけで可能な知性や理性というヴィトゲンシュタインの提起した問題を検証できる可能性を秘めている。すなわち、GPTに出来ないことを明確にしていくことで、人間の知性や理性の条件を理解することが出来る。例えば、実際の視覚、聴覚、触覚を抜きにした知性の限界を見極められる可能性がある。おなじように、計算が出来ないというWolframさんの指摘は、言語経験による知性の限界の検証として大事だ。
限界を明確にした上で、現在Wolframさんは、Wofram/alphaとGPTを統合したAIを模索しているそうだが、もしこれが可能なら、GPTに原理的に出来ないことを見極め、それを補う新しいAIとGPTをネットワークでつなぐことで新しい知性を構築できる可能性がある。
このようなネットワークを考える時、今日紹介した様な異なるモダリティー間の連結を調べる教育の研究はおそらく重要なヒントになると思う。現在人間の知性の様々なアスペクトがAIとして表象できないかという試みが進んでいる。今日紹介した論文では、音楽と算数が扱われているが、それぞれの能力をAIとして実現する試みは当然存在するので今後も紹介していく。
Deep learningと言う様に、AIは学習の問題で、方法論の限界から現在では個別の能力について学習を重ねAIを構成している。生成AIはこの学習モデルを比較的統一された方法論に集約した点で、今後個別のAIを結合する可能性を促進した様に思う。とすると、個別に学習されたコンパートメントがどう関連し合えるかをつなげる方法の研究開発は、今後最も重要な課題になるだろう。その時、今日紹介した論文の様に、人間の教育(学習)についての膨大なデータをメタ解析することは、AIから人間の脳を知るための重要なヒントを与えると思う。
とりとめもない話だったが、これからもAIの未来の方向性について論文を紹介できたらと思っている。