10月13日 ヒト化ブタを用いたブタからサルへの腎臓移植(10月12日 Nature オンライン掲載論文)
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10月13日 ヒト化ブタを用いたブタからサルへの腎臓移植(10月12日 Nature オンライン掲載論文)

2023年10月13日
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遺伝子改変して拒絶反応を抑えたブタ心臓が初めて人に移植されたのはちょうど1年ほど前だが、結果は拒絶反応を抑えることがまだ完全には出来ていないことを示している。すなわち、ブタと人間とはあまりに違いが大きく、全ての違いを無くすことの難しさを物語っている。

今日紹介するハーバード大学からの論文は、CRISPR による遺伝子編集を用いて、人の臓器にサイズが近いユカタンブタ遺伝子を操作して、カニクイザルに移植後2年機能する腎臓を作成するのに成功した研究で、10月12日号 Nature にオンライン掲載された。タイトルは「Design and testing of a humanized porcine donor for xenotransplantation(異種移植のためにヒト化したブタドナーのデザインと検証)」だ。

まず、臓器のサイズが人間に近いユカタンブタを選び、これを遺伝子編集や遺伝子導入を合わせて徹底的に改変して拒絶を抑えようとしている。既に人間に応用される遺伝子改変ブタが存在するのに、後発でも優れたブタを作ろうとする意志に脱帽だ。おそらくCRISPR技術がこのチャレンジを後押ししたのだろう。とはいえ、ここまで来るのに大変な月日とお金がかかったと思う。おそらく、ブタの生殖サイクルを考えると10年はかかりそうな、極めて長期的視野の研究だ。

要するに問題になりそうな違いをリストして、徹底的に除いている。まず αGal として知られる糖鎖抗原で、人間やサルとブタとは全く異なるので、この合成系を完全にノックアウトする必要がある。次に、補体系の活性化ルートを抑えるとともに、ヒトの補体制御系の遺伝子導入を行っている。また、ブタ特有のレトロウイルスがゲノムに59カ所存在しており、それも完全に除去する必要がある。他にも凝固系など考えられる遺伝子改変はなんと69種類のブタ側遺伝子のノックアウトとともに、7種類のヒト遺伝子を発現したユカタンブタが完成している。

それぞれの改変ごとに様々なテストをした上で、両方の腎臓を除去したサルに、ブタ腎臓移植を行っている。驚くことに、レトロウイルスを除去するかどうかは特に移植成績には影響がない。ただ、ヒトに感染することは問題があるので、レトロウイルスノックアウトは重要だと結論している。

さて結果だが、good news は1年以上腎臓が機能した個体が15例中5例存在したことで、現在最も長く機能したのは758日に達している。Bad news は、ここまでしても最短で6日で拒絶が起こっていることで、758日機能した腎臓でも最後は凝固異常と血栓により拒絶している。ただ、長期性着後拒絶されたケースでも、同種移植とは違って、T細胞の浸潤が少ないことから、おそらく抗体を原因とする拒絶や血栓による拒絶と考えられる。

結果は以上で、ここまでしても種間の差を完全に理解し埋めることが出来ていないと言えるが、一方で同種移植とは異なる免疫抑制法を用いることなどで、まだまだ改善できるポイントも明らかになっている。

移植大国の米国ですらここまで努力を重ねているのを見ると、移植後進国であるにもかかわらず我が国で長期的視野の研究が行えていいないことは、患者さんを助ける研究行政という点では反省点が多い。我が国政府は応用研究に傾いていると言われているが、応用研究ですら助成方向が定まっていないのが現状に思える。実用化したとき、我が国に臓器を輸入できる外貨が残っていることを願うだけだ。

カテゴリ:論文ウォッチ