「風が吹けば桶屋が儲かる」は、意外な因果の連鎖を表現した言葉で、風が吹く、土ぼこりが舞い上がる、目に入ると視力障害が増える、三味線弾きで生計を立てざるを得なくなる、三味線の材料に猫の皮が使われる、猫が減る、ネズミが増える、ネズミは桶をかじる、桶屋が儲かるという因果関係だが、江戸時代でもこの因果性を証明するのは難しいと思う。しかし、生態系を形成する動物間の相互作用は複雑で、因果の鎖は無数に存在するため、生態学では納得のいく因果性を示す必要がある。
今日紹介するワイオミング大学からの論文はアフリカサバンナで「大アリが増えるとシマウマが喜ぶ」という因果性を明らかにした研究で、1月26日号のScienceに掲載された。タイトルは「Disruption of an ant-plant mutualism shapes interactions between lions and their primary prey(アリと植物の相互関係が壊れるとライオンと主な獲物の関係が変わる)」だ。
写真はアフリカ旅行の際に撮影できたワンショットで、雌ライオンがバッファローに襲いかかっている。今日の論文を紹介する気になったのも、この写真をついでに紹介したいと思った下心もあった。
さて本題に戻ろう。東アフリカのサバンナに見られるほとんどの木はアカキア・トレパノロビウムと呼ばれるアカシアの一種で、サバンナ独特の風景を形成している(写真は私たちの研究室に在籍し現在スイスETHの教授、Tim Schroederからプレゼントされた:彼は研究者にするのが惜しいぐらいの写真家だ)。
全く知らなかったが、この木はアカシアアリと共生し、象が嫌うように仕向けて木を守っているらしい。ところが、アカシアアリはオオアリと競合関係にあり、オオアリが侵入してくると、駆逐される(実際これが東アジアのサバンナで進行している)。この結果、アカキアは象が食べ尽くしてしまい、サバンナからほとんど消滅する。オオアリの侵入によりほとんど木のないサバンナの写真が論文でも示されているが、オオアリの侵入の影響がよくわかる。その結果、サバンナの見通しがほぼ3倍に上昇する。
この研究ではオオアリ侵入地域と侵入していない地域でGPSを装着したライオンを追いかけ、犠牲になるシマウマの数をカウントしている。というのもアカシアが減って見通しがきくとライオンの襲撃を警戒しやすくなる。
見通しと犠牲になるシマウマの数は、完全に反比例し、このことが証明される。その上で、オオアリ侵入地域と非侵入地域でシマウマがライオンの獲物になる確率を計算すると、なんと1/3に減少している。
以上の結果から、オオアリが侵入するとシマウマが喜ぶという因果関係は証明されたが、ではライオンは絶滅の危機にあるのか。幸い、バッファローは見通しとは関係ないようで、シマウマの代わりにライオンのエサになっている。
オオアリの侵入した東アフリカ地域では2000年から急速に灌木が消滅している。これに呼応して、確かにライオンの獲物がシマウマからバッファローに変化していることも示している。
私は2018年にケニアを旅行したが、まさにこの因果の結果を写真で捉えたことになる。