6月5日 全く新しい原理に基づく抗アルツハイマー薬の開発(5月31日 Science 掲載論文)
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6月5日 全く新しい原理に基づく抗アルツハイマー薬の開発(5月31日 Science 掲載論文)

2024年6月5日
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アルツハイマー病(AD)治療薬の開発はこれまで、βアミロイドやリン酸化 Tau タンパク質の合成阻害や除去を中心に行われてきた。ただ、これら分子の変化から神経細胞死までの間にはまだまだ多くのプロセスが複雑に絡んでいるので、他にも創薬ターゲットは間違いなく存在する。ずいぶん前のことになるが、2017年に HP で、患者さんの海馬に留置電極を設置して記録すると、脳波では解らないてんかん様の過剰な興奮が見られることを示したマサチューセッツ総合病院からの論文を紹介した(https://aasj.jp/news/watch/6848)。これは AD 神経で細胞質への Ca 流入が高まっているからで、特に Store operated Ca チャンネル(SOC)がリン酸化 Tau により活性化されるチャンネルとして注目されてきた。当然 SOC などを AD 治療薬の直接標的にする可能性が考えられるが、Ca は細胞シグナルの要で、AD 特異的作用を得ることは簡単ではない。

今日紹介するベルギーの創薬ベンチャー reMYND からの論文は、Ca チャンネルにこだわることなく、まずリン酸化 Tau を発現する神経細胞特異的に起こる Ca 流入異常に基づく細胞死を防止する薬剤を探索し、これまで想定されなかったメカニズムの AD 細胞死メカニズムに対する薬剤の開発で、5月31日 Science に掲載された。タイトルは「Pharmacological modulation of septins restores calcium homeostasis and is neuroprotective in models of Alzheimer’s disease(セプチン機能を薬理学的に回復させることでアルツハイマー病モデルのカルシウムのホメオスターシスを回復し神経を保護する)」だ。

Ca 異常を抑える分子のスクリーニングについてはほとんど詳しく述べられていないが、いくつかのヒットから、リン酸化 Tau による神経死を抑える REM127 の開発に成功している。REM127 は神経死だけでなく、試験管内でアミロイドにより誘導されるシナプス結合喪失を防ぐことができ、AD 神経のカルシウム異常、そしてそれに続く細胞死の阻害薬として期待できる。

次に問題になるのが、この薬剤が AD 特異的な効果を示すメカニズムだが、かなり複雑なのでほとんど詳細を省いて紹介するが。AD 治療薬開発という目的に合致した作用機序が示されている。

まず REM127 が結合する分子を探索すると、細胞膜近くで微小管の調節を通して ER と SOC との相互作用を介して Ca 流入を調節している Sepsin6(SP6) が特定された。SP6 をノックダウンすると、細胞質への Ca の異常流入が高まり、細胞死が誘導されることから、SP6 は細胞膜直下で SP2、SP7 などと一緒に、SOC の活性化を抑えていることがわかった。

次にリン酸化 Tau を発現させる実験などから、通常神経細胞では SP6、SP2、SP7 により形成される細胞骨格の働きで、SOC が低い活性レベルで抑えられているのに、リン酸化 Tau が強く発現すると、この細胞骨格が破壊され、その結果 SOC が活性化され、細胞質内の Ca が上昇し、細胞死が誘導される。しかしこのとき REM127 が存在すると SP6 が安定化するとともに、ReS19-T 分子を新たにリクルートすることで、SOC 活性化を抑制する構造を再構築し、細胞死を抑えるというシナリオだ(それぞれの分子の名前については気にせず読み飛ばしてほしい。興味のある人は是非自分で調べてほしい)。

結論だけを述べたが、実際には構造解析、細胞への遺伝子導入やノックダウンを駆使して、SOC、SP6、そして ReS19-T 分子の関係や機能を細胞学的に詳しく調べている。ただ、このような詳細をすっ飛ばし誰もが知りたいのが、この薬剤の AD に対する効果だ。

これについては、Tau 及びアミロイドそれぞれのトランスジェニックマウスに経口投与する実験を行い、REM127 により、神経の異常興奮が押さえられること、アミロイドや Tau によるシナプス可塑性や長期記憶の低下を抑えられることを示している。

そして何より驚くのは、REM127 投与により、βアミロイドの蓄積やリン酸化 Tau 蓄積のような病理変化も抑制できる点だ。すなわち、Ca 異常がそれぞれの蓄積に深く関わっていることだ。これを見ると、アミロイドβ 蓄積から Tau リン酸化といった順番を再検討する必要が出てくるかもしれない。

いずれにせよ、カルシウムチャンネル自体ではなく、SOC と小胞体の相互作用を調節する SP6 を標的にし、しかも抑制ではなく、分子安定化を誘導して、Tau により破壊された SP6/2/7 骨格を再建するという複雑なメカニズムで、ついにAD 特異的な SOC 抑制に成功したといえる。

REM127 がそのまま人間に使えるかは全くわからないが、新しいメカニズムが明らかになったことは、AD 特異的 Ca 異常の治療薬が開発できることを示しており、期待している。

カテゴリ:論文ウォッチ