初期胚では、内部細胞塊が多能性を有しており、それを取り巻く原始内胚葉は卵黄嚢へと分化するとされてきた。しかし、例えばカンガルーでは内部細胞塊が存在せず、栄養膜に連結して上皮が存在するだけという話が聞いたことがある。このように、初期胚ではどこまでが不可逆的分化が進んでおり、どこまでが可塑性があるのかなかなか線を引きにくい。
今日紹介するコペンハーゲン大学からの論文は、試験管内で誘導した胚盤胞の原始内胚葉が、栄養膜外胚葉、エピブラスト、そして原始内胚葉の全ての胚成分を供給できることを示し、特定の条件で培養した nEnd と名付けた原始内胚葉細胞を新しい多能性肝細胞として利用できることを示した研究で、6月21日 Cell にオンライン掲載された。タイトルは「The primitive endoderm supports lineage plasticity to enable regulative development(原始内胚葉は分化の可塑性を維持し調節的発生が可能)」だ。
この研究では、試験管内での胚発生時に、原始内胚葉を強く誘導する FGF4 シグナルで刺激し、発生してきた内部細胞塊に期待通り多くの原始内胚葉が存在し、しかも栄養膜外胚葉を除去して培養を続けると、また新たな栄養膜外胚葉を備えた胚盤胞を形成し、マウスに戻すと正常に発生することを発見する。ところが、エピブラスト優位の胚盤胞を誘導した場合、栄養膜外胚葉を外すと、新たに胚盤胞は形成されない。
この事実は、原始内胚葉は全ての胚成分へと新たに分化できるが、エピブラストでは分化が制限されているという結果を示している。この発見が研究のハイライトで、あとはこの全能性の原始内胚葉が成立する条件、そしてその性質について、分子マーカーで標識できる原始内胚葉培養 (nEnd) を用いて調べている。
面白いのは原始内胚葉を平面的に培養していると、Sox2 や Oct4 を発現する塊が発生し、これを V ボトムシャーレで培養すると、胚盤胞ができる点で、培養した細胞は標識から原始内胚葉であることは確認できるので、原始内胚葉が多能性へと変化する可塑性を維持していることがわかる。
あとは、この多能性を新たに獲得した原始内胚葉が、Oct4 主導で多能性プログラムを新たに誘導する転写メカニズムを解析し、初期胚段階では Oct4 が多能性のプログラムを開く一種のパイオニア因子のような働きをしていること、そして PDGFRα陽性の原始内胚葉が Oct4 を発現してダブルポジティブになったあと、Oct4単独陽性のエピブラストへと分化する経路を明らかにして、この可塑性が、エンハンサーの利用可能性の可塑性と相関していることを示している。すなわち、原始内胚葉は一見分化が進んだように見えても、クロマチンレベルでは過疎的な構造をしており、Oct4 のようなパイオニア因子の働きで、自然に iPS細胞のようなリプログラムが起こっていることを示している。
エンハンサーを調べると、まさにこのような可塑性の標識として知られていた染色体構造が検出され、面白いのだが専門的なので割愛するが、これまで iPS細胞やES細胞で語られてきた様々なメカニズムが全て表現されている面白い状態が現実に存在していることに驚く。
結果は以上で、エピブラストだけでなく、原始内胚葉からも完全な胚を作れること自体が面白いが、ここまで解析が進むと、新しい多能性細胞として利用できる可能性もある。また、分化決定ではクロマチンの可塑性とそれを調節するパイオニア因子の関係を改めて学ぶことができるし、さらにはカンガルーのような内部細胞塊のない胞胚期も理解できるような気がしてくる、面白い論文だった。
この論文の責任著者は Josh Brichman で、個人的にも親交が深く、カエルの gastrulation を研究していた頃から、マウスやヒトの多能性を研究している現在までずっとフォローしているが、素晴らしい研究を展開していると思う。