6月30日 新しい遺伝子組み換えツールの開発(6月26日 Nature オンライン掲載論文)
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6月30日 新しい遺伝子組み換えツールの開発(6月26日 Nature オンライン掲載論文)

2024年6月30日
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昨日に続き、ゲノム編集の新しいテクノロジーについて紹介する。

特定の遺伝子をノックアウトしたり、エピジェネティックに抑制したり、あるいは塩基を編集したりする技術の進歩は、プリオン病すら治療可能になることを示した昨日紹介した論文からもわかってもらえると思う(https://aasj.jp/news/watch/24723)。しかし、今も困難なのは、遺伝子の特定の場所に新しい遺伝子を組み換える技術だ。例えば広く使われている Cre組み替え酵素は、前もって LoxP配列を組み替える場所に挿入しておく必要があり、また新しい遺伝子に効率に置き換えるのは難しい。現在行われるのは、CRISPR-Casでゲノムの特定部分を切断し、あとは細胞の修復メカニズムを用いて遺伝子を組み換えることが行われるが、Cre組み替え酵素のような一つの酵素で反応を起こすことは難しかった。

今日紹介するカリフォルニア大学バークレー校からの論文は、細菌に存在する可動遺伝因子の一つのタイプの研究から、ゲノム標的部位と、組み替えたい遺伝子をノンコーディングRNA でつないで組み替えを起こす IS110 の研究から、標的サイトをプログラムでき、IS110 がコードしている一つの酵素で組み替えが可能なシステムの開発研究で、6月26日 Nature にオンライン掲載された。タイトルは「Bridge RNAs direct programmable recombination of target and donor DNA(ブリッジRNA による標的とドナーDNA のプログラム可能な組み替え)」だ。(なおこれから説明するプロセスをクライオ電顕で解析した論文が同じ号に東大の西増さんの研究室から発表されている)。

IS110 はトランスポゾンの一つで、ゲノムから離れて新しいサイトに挿入する能力がある。ただ、これまで知られているトランスポゾンと異なり、トランスポゾン両端から転写されたノンコーディングRNA を標的とのブリッジに使っていることを発見し、ノンコーディングRNA が形成する2つのヘアピンループの5‘側が標的と結合する配列を持っており、3’側がトランスポゾン自身と結合することを明らかにする。

元々トランスポゾンとしてはホストに入りやすい配列をノンコーディングRNA に組み込んでいるが、この研究ではこの配列を自由に書き換えられるか調べている。このために、ノンコーディングRNA をコードする部位(以後ブリッジRNA)と、トランスポゼース酵素を切り離し、ガイドRNA を標的に会わせてリプログラム可能か調べ、期待通り特定の標的に特異的に遺伝子を組み換えることができることを示している。その上で、プログラム可能なブリッジRNA とトランスポゼースがセットになったプラスミドと、組み替えたい遺伝子と、ブリッジRNA と結合できるドナー配列を組み込んだプラスミドを同時に導入することで、大腸菌の特定の部位に遺伝子を高い効率で挿入できることを示している。

このシステムをさらにリファインする目的で、遺伝子ドナーと結合するブリッジRNA の配列をさらに至適化して、効率の高い組み替えシステムを作成している。

以上が結果で、遺伝子組み換えに必要なシグナル配列を、組み替えるホストとドナーの配列から完全に独立したブリッジRNA が指示できる、これまでなかった新しい組み替えツールが完成した。この研究では、全て細菌やプラスミドを用いた実験による効率測定なので、そのまま我々の細胞にも結果が適用できるかわからないが、CRISPR や Creリコンビナーゼの歴史を見ると、可能性は高いと思う。

しかも、IS110ファミリーは原核生物に広く分布しており、IS110 のサブファミリーだけでもブリッジRNA の構造は多様であるため、遺伝子編集に最適のブリッジを今後探す可能性も高い、というかすでに競争も始まっていることだろう。

このように、例えば培養細胞での遺伝子組み換え技術が格段に高効率化されることは間違いなさそうで、まだまだ細菌から学ぶことが多いことを示した素晴らしい研究だと思う。

カテゴリ:論文ウォッチ