今週気になった上の2編のドイツからの臨床論文を紹介する。最初はドイツ ドレスデン工科大学を中心とするドイツ31研究機関からの論文は、骨髄移植治療を受けた女性の妊娠出産可能性について調査した研究で、7月12日 Blood にオンライン掲載された。感動的なタイトルで、「Hope for Motherhood: Pregnancy After Allogeneic Hematopoietic Cell Transplantation – a National Multicenter Study(母になる希望:他家血液幹細胞移植治療後の妊娠:ドイツ国内他施設研究)」だ。
スイマーの池江さんは急性白血病で骨髄移植を受けた後、見事に復活してパリオリンピックに参加することになっているが、オランダのファンデルワイデン選手のように回復後オリンピックで金メダルに輝いた選手もいる。このように、骨髄移植治療は多くの希望をもたらしているが、抗ガン剤や放射線治療が必要なため、妊娠は難しいのではと一般的に考えられている。そのため、治療前に卵巣や卵子を保存することが進められている。
この研究では2003年から2018年までに様々な疾患で他家骨髄移植治療を受けた40歳以下の女性2654人を追跡し、治療後、妊娠、出産経験について調べている。そして、そのうち50人がトータルで74回の妊娠を経験し、57人の子供が現在も元気で暮らしていることを突き止めている。
この中の28%は、保存卵子や卵巣を用いた生殖補助医療による妊娠だが、なんと72%が自然妊娠で生まれた子供で、タイトルにあるように、希望を示すデータといえる。
妊娠を妨げるリスク因子としては、白血病治療のために放射線照射を含む徹底的な骨髄抑制が行われることだが、それでも妊娠出産は観察される。一方、他家骨髄移植治療で起こるGvH反応はほとんど影響がない。
一方、年齢については35歳以上で全く妊娠、出産は報告されていない。ただこの調査では、妊娠を希望したかどうか、あるいはすでに子供がいるかどうかについては調べておらず、この要因による結果である可能性は否定できない。
とはいえ、妊娠確率は生殖補助医療も含めて、健康集団の6分の1に落ち、子供の出産までに至る率も77%と低下している。従って、これから骨髄移植を行う場合、このデータを示して希望を伝えるとともに、この確率を高めるための補助医療の存在などを伝えるカウンセリングが重要になる。是非活用したい論文だ。
次のミュンヘン大学からの論文は、致死率が高い敗血症の治療にケトン食が効果を発揮するという面白い研究で、重傷の敗血症患者さんでチューブ栄養が必要と判断された40例を無作為化して、片方には通常の流動食、片方にはケトン流動食を投与して経過を調べた研究で、7月10日 Science Translational Medicine に掲載された。タイトルは「An open-label, randomized controlled trial to assess a ketogenic diet in critically ill patients with sepsis(ケトン食の重傷の敗血症への効果を調べるオープンラベル無作為化対照治験)」だ。
私の短い臨床経験では、敗血症でチューブ栄養を行った経験は全くないが、現在のチューブ栄養レシピはカロリー中心に作られており(ドイツでは)、インシュリンが必要になるぐらいの量の炭水化物が含まれている。すなわち、グリコリシスへ代謝を引っ張るため、リンパ球が活性化されたり炎症が高まる心配がある。
そこで、炭水化物をほとんどとらない、ケトン食をチューブで投与して経過を調べると、30日目で一般食では40%の致死率があったが、ケトン食群では20%に抑えられた。これが最も重要な結果で、後はリンパ球の遺伝子発現を調べて炎症性サイトカインなどの発現が低下することなどを示しているが、徹底的な解析ではないので割愛する。
ケトン食によるケトン体は、様々な影響が知られており、抗炎症作用はその一つだが、ここまでの効果は誰も期待しなかったのではないだろうか。