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7月21日 ヘパリンがコブラの毒消しになる(7月17日 Science Translational Medicine 掲載論文)

2024年7月21日
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ヘビ毒に対しては北里・ベーリングの抗血清療法開発以来の抗体薬しか治療方法がないのが現状だが、毒性のメカニズムが明らかになって来ると、抗血清以外の治療薬開発が可能になる。一つの例として2020年5月、ヘビ毒の中のプロテアーゼを金属キレートによって阻害する治療を紹介した(https://aasj.jp/news/watch/13053)。

今日紹介するシドニー大学からの論文は、コブラなどの唾液に含まれる毒が局所の細胞壊死を誘導する過程を抑制する分子を探索して、ヘパリンが噛まれたカ所の細胞壊死を防げることをマウスの実験で示した研究で7月17日号 Science Translational Medicine に掲載された。タイトルは「Molecular dissection of cobra venom highlights heparinoids as an antidote for spitting cobra envenoming(コブラ毒の分子機構探索によりヘパリン様分子がコブラ唾液の毒性に対抗することが明らかになった)」だ。

コブラ毒は一種類でないことは知っていたが、一般的に恐れられる神経毒や、血栓形成以外に、噛まれた局所の組織壊死とその後遺症がもっと多くの被害者を苦しめている点についてはほとんど知らなかった。この研究では、培養細胞にコブラ毒を加えた時観察される細胞死に関わる分子を特定するため、クリスパーライブラリーで遺伝子ノックアウトを行う方法を用いて、まずスクリーニングを行っている。この結果、Heparan sulfate 合成システムに関わる遺伝子がノックアウトされると、細胞がコブラ毒に対する耐性を獲得することを発見する。この結果は、エジプトコブラでも黒首コブラでも同じで、唾液中の毒による細胞死には heparan sulfate がおそらく一種の受容体として働いていると考えられる。

とすると、ヘパリンやヘパリン様物質を培養中に加えることで、ヘビ毒が細胞に結合するのを抑制できるはずで、これを確かめるためヘパリン、チンザパリン、ダルテパリンをそれぞれ培養に加えると、いずれも期待通り濃度依存的に細胞死を抑制した。このとき、チンザパリンが最も効果が高かったので、これをを中心に研究を進めている。

ヘパリンはコブラ毒のうち cytotoxin3 と cytotoxin4 に結合するが、神経毒の cytotoxin1 や、壊死を誘導する phospholipase2 には結合しない。すなわち、一部の毒にのみ効果がある。

ただ試験管内の実験系だけでなく、マウス皮膚にコブラ毒を注入したときの強い壊死反応をチンザパリンが抑制することから、人間にも利用可能と結論している。

結果は以上で、クリスパースクリーニングから、一般の血栓治療に使われるヘパリンやチザパリンが蛇に噛まれたときに局所に投与することで、ヘビ毒の効果を半減させられるとしたら、抗体やキレート剤と組み合わせて、実践的な、しかも安価なヘビ毒対策を実現できるのではないだろうか。

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