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7月2日 テロメラーゼ転写を活性化する抗老化薬の開発(6月21日 Cell オンライン掲載論文)

2024年7月2日
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テロメアが分裂の度に短くなり、細胞分裂が停止するという話は、細胞の寿命を説明するのに使われる。ただ、ロウソクが燃えるように寿命が尽きるイメージを単純にテロメアにかぶせるのは、一般人向けにはわかりやすくても、このブログの読者にはちょっと単純すぎる。そもそもテロメアは、染色体の端にできてしまう DNA 断片を隠すための機構で、これが維持できないと細胞は DNA 損傷が発生したと考え、p53 を介する経路で細胞増殖を止める。また、Yap を介してインフラマゾームや IL-18 の転写を高め、自然炎症を誘導する。これらの結果は、まさに老化が進むということで、テロメアを修復するテロメラーゼ欠損マウスで老化が急速に進むことが示された。従って、テロメア修復酵素を活性化することで、老化を抑制できるのではないかと研究が進んでいる。

今日紹介する MDアンダーソンガンセンターのテロメア研究の第一人者 DePinho 研究室からの論文は、テロメラーゼの中核分子TERT を誘導する小分子化合物を開発し、これを投与することで様々な老化現象を抑えることができることを示した研究で、6月21日 Cell にオンライン掲載された。タイトルは「TERT activation targets DNA methylation and multiple aging hallmarks( TERT 活性化は DNA メチル化を標的とし様々な老化指標を改善する)」だ。

幹細胞では TERT の発現が維持されるが、多くの細胞で TERT はエピジェネティックに抑制されている。この研究ではヒト TERT トランスジェニックマウス由来線維芽細胞を用いて TERT遺伝子発現を高める化合物をスクリーニングし、一つだけ高い活性を示す化合物を突き止め TAC と名付けている。

TAC による TERT 誘導のメカニズムはほとんど解析できていない。TERT 遺伝子プロモーターのヒストンコードを見ると、活性化型にシフトしている。すなわち、抑制型クロマチンを活性型に変化させることがわかる。

この変化の上流をたどっていくと、MEK/ERK/AP-1 というシグナル経路が中程度高まっており、この活性を薬剤で止めると TERT 誘導が起こらないことから、この経路が使われることを明らかにしている。ただ、FOS/AP-1 活性化が、ほとんど他の転写に影響せず、TERT だけのエピジェネティック抑制を外すのかは全く解析できていない。

とりあえずメカニズムは後回しにして、TAC の効果検定へと突き進んでいる。もちろん細胞レベルでテロメアの長さは長くなる。また、TAC を投与すると、血液細胞の TERT が上昇、細胞周期を抑えるような分子の発現が低下、さらに自然炎症に関わるサイトカイン発現が低下する。そして、これらは TERT が DNA メチル化を変化させることに起因しており、特に老化で起こる例えば p16 遺伝子のメチル化がTERT により強く高まることで、遺伝子発現が抑制されることを示している。

さらに、TAC はマウスに6ヶ月連続投与することが可能で、この結果老化した脳の再生活性を高めるとともに、老化に伴う神経炎症を、特にミクログリアの活性化を抑えることで抑制し、これらの結果として老化による海馬機能の低下をかなりの程度改善することを明らかにしている。

以上が結果で、見た目には TERT 機能に極めて特異的な化合物が開発され、少なくともマウスへの投与実験から、老化を改善する夢の薬に見える。しかし、メカニズムが最終的にはっきりしないのと、静止細胞での TERT 活性化自体が本当に問題にならないのかなど、解決すべき問題がある。おそらく著者も効果に驚いて、急いで発表した感があるが、慎重に研究を重ねてほしいと思う。

カテゴリ:論文ウォッチ

7月1日 経口投与で効果を示すサイトカイン阻害タンパク質を設計する(6月26日 Cell オンライン掲載論文)

2024年7月1日
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今日紹介する、ミュンヘン Ludwig-Maximilian大学とワシントン大学からの論文は、腸炎で主要な役割をしているサイトカイン、IL-23 や IL-17A の機能を抑制するタンパク質をデザインし、実際に臨床利用可能なことを前臨床試験で示した研究で、ペプチド創薬をさらに高度化した新しい創薬方法が生まれていることを実感した。タイトルは「Preclinical proof of principle for orally delivered Th17 antagonist miniproteins(経口投与可能な Th17阻害ミニタンパク質が原理的に可能であることを示す前臨床研究)」だ。ちなみにラストオーサーは、5月に紹介した RoseTTAFold All-Atom論文と同じで、一貫して構造予測の可能性を追求していることがわかる論文だ。

炎症性腸疾患ではナイーブ T 細胞から IL-23 を含む様々なサイトカインにより誘導された Th17細胞が、IL-17 や IL-22 を分泌して炎症を起こしていることが知られており、すでにそれぞれのサイトカインに対する抗体治療が一定の成果を収めている。

この研究では抗体の代わりに、経口で直接投与できるミニタンパク質をデザインして、サイトカインの作用を抑えられないかチャレンジしている。クライオ電顕によるサイトカインと受容体の構造から、IL-23ではリガンド、IL-17A では受容体について、結合の強さを決める部位(hot spot)を特定し、さらにコンピュータ予測を用いて予測される hot spot をあわせ、Rosetta により予測した何千もの構造を受容体あるいはリガンドの結合をシュミレーションして、サイトカインの反応を抑制できるミニプロテインを作成している。

ただ、コンピュータデザインだけではまだ満足せず、次にそれぞれのタンパク質をコードする遺伝子に突然変異を導入し、その変異体を酵母に発現させ、IL-23受容体、あるいは IL-17A と結合の高いミニタンパク質を最終的に選んでいる。

この過程を見ていると、大規模言語モデルでまず文章を作らせ、それを実際の例でファインチューニングするのと同じような過程を用いられているのがよくわかる。

こうしてできたミニタンパク質は、標的にナノモルレベルの親和性で結合できる。さらに、ジスルフィド基などを導入することで、胃酸やタンパク分解酵素に抵抗性のミニタンパクにたどり着き、そこから構造を手がかりに、さらに分子量を縮小して 3−4kDa の大きさのミニタンパク質をそれぞれ構築している。これにより、一定の効率で腸管上皮から組織、そして血中にまで到達できる、タンパク質とは思えない性質のミニタンパク質が完成した。しかも、理論的検討から、MHCとの結合が弱く、免疫原性も低いという。

最後に、このミニタンパク質を、炎症性腸炎を誘導したヒト化マウスに経口投与する実験を行い、症状、解剖所見、病理所見とも改善が見られることを示している。

以上が結果で、リガンドを模したミニタンパク質、あるいは受容体を模したミニタンパク質を設計し、そこから変異と選択というファインチューニングを繰り返すことで、到底経口投与に向かないタンパク質製剤を開発する可能性を示したことは大きい。

このようにペプチド薬に加えて、新しいミニタンパク質設計がアミノ酸ワールドに加わることで、これまでの小分子化合物とは全くことなる新しい分子メカニズムの薬剤が生まれるように思う。

Google の αフォールドグループと比べると、ワシントン大学の Rosettaグループは劣勢にあるように見えるが、創薬という分野では地道に点を稼いでいるように思える。

カテゴリ:論文ウォッチ
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