9月10日 なんと IL-3 が直接感覚神経を刺激してかゆみを引き起こす(9月4日 Nature オンライン掲載論文)
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9月10日 なんと IL-3 が直接感覚神経を刺激してかゆみを引き起こす(9月4日 Nature オンライン掲載論文)

2024年9月10日
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痒みを引き起こす過程については随分わかってきた。基本的にはさまざまなメディエーターが分泌され、直接感覚神経を刺激することで起こる。これまで治療が難しかったアレルギー性の痒みも、IL-4 や IL-13 が直接感覚神経に働くことで慢性の痒みの原因になることがわかり、これらに対する抗体治療でアレルギー反応を抑えるだけでなく、痒みを直接コントロールできるようになってきた。

ただ、それでも残る痒みは存在する。例えば、長芋に触れたとき、すぐに襲ってくるかゆみは免疫反応が誘導される前なのでよくわかっていない。今日紹介するハーバード大学からの論文はこのような刺激を受けて痒みを誘導するのが γδ T 細胞と、それが分泌する IL-3 であることを示した研究で、9月4日Nature にオンライン掲載された。タイトルは「A γδ T cell–IL-3 axis controls allergic responses through sensory neurons( γδ T 細胞と IL-3 が感覚神経を通してアレルギー反応を調節する)」だ。

この研究ではすぐにかゆみを誘導することが知られているパパイン投与モデルで、まずこの反応にリンパ球が関わるかから始めている。結果、リンパ球が完全に存在しない Rag2 ノックアウトマウスだけでなく、γδ T 細胞欠損マウスでもこの反応が起こらないことを発見する。

γδ T 細胞欠損マウスではパパインだけでなく、ハウスダスト、真菌、ヒアリや蚊の唾液などによる痒みも抑えられることから、アレルゲンの中には先ずこの経路でかゆみを誘導するものが存在することがわかる。この細胞を培養した上清を注射しておくと、パパインに対する反応がさらに高まることから、皮膚の γδ T 細胞の一部が最初の痒みの閾値を決めていることを発見する。

この発見が研究のハイライトで、あとはこの反応に関わる γδ T 細胞の種類、そして γδ T 細胞が分泌する痒みファクターの特定へと進んでいる。

まず γδ T 細胞だが、single cell RNA sequencing で遺伝子発現を調べると、通常の γδ T 細胞とは明確に異なり、γ4δ2 を発現する γδ T 細胞だが、樹状細胞集団に近いプロファイルを持っている。ただ、樹状細胞を除去してもこの痒みは残ることから、このかゆみはすべてこの細胞によって起こる。

この集団を GD3 と名付けているが、無菌マウスには存在せず、細菌叢との相互作用で誘導される。さらに老化で数は減るが、乾燥皮膚になると数が増えることから、乾燥皮膚のかゆみのかなりの部分がこの細胞による可能性はある。感覚神経がリンパ球の浸潤を促すことも知られているので、 GD3 細胞、感覚神経、そして細菌叢がネットワークを作って、アレルゲンが入ってきたシグナルを感知するシステムを作っていると考えられる。

次に、GD3 細胞が分泌する分子を皮膚で探索し、これまで感覚神経刺激として知られていた IL-4 や IL-13 ではなく、なんと血液幹細胞増殖やマスト細胞増殖に強い活性を持つ IL-3 が責任因子であることを特定する。

また、IL-3 の作用については、感覚神経の一部に IL-3 受容体が発現しており、IL-3 は感覚神経の閾値を変化させ、局所の刺激に反応しやすくなるよう調整していることを明らかにしている。さらに、IL-3 による感覚神経の刺激は、Jak2-STAT5 依存的で、かゆみの閾値変化については Jak2 阻害剤で抑えられる一方、STAT5 の下流は転写を通して substance P 分泌を誘導し、免疫系をアレルゲンの場所にリクルートして、免疫反応を助けることを示している。

以上、もう一度まとめると、痒みの直接刺激はアレルゲンが持っている物質特性(例えば酵素活性など)がおこなうが、その閾値を GD3 細胞が調節して、痒みの感覚を増大するとともに、免疫系を局所にリクルートして、その後のアレルギー反応を誘導するという話になる。人間でなくても痒いと当然ひっかくはずで、この行動も局所に血液細胞の浸潤を助けると思う。

我々のような古い世代は IL-3 を造血因子とマスト細胞増殖因子として位置づけていた。造血の方はこの研究と結びつかないが、マスト細胞はアレルギー反応の中心エフェクター細胞であることを考えると、マスト細胞もこのサーキットに位置づけられるのかもしれない。

また、この反応がアレルギーの最初の最初であることを考えると、IL-3 を抑える治療は意外と大きな効果があるのかもしれない。

カテゴリ:論文ウォッチ

9月9日 ピロトーシス誘導によるガン治療の可能性(9月6日 Cell オンライン掲載論文)

2024年9月9日
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炎症刺激により細胞に穴が空き、そこから様々な分子がこぼれでて、さらに炎症を悪化させる細胞の死に方をピロトーシスと呼び、炎症をなるべく起こさないように静かに死んでいくアポトーシスと区別している。もちろん生体にとって炎症は諸刃の刃だが、ガン免疫から見ると、ガン細胞がピロトーシスで死んでくれて、炎症が広がるとともにガン抗原が組織に漏れ出て、強い抗原刺激が起こることは望ましい効果といえる。ただ、多くの抗ガン剤や放射線はアポトーシスを誘導することが多く、ピロトーシスは期待できない。

今日紹介するハーバード大学からの論文は、ピロトーシスに関わるガスデルミンの一つ GSDMD を直接活性化する化合物により、ガンにピロトーシスを誘導する開発の研究で、9月6日 Cell にオンライン掲載された。タイトルは「Small-molecule GSDMD agonism in tumors stimulates antitumor immunity without toxicity(小分子化合物による GSDMD 活性化は毒性なしにガン免疫を刺激する)」だ。

我々は6種類のガスデルミン分子を持っているが、最もよく研究されているのは GSDMD で、特に細菌感染時にピロトーシスを誘導して、免疫を高めることが知られている。このとき、汗腺刺激でインフラマゾームが形成され、これが GSDMD 分子の一部を切り出すことで、自己抑制が外れて細胞膜に孔を形成するよう分子の集合が起こり、その孔を通って細胞内から炎症物質や抗原が流出する。

この研究では GSDMD を切断することなく抑制を外して孔を形成させる分子を探索、GLP-1 受容体活性化分子として知られていた 6,7-dichloro-2-methylsulfonyl-3-N-tertbutylaminoquinoxaline (DMB) を特定する。

この分子は GSDMD の191番目のシスティンに結合することで GSDMD を活性化し、タンパク質の切断なしに細胞膜に穴を開けることを確認する。

あとは、この作用がガン抑制に使えるか、GSDMD を発現している乳ガン株を移植する実験系を用いて調べている。驚くのは、DMB 注射だけで効果があることで、腹腔内注射によりガン増殖を抑制することができる。この抑制には免疫システムが必須で、DMB 投与により腫瘍局所へのキラーT細胞やNK細胞の浸潤が認められる。また、腫瘍から GSDMD 遺伝子を除くと、この効果は消える。

さらに、少ない量の DMB 投与をチェックポイント治療と組み合わせると、それぞれの単独投与がほとんど効かないガンでも抑制することができる。面白いのは、ガン細胞を試験管内で DMB 処理したあと、ガン細胞で免役すると、ガンワクチンのようにガンに対する免疫反応を誘導できる。

一方、副作用だが、この量の腹腔投与ではサイトカインストームなどは起こらないと結論している。

結果は以上で、メカニズムがわかったので、化合物の方をさらに設計し直すことで、より高い活性を持つ化合物へと発展させられるだろう。その過程で、GLP-1 アゴニストの作用も除去できるかもしれない。その上で、患者さんを用いた治験に進むことになるが、これにはまだまだクリアすべき問題がある。

もともと GSDMD が発現している方が予後がいいガンもあるが、多くのガンは GSDMD が高いと予後が悪い。おそらく炎症をガンが味方に引き寄せている可能性がある。従って、このような何もしないと予後が悪く、GSDMD を高発現しているガンを用いて、より強いピロトーシスの誘導がガン免疫を高めることを示すのが重要だと思う。これが可能なら、利用できるガンは多い。

次に副作用がないとしているが、全身投与よりは局所投与の方が良さそうに思える。おそらくネオアジュバントチェックポイント治療の機会に、まず局所投与によるピロトーシス誘導、免疫増強のあと、切除というプロトコルが一番良さそうな気がする。いずれにせよ、直接ピロトーシスを誘導できるこの化合物は、ピロトーシスの生理活性を調べる意味で重要なことは言うまでもない。

カテゴリ:論文ウォッチ

9月8日 アミラーゼ遺伝子から探る農耕の歴史(9月4日 Nature オンライン掲載論文)

2024年9月8日
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最初の農耕はメソポタミアからエジプトにかけての中東で1万年ぐらい前に始まったとされている。このときの穀物は麦だったが、米は中国、トウモロコシはアメリカ、そしてヤムイモはサハラ以南のアフリカ、と、独立してその風土に合った作物の栽培が行われた。そして、この農耕の歴史はデンプンの消化に関与するアミラーゼ遺伝子の進化を促す選択圧として働いたことも知られている。

今日紹介するカリフォルニア大学バークレー校とテネシー大学からの論文は、これま重複が多いために人類学的なゲノム研究が進んでいなかったアミラーゼ遺伝子領域の多様性を定義し、その進化と農耕の歴史を重ね合わそうとした研究で、9月4日 Nature にオンライン掲載された。タイトルは「Recurrent evolution and selection shape structural diversity at the amylase locus(アミラーゼ遺伝子領域の多様性は、繰り返す進化と選択で形成された)」だ。

我々は3種類のアミラーゼ遺伝子を保有しており、AMY2A と AMY2B は膵臓で、AMY1 は唾液腺で発現している。ゲノム研究から、それぞれの領域で重複による遺伝子増幅が起こっており、特に AMY1 では染色体あたり1個から9個まで大きな多様性があることが知られていた。ただ民俗学的、歴史学的に遺伝子の多様化を調べるためには、重複数だけでは全く不十分で、多様化した遺伝子型を正確に定義することが必要になる。ところが、重複や欠損、さらに逆位が起こっているような場所で正確な遺伝子型を決めるのは、通常用いられる短い配列を解析するゲノム解析方法では難しい。

この研究ではまず世界中から集めた4292人のゲノム解析データから、ザクッとした多様性を定義した上で、長いストレッチを解読したロングリード・データベースを用いてこの領域を詳しく分類し、3種類のアミラーゼ遺伝子領域の遺伝子型を28種類に分類し、それぞれの遺伝子型が一つの共通祖先から進化してきた過程を定義することに成功している。これまでの研究では、このうち2型だけが完全に解読されていた。

ただ人類学、特に古代ゲノム解析で、ロングリードデータを得ることは不可能で、ショートリードでもこれらの多型を定義する必要がある。そこで多型と強く連鎖する領域を利用する ”haplotype deconvolution” と呼ぶ方法を開発して、ショートリードでそれぞれの遺伝子型を解読できるようにしている。

以上の解析から、

  • 特に AMY1 領域では、それぞれの民族独自に重複や欠損が繰り返され、現在の遺伝子型ができていること、
  • 農耕ネアンデルタール人やデニソーワ人ではこのような多型は存在せず、また古代ゲノムを調べるとホモサピエンスでも青銅器時代が始まるまでは重複による遺伝子コピーの数は少ないこと、
  • 農耕がはじまる 12000-9000 で特定の多型が強く選択されていること、
  • これをヨーロッパでの農耕の歴史と重ね合わせることができること、

などが示されている。

面白いのは重複によるコピー数の増加と欠損が頻発している点で、重複構造による変異頻度の増加(実際他の領域と比べると、なんと1万倍の変異頻度がある)が背景にあるが、しかし唾液中のアミラーゼ遺伝子がデンプンを処理するというメリットに加えて、今度はその結果虫歯が増えて生存優位性が失われるという複雑な選択構造になっているからではないだろうか。

いずれにせよ、各地域の農耕の歴史と、それぞれの多型をさらに詳しく調べることで、農耕という人間にとって重要な歴史を読み解くことができると思う。

カテゴリ:論文ウォッチ

9月7日 生きたマウスの皮膚を透明にして内臓を観察できる(9月6日 Science 掲載論文)

2024年9月7日
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動物の組織を生きたま観察したいという要求に応えるため、ハード、ソフト併せて様々な技術が開発され、脳の光遺伝学的観察に始まり、体内に内視鏡を設置する方法で腸管のクリプトを経時的に観察する研究まで、その進展には目を見張る。

今日紹介するスタンフォード大学からの論文は、内視鏡設置のような侵襲的な方法ではなく、皮膚を透明にして例えば腸の動きを直接観察する方法の開発で、9月6日号 Science に掲載された。タイトルは「Achieving optical transparency in live animals with absorbing molecules(光吸収分子を用いて生きた動物で組織を透明にできる)」だ。

死んだ組織を透明にする技術はクリアリングと呼ばれ、例えば光遺伝学の創始者ダイセロスらが開発したアクリルアミドを用いたハイドロゲル形成によるクラリティーは、よく知られている。しかし、これらの方法はタンパク質の構造を保持したまま、光の透過を妨げる成分を洗い流すことが必要で、当然生きた組織には適用できない。

なぜこの発見に至ったのかが書かれていないが、この研究では食品を黄色く着色させるために広く用いられるタートラジンを水に溶かして皮膚に塗ると、皮膚に赤っぽい色は着くが透明になることを発見する。

タートラジンが着色料として使われるのは、600nm前後の波長を持つ青い光を強く吸収し、それより大きい波長の光を反射するからで、その結果黄色から赤色に着色できる。では、なぜこの色素がマウスの皮膚を内臓が見えるほど透明にできるのかが問題だが、この物理学は私の理解を超えており、ほとんど割愛する。

要するに、波長400nm前後で急速に光を吸収する能力のある色素は、400nm以上の波長の光については散乱を押さえて、透明度を上げるということを、カオス理論ローレンツ方程式を用いて示している。その上で、タートラジンだけでなく、同じような特徴を持つ様々な有機化合物が存在すること、また理論的に同じような挙動が近紫外線領域の波長を吸収する化合物についても予測で来ることを示し、皮膚に塗布すると生きたままマウスの腹部臓器の動きを直接見ることができることを示している。

百聞は一見に如かずなので、括弧内のURL(https://www.science.org/doi/10.1126/science.adm6869)をクリックしていただいて、実際に肝臓や腸が皮膚を通して見ることができることを自分の目で確かめてほしい。

この方法の使い道を示すため、後ろ足の筋肉の蛍光像を、筋繊維の構造レベルまで生きたまま観察し、筋肉運動をモニターできること、そして蛍光ラベルした腸の神経ネットワークをモニターしながら腸の蠕動運動の方向性や大きさをモニターできることも示している。

結果は以上で、理論的考察を行い、同じような特徴を持つ化合物をリストしており、今後組織や観察する光の波長ごとの生体透明化技術が可能であることを示している。おそらくそれぞれの分野でさまざまな使い道が構想できると思うが、面白い。

もし人間でもこんなことが可能になれば、腹の探り合いも無くなるだろうし、ぜひ政治家の腹の中も見てみたい。

カテゴリ:論文ウォッチ

9月6日 精密な機能的fMRIが明らかにした「うつ」になりやすい脳構造(9月4日 Nature オンライン掲載論文)

2024年9月6日
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光学顕微鏡解像度は原理的限界に近づいていると言われたが、光プローブや解析技術によって高解像度顕微鏡が開発され、この限界は見事に破られた。同じように、脳イメージング技術も大きく進展している。

fMRI は現在は帰国して東北福祉大学におられる小川誠二先生によって開発された MRI 手法で、この方法なしに人間の脳機能の研究の今はなかったと言っていい。ただ、個人レベルの計測ではどうしてもノイズが大きく、例えば同じ人の脳の変化を追跡することは簡単でなかった。この問題を解決するため、複数のエコータムを用いて脳の信号を同時的に収集し、ノイズを軽減するマルチエコー fMRI が開発され、脳活動の正確なマッピングが可能になった。

今日紹介するコーネル大学からの論文は、6人のうつ病患者さんのマルチエコー fMRI (mfMRI) を病気の様々なステージで撮影して、うつ病に特徴的な mfMRI 画像を特定した素人の私でも画期的と思える研究で、9月4日 Nature にオンライン掲載された。タイトルは「Frontostriatal salience network expansion in individuals in depression(前頭線条体サリエンスネットワークはうつ病の個人で拡大している)」だ。

研究ではまず mfMRI を用いた安静時脳活動のイメージングから、正常と比べうつ病の患者さんではサイリエンスネットワークと呼ばれる刺激の意義や重要性(サリエンス)を判断して他のネットワーク活動を調整する前頭帯状皮質及び前頭島皮質が、著明に拡大していることを発見している。

人数が少ないので本当か調べる意味で、これまでのシングルエコー fMRI についても検討し直し、うつ病の最大の特徴が、サリエンスネットワークの拡大であることを確認している。

次にサリエンスネットワークの拡大がどのように起こっているのかを調べる目的で、他のネットワークとの関係を調べ、サリエンスネットワークがデフォルトモードネットワークや前頭頭頂ネットワークへと進出し、境界がシフトしていることを発見する。

次がこの研究の最も重要なハイライトになるが、同じ患者さんを症状が異なる時期に調べると、症状とは無関係にサリエンスネットワークが拡大しており、この拡大を単純なデコーダーを用いることで、うつ病診断に用いることができることを示している。さらに、少年時期からのコホート研究で12-3歳で mfMRI を撮影し、その後うつ病を発症したケースでは、うつ病発症前からサリエンスネットワークが拡大していることを発見する。すなわち、遺伝的要因を含め、発達途上でうつ病になりやすい脳が形成されていることがわかり、mfMRI で予測することができることが示された。

そして極めつけは、サリエンスネットワークの機能的結合性を調べて、無気力と前頭帯状皮質ネットワーク、不安症と前頭島皮質ネットワークの結合性が強く相関していることを示している。

以上が主な結果で、うつ病になりやすい脳構造内の結合性の変化により、うつ病が発症するという基本が示された。例えば、うつ病に効く幻覚剤はデフォルトモードネットワークを高めることが知られているが、この結果も新しい目で見ることができるだろう。うつ病の理解の新しい始まりになると待している。

カテゴリ:論文ウォッチ

9月5日 コリネバクテリウムの分裂様式(9月3日 米国アカデミー紀要オンライン掲載論文)

2024年9月5日
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医学を学んでいても、感染症になると症状や治療のことばかりが頭にあって、バクテリア本体についてはほとんど知らないことが多い。その意味でコロナパンデミックの2年間はウイルス自体について本当によく勉強できたと思う。ただ、これは例外的ケースで、たまに細菌を直接調べた論文を読むと、驚かされることが多い。

今日紹介するオランダライデン大学とハーバード大学からの論文は、口内の常在菌で歯周プラーク内に存在する Corynebacterium matruchotii (C.m) の分裂の不思議な様式を示した研究で、9月3日米国アカデミー紀要に掲載された。タイトルは「Tip extension and simultaneous multiple fission in a filamentous bacterium(糸状細菌で見られる先端の伸長と同時に複数の箇所で起こる分裂)」だ。

細菌なのに菌糸を伸ばし、胞子まで作ることで知られるのは、多くの抗生物質が分離されている放線菌がいることは知っていても、細菌というと大腸菌と同じように真ん中で等分されるイメージが強すぎる。

C.m は健康な口内細菌叢の指標として使われたりするが、歯周プラークを見ると重要な構成成分になっており、バイオフィルム形成に重要な役割があるのではと推察されていた。この研究では、C,m の分裂をビデオ撮影することで、通常の分裂をする代わりに、まず菌体が一方向に伸び、その中に境で隔てられた娘細胞が形成され、7時間ぐらいすると菌糸が隔壁部位で同時に分断して、それぞれの娘細胞に分かれることを発見する。

この発見がこの研究のハイライトで、プラーク内の細菌として研究されてきたはずなのに、こんなことがわかっていなかったのかと驚く。いくつの娘細胞が一つの菌糸の中に形成されるのか、等分裂はできないのかなど、詳しく分裂様式を調べると極めて多様な分裂形式をとることがわかる。

細胞壁の合成に関わる様々な分子を染める方法を用いてこの不思議な様態を解析すると、菌体伸長に必須のペプチドグリカンが菌体の片方だけに局在し、この合成の局在が菌体の伸長方向を決めていることがわかる。

そして、菌体が伸長したあとプロテオグリカン合成は娘細胞を分けるための隔壁部位に局在し、隔壁を作ると急に機械的なストレスで、くの字型に折れ曲がるように多くの娘細胞が分かれてくることを示している。バクテリアのゲノムはこの間、均一に分配されているように見えるが、分配できていない娘細胞も存在することがわかる。

最後に、試験管内実験系で他の細菌とともにプラークを形成させると、C.m が主役として、プラークの核を形成し、それぞれの細菌が別々の場所に分布することを示し、この細菌が重要であることを示している。

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9月4日 全く初耳の DNA 修飾フォルミル化は発生初期に機能する(8月29日 Cell オンライン掲載論文)

2024年9月4日
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『5-Formylcytosine is an activating epigenetic mark for RNA Pol III during zygotic reprogramming(5-フォルミルシトシンは胚のリプログラミング時に RNA Pol III を活性化するエピジェネティック標識として働く)』とタイトルを見て驚いた。ゲノムのシトシンメチル化、あるいはハイドロオキシメチル化は知っていても、フォルミル化とは初耳だった。

早速調べてみるとメチル化されたシトシンがまず Tet により酸化されてハイドロオキシメチルになるが、これがさらに酸化されるとフォルミルシトシンになる。すなわち、メチル化を外す Tet の作用で出てくる中間体で、最終的には thymine DNA glycosylase により修飾を受けないシトシンに戻す過程で発生する。

今日紹介するマインツにある分子生物学研究所からの論文は、このフォルミル化シトシン (5fC) が、単純にシトシンからメチル基を外す過程のバイプロダクトではなく、初期発生で母親からの RNA から、胚由来の RNA へと変化する胚ゲノム活性化過程で、RNA polymerase III 特異的な転写活性化標識として働いているという研究で、私にとっては全く新しい話だった。論文は8月29日 Cell にオンライン掲載された。

この研究ではアフリカツメガエルの初期発生時期に 5fC の出現を質量分析器で調べ、メチル化が進む時期で胚ゲノムの転写が始まる時期に急速に上昇し、神経胚期になると消失することを発見する。また、5fC を認識する抗体を用いて胚を染色すると、このことが確認されるだけでなく、5fC が主に傍核小体コンパートメントと呼ばれる、tRNA や rRNA の転写が起こる特別な構造に局在、さらにこれらの転写に関わる RNAポリメラーゼIII (PolIII) の局在とオーバーラップすることを発見する。

そこで メチル化DNA、ハイドロオキシメチル化DNA、そして 5fC をそれぞれ免疫沈降すると、Pol III はほとんど 5fC だけと共沈することから、Pol III により転写されている場所を指示する標識になっていることがわかる。

Pol III は tRNA や 5S rRNA など小さな RNA の転写に関わることが知られているが、どのゲノム領域がフォルミル化され Pol III 作用の標識になっているのか、フォルミル化された領域を抗体で精製した調べると、tRNA が並んでい短い領域が集中してフォルミル化されており、DNA修飾ではまだメチル化されているものの、ヒストン標識ではすでにオープンになっている領域であることがわかった。

あとは、フォルミル化に Tet2/3 が必須であり、これがないと tRNA の転写が起こらないこと、逆にフォルミル基を除去する thymine DNA glycosylase が存在すると、同じように tRNA の転写が低下することを示している。

以上のことから、発生初期元々 DNAメチル化により転写が抑えられているとき、母親の mRNA から胚自体の mRNA へのスイッチが起こり、このとき Tet が発現しメチル基を除去しにかかるが、thymine DNA glycosylaseの発現がまだ起こらないため、メチル基が完全除去に進まないギャップ時期に、特に翻訳に必須の Pol III による tRNA の転写を急いで進めるための特異的な機構として進化したといえる。

最後にマウスの初期発生でも Pol III と5fC の局在が一致することを示して、この現象がアフリカツメガエルだけではなく、哺乳動物でも存在すると結論している。

我々の身体は本当にうまくできている。

カテゴリ:論文ウォッチ

9月3日 抗原刺激による非対称分裂による運命決定(8月28日 Nature 掲載論文)

2024年9月3日
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免疫反応の抗原から増殖まで、完全にコントロール可能なガン免疫治療として大きな期待が集まっているCART治療だが、なかなか使用が拡大しない。すなわち、抗原刺激の入り口だけをコントロールできても、まだまだ多くの道の要因が存在してT細胞をコントロールしきれないことを意味している。

今日紹介する米国ペンシルバニア大学からの論文は、CARTが抗原に出会って最初に分裂したときに発生する細胞運命の非対称性に注目した研究で、8月28日 Nature にオンライン掲載された。タイトルは「Fate induction in CD8 CAR T cells through asymmetric cell division(CD8CART細胞は非対称分裂により運命が決定される)」だ。

この研究以前も細胞分裂時の娘細胞の観察からT細胞が刺激されたとき、例えば Mycタンパク質の非対称分布が起こることが知られていた。この研究ではこのような単一細胞レベルの研究を、細胞集団レベルに引き上げる目的で、LIPSTC と呼ばれるロックフェラー大学で開発されたシステムを利用している。

LIPSTIC は標的分子に結合させた酵素を用いて、標的と結合した分子を標識するシステムで、CART の場合ガン細胞抗原に酵素を結合させ、それと結合したキメラ抗原受容体に蛍光標識を結合させている。このガン細胞による刺激(免疫シナプスと呼ばれ、このシナプスを起点に非対称分裂が起こる)のあと細胞が分裂すると、ガン細胞と結合した側と反対側の細胞を、蛍光標識の分布で区別することができる。

この方法で、ガン側、反対側の細胞の機能や分子発現を調べ、

  • 機能的には、ガン側は代謝的にも活性化されキラーとして機能し、そのまま運命が決定され、最終的に消耗する。一方、反対側細胞はメモリー細胞として機能し、次の刺激で同じように非対称分裂を起こす。
  • ガン移植モデルでそれぞれのキラー活性を調べると、反対側細胞は長期間マウス内で維持され、持続的なキラー活性を発揮するが、ガン側細胞は最初効果はあっても長続きしない。
  • Single cell RNA sequencing を行い、遺伝子発現をそれぞれの細胞で調べると、ガン側と反対側で転写因子の発現、細胞表面分子の発現ではっきりと分かれており、それぞれの発現は非対称分裂時に非対称に分布した分子と非対称分裂の結果転写自体が変化して発現パターンが異なった転写因子の両方が存在する。
  • これら発現レベルで変化する転写因子は、分裂後にそれぞれのタイプに収束していくこと、そしてこの結果として、反対側は IL7R を発現したメモリー細胞へ、ガン側細胞はMycを発現し代謝が高まったエフェクター細胞へと運命決定される。面白いのは、このときの運命決定が、あとで抗原刺激を受けても維持されることで、CART の樹立時の条件のヒントを与えてくれる。
  • メモリーへの運命決定を左右する分子として IKZF1 が特定され、IKZF1 をノックアウトすることで反対側細胞への運命決定が可能であることを示している。

免疫シナプス、非対称分裂という意味で特に新しいわけではないが、CARTを用い、しかも集団レベルの解析に引き上げたことで、CARTを完全にするための重要な方法として、今後役立つと期待できる。

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9月2日 末梢神経の痛みをモルフィネが軽減するメカニズム(8月30日Science掲載論文)

2024年9月2日
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今少し口内炎で食べたり話したりすると痛みを伴う。なんとか抑えようといろいろやっているが、結局は原因がなくなるまで完全に解放されることはないだろう。実際、痛いとジタバタするのは人間だけで、野生の動物にとって痛みは、原因から逃れるための信号であっても、痛み自身はアクションの対象にならない。人間だけが、痛み自体を対象として、そこから解放されようと様々な努力を重ねてきた。その結果様々なメカニズムの鎮痛薬が開発されたが、古代メソポタミアですでに使われていたことが知られているアヘン由来の成分モルフィンは5000年を超えた今も鎮痛剤の主役を演じ、逆に使いすぎによる中毒問題を引き起こしている。

これほど長い歴史を持つ薬剤だが、モルフィンが鎮痛作用を発揮するメカニズムについては以外とわかっていない。今日紹介するスウェーデンカロリンスか研究所からの論文は、マウスを機械的あるいは熱で刺激したときの痛みを、モルフィンが抑える過程を解析した現在の神経科学の粋を集めた研究で、8月30日号 Science に掲載された。タイトルは「Morphine-responsive neurons that regulate mechanical antinociception(機械的刺激に対する鎮痛作用を調節するモルフィンに反応性の神経細胞)」だ。

モルフィンの鎮痛作用の研究が難しいのは、モルフィン受容体が、興奮、抑制を問わず多くの神経細胞で発現しており、モルフィン刺激自体多彩な効果があるため、鎮痛作用だけを取り出して研究するのが難しいからだ。

この研究では TRAP 法と呼ばれる、一度興奮した神経を標識したり、操作したりする方法を用いて、末梢の刺激に対する鎮痛作用に関わる神経細胞が存在することが知られている吻側前帯状皮質の神経を特異的に刺激すると、痛みを抑えることが確認される。

このときモルフィンに反応する細胞を single cell RNA sequencing (scRNAseq) で調べると、興奮神経から抑制神経まで多くの細胞がモルフィン受容体を発現しているが、脊髄への投射と刺激により、痛みを抑える性質をベースに鎮痛作用に関わる神経を特定すると、最終的に BDNF を発現するグルタミン作動性の興奮神経が特定された。

これまで、モルフィンに反応して様々な神経の オン・オフ バランスで鎮痛作用が発揮されるという考えもあったが、最終的に吻側前帯状皮質由来の一本のルートに特定できたのは大きな前進だ。この神経を興奮させると、BDNF が分泌され、それを受ける末梢神経の閾値を変化させて鎮痛作用を発揮すると考えられる。実際、BDNF をノックアウトすると、鎮痛作用は完全になくなる。

刺激により脊髄内で末梢神経と相互作用する時、痛みを抑えるので、刺激がリレーされる神経細胞は、抑制性神経と考えられる。そこで、single cell RNA sequencing データベースから最も適した脊髄抑制性神経を探索し、galanin 発現の抑制性神経がこの刺激をリレーして末梢の感覚細胞の興奮閾値を下げることを明らかにしている。

かなり省略して紹介したが、最初に述べたように神経科学の粋を集めてこの回路を特定している。これまで吻側前帯状皮質を刺激することで痛みが抑えられることは知られていたが、今後より末梢で、この特定の回路の活性を上げることで、モルフィネに頼らない鎮痛作用を実現できる可能性がある。期待したい。

カテゴリ:論文ウォッチ

9月1日 アルツハイマー病の軌跡(8月28日 Nature オンライン掲載論文)

2024年9月1日
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昨日に続いてアルツハイマー病 (AD) 論文を紹介する。今日紹介するイスラエルヘブライ大学と米国コロンビア大学からの論文は、亡くなった AD患者さんの465例の脳標本から核を単一レベルで取り出し、単一核毎に発現 RNA を解析して AD への軌跡を明らかにしようとした研究で、8月28日 Nature にオンライン掲載された。タイトルは「Cellular communities reveal trajectories of brain ageing and Alzheimer’s disease(細胞コミュニティーにより脳老化とアルツハイマー病への軌跡が明らかになる)」だ。

AD標本の single nucleus sequencing (snRNAseq) についてはおそらく何編も論文が発表されていると思う。ただ、ほとんどの場合アルツハイマー病でどの細胞集団が上がっているといった結果を提出するので終わっている。一方、この研究では snRNAseq データをまず AD の時間経過と対応させたあと、今度は一人一人のデータをこの軌跡に重ねることができる解析方法を開発し、AD の病気の経過を再定義しようとする研究で、AD への軌跡を求めるという意味で包括的で新しい。

まず456人のコホート参加者の single nucleus 160万個を解析し、95種類の細胞集団に分けている。456人という大きな数だが、各個人では大体3000個の核に相当する。参加時点では全員認知症状はないが、64%が死亡後の組織検査で AD と診断され、そのうち36%は AD型認知症、そして26%が軽度認知症と死亡時には診断されている。

まず95種類の集団を AD のステージに改めて分類し直し、アミロイドβ 蓄積、異常Tau 出現、そして認知症状へと進む過程を、2種類のミクログリアと、1種類のアストロサイト、そして1種類のオリゴデンドロサイトで AD の軌跡を定義することができることを示している。すなわち、アミロイド蓄積が始まる前からミクログリア1が働き、蓄積が始まるとミクログリア2が上昇、その後異常Tau がたまり始めると、アストロサイト1が上昇、最後にオリゴデンドロサイト1が上昇すると認知症が始まるという軌跡だ。

一方 AD と診断されなかった集団には、認知症と診断されていてもこの3種類の細胞が中心となる軌跡は全く見られない。すなわち、老化に伴う2種類の軌跡があり、そのうちの一つが AD の軌跡で、この AD経路はこれまで研究されてきた AD の分子機構ともほぼ一致するという結果だ。

これは AD とそれ以外を層別化した結果だが、これらの軌跡をベースに個人レベルの single nucleus データを重ねる BEYOND という解析システムを開発し、2種類の軌跡の上に個人データをプロットできるようにしている。その結果、最初は脳のホメオスターシスを維持する細胞コミュニティーが老化とともに低下し始めるが、ここで APOEタイプに影響を受ける脂肪をためたミクログリア1へとスイッチすると、アミロイドの蓄積を防げなくなり、アミロイドがたまり始めるという、それぞれキーになる細胞の機能的側面も推定できるようになる。他にもミクログリア2が上昇すると、Tau とは無関係にアストロサイトが高まり、認知症へと進むことなども想定できる。

結果は以上で、今後はこの軌跡をもっと大規模な個人データで調べ直すのと、それぞれの機能を別々に変化させうる治療方法の開発で、ミクログリアを標的にする治療開発を行っている人たちには重要な情報になると思う。

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