昨日に続いて今日も摂食に関わる神経回路について同じ研究室から発表された論文を紹介するが、今回は古くから研究されているレプチンにより刺激される回路の話だ。ただその前に勝手な進化の話を述べておく。
脊椎動物のなかの無顎類と有顎類の違いについての与太話の一つは、顎が生まれて堅いものも食べられるようになると、食べ物のレパートリーも増えて、よりおいしいものを求めて脳が発達する。ただ、食べるものが複雑化してリスクも増えるので免疫系が発達するという話だ。これに加えて今日は、おいしいものを食べられるようになること自体が身体へのリスクとなるので、レプチン、Agouti-related peptide (AGRP) 、そしてmelanocortin (MC) などの摂食を調節する分子サーキットが有顎類から生まれたという話になる。ただ、レプチンシステムが本当に有顎類から見られるのかは調べていないのであしからず。
さて、レプチンは遺伝的肥満マウス ob/ob で欠損する原因遺伝子として Friedman らにより遺伝子クローニングされた分子で、脂肪細胞から分泌されるアディポカインの一つだ。この研究をきっかけに、柳沢さんのオレキシンや、今はやりの GLP-1 など摂食に関わるホルモンの研究分野が広がったといえ、当然ノーベル賞候補だと思う。
今日紹介するのも昨日と同じロックフェラー医科大学、leptin の遺伝子クローニングを行った Friedman 研究所からの論文で、今度はレプチン反応性の新しい神経回路を特定した研究だ。Friedman がこの分野を今もリードしていることを示している。タイトルは「Leptin-activated hypothalamic BNC2 neurons acutely suppress food intake(レプチンにより活性化される視床下部 BNC2 神経は接触を急性に抑制する)」だ。
これまで、レプチンは MC を分泌して食欲を抑制する神経と、AGRP を分泌して食欲を高める神経の両方に作用して食欲を調節していることが知られていた。通常レプチンは MC 神経を刺激し食欲を抑制するとともに、MC の作用に拮抗する MGRP 神経をさらに抑えることで摂食行動を調節、カロリーバランスを保っている。当然レプチンが欠損すると、抑制が外れ肥満になる。
この研究では、これら2種類の経路以外にレプチン反応性の経路が存在するのではと考え、視床下部弓状核の single cell RNA sequencing 解析で、これまで記載されていない basonuclin 2 (BCN2) をレプチン受容体とともに発現する新しいレプチン反応精神系を発見する。(余談になるが、AGRP も MC も色素細胞機能にも関わるが、新しく発見された神経のマーカー、basonuclin 2 もメラニンレベルを調節する転写因子で、この因縁めいたメラノサイトとの関係を考えると、レプチン系は脳幹に存在し神経堤とは関係ないように思えるが、意外と有顎類で発生する神経堤細胞により構成されるのかもしれない)。
次に BCN2 陽性のレプチン反応性神経の機能を、この神経特異的に興奮・抑制を調節できるマウスを用いて調べると、それまでの経験から判断される食べ物の価値に応じて反応が高まり、興奮により20分ぐらいは食欲を抑える働きがある。言い換えると、食の価値に応じて興奮し、一定期間食べ過ぎを抑えることにつながる。そして昨日紹介した BDNF 反応神経のように、反射行動ではなく、食の価値をしっかり判断し、それに応じて接触を抑えることに関わっている。従って、食べ物以外には全く反応しない。また、食べ物がなくなると、全く興奮はなくなる。そして、この神経集団特異的にレプチン受容体をノックアウトすると、接触の抑制が効かず肥満になり、おそらくレプチン欠損の肥満原因の大きな要因を占めると考えられる。
さらに、メカニズムは明確ではないが、興奮するとインシュリン感受性を高め、血糖を下げる効果があるので、代謝を整える働きがある。
以上が結果で、これまで知られなかった新しいレプチン反応性神経の発見により、レプチン回路はより複雑になったが、これまでわからなかった現象の多くが説明できるようになった。また、この回路はGLP-1 とは全く無関係なので、BCN2 の機能も含め、今後も重要な肥満治療ターゲットになるだろう。
与太話に戻ると、顎ができ、賢くなって、外界からのリスクに対する免疫システムができたように、顎の発達した賢い動物が、喜びに任せて食べ過ぎて身を滅ぼすのを、無意識下で自然に抑制する回路を開発して有顎類は生き延びてきたといえる。ただ、人間になってこの回路はおいしいものでの強い欲求のため意識的に弱められ、その代わりにお薬でそれを補うという現象が起きているのかもしれない。