私たちの細胞は地球の自転に適応してほぼ24時間周期の概日リズムを刻んでおり、このメカニズムについてはよく研究されている。ただ、時計のように個体の事情とは独立に周期が刻まれると時差のような問題が起こるので、脳の場合日照時間、肝臓の場合摂食行動などで調整が効くようになっている。
今日紹介する米国・ペンシルバニア大学からの論文は、肝臓の概日周期が狂った時、脳にどのような影響が及ぶかを調べた研究で、11月8日号の Science に掲載された。タイトルは「Hepatic vagal afferents convey clock-dependent signals to regulate circadian food intake(肝臓の迷走神経求心路が概日周期依存的なシグナルを弓状核に伝えて摂食を調整する)」だ。
これまで脳の概日周期の変化を身体の細胞に伝えるという研究は見たことがあるが、肝臓の概日周期が脳の特に摂食行動に伝わるかという研究はあまりお目にかかっていない。この研究では、肝臓細胞で概日周期を調節している ERBα 、ERBβ をノックアウトしたマウスを作成し、まず摂食を調べると、摂食量が大きく上昇することを発見する。
ただ、肝臓の概日周期が変化しても、脳弓状核の概日周期が壊れるわけではなく、また先日紹介したレプチン反応性のホルモン、Agrp やメラノコルチンの発現も変化しない。ところが、もう一つのレプチン反応性神経の Pomc の発現が低下する。紹介したようにこの細胞は食べ過ぎを抑える神経で( https://aasj.jp/news/watch/25555 )、この発現が低下すると摂食が高まる。
面白いことに、脳の概日周期は維持されていても、肝臓から脳への迷走神経や、脳の弓状核の遺伝子発現は大きく変化している。このパターンから、迷走神経の変化を介して弓状核の変化が起こっている可能性が高いので、次に肝臓の迷走神経を外科的に切除して同じ実験を行うと、今度は摂食量の上昇を抑えることができる。また、遺伝子操作で肝臓から脳への求心神経だけを除去しても、同じように摂食を抑えることができる。
最後に、肝臓の概日周期を変化させることがわかっている高脂肪食を与えたマウスの摂食行動を調べると、やはり摂食量が上昇し、その結果体重も上昇するが、迷走神経切除で摂食行動を元に戻すことができる。
以上が結果で、要するに摂食という生きるためのリズムに合わせて脳を調整し、特に摂食を抑えるメカニズムを抑制することがわかった。残念ながら先日紹介した食に飛びつく運動を抑制する BDNF 経路( https://aasj.jp/news/watch/25547 )については調べられていないが、おそらく同じように抑制されているのではないだろうか。
食べ過ぎないように身体に合わせる仕組みがいかに重要かよくわかる研究だった。