今年の9月、医学部時代の同級の門眞一郞君のFaceBook で、学生時代京大精神科の助教授をされていた高木隆郎先生が亡くなられたことを知った。学生時代進路についていろいろ悩んでいた時期高木先生が主催されているユングの読書会に参加して、発達を考える精神医学に惹かれたこともある。ユーモアに富む率直な先生だったが、当時統合失調症などの精神疾患に遺伝性があると発言され、遺伝性を否定するグループから暴行を受けたという話を聞いたことがある。現代のゲノム研究から考えると今は昔の話だが、高木先生を思い出しながらゲノム研究半世紀の成果を実感した。
知能発達障害の場合、子孫を残す確率が低いことから例えば代謝病と比べて単純な遺伝形式で説明できない。最近では生殖細胞発生過程で発生した変異が病気発症に大きな働きをしていると考えられている。とすると、発達障害は遺伝性がないという結論になってしまうが明らかに存在する。おそらく、コモンバリアントの集まりが子供に伝わってレアバリアントと合わさって病気を作ると考えられるが、コモンバリアントの役割についてまだ研究が必要だ。
今日紹介する英国サンガー研究所からの論文は、親に異常がないのに子供が脳の発達障害になった1万人近い家族の GWAS を調べ、コモンバリアントが病気発症に関わるメカニズムを探った研究で、11月20日 Nature にオンライン掲載された。タイトルは「Examining the role of common variants in rare neurodevelopmental conditions(希な神経発達障害に関わるコモンバリアントの役割を調べる)」だ。
研究は徹底的にゲノム相関研究で、これまで蓄積された様々な性質に対するコモンバリアントを集合させたリスク係数が、病気を発症した家族と正常児家族で差があるかを調べている。
まず、polygenic score (PG) と呼ばれる係数と病気の発症を比べると、発症した家族では学業や認知機能と関わるコモンバリアントの PG は明確に低下している。リスクスコアが低いというのは直感に反するように思えるが、おそらくレアバリアントを持つ人は、コモンバリアントのリスクスコアが低くても、病気へのハードルを越えてしまうと考えられる。しかし、これだと子供に伝わるポジティブな遺伝性がないことになってしまう。
コモンバリアントは両親から伝わるので、両親から直接伝わったリスク要因を調べると、確かに学業や認知機能などの一般的な PG は低く、子供のデータと一致しているが、統合失調症や神経障害などに関わるリスクなどはかなり高いことがわかる。ここでは議論されていないが、おそらく遺伝性変異が起こりやすいリスクなど他にも遺伝性にかかわるコモンバリアントは存在するので、今後はこれらも含んだ検討が必要だと思う。
最後に、子供にはなくて親にだけ高い PG が存在するか調べている。これは、コモンバリアントリスクが高い親によって作られる環境が子供の発症を促す可能性を考えている。母数がさらに増えることで異なる結果になる可能性はあるが、例えば学業などに関わる PG はほとんど影響がない。すなわち、親のリスクバリアントが子供に間接的に関わる可能性はほとんどないことがわかった。
一方で、同じ性格や環境同士がペアになる確率が高いとされており、この結果が子供の発達異常に関わる可能性も指摘されている。これについては、一定の相関が認められるが、もちろん原因についてはさらに大規模研究が必要と思われる。
以上、高木先生が暴行を受けた時代と比べると、患者さんや家族の協力のもとこれほど詳しい発達障害のゲノム研究が進んでいることに感慨を覚える。