我々のゲノムの半分以上はトランスポゾンやレトロウイルスなどの役に立たないだろうという意味で、 JUNK という汚名を着せられた DNA でできている。ただ、これまで何回も紹介したように、トランスポゾンは様々な状況で役に立っている。最近紹介した例を挙げると、1)受精後の卵割期に LINE-1 トランスポゾンはクロマチンのアクセスをコントロールしており、この転写がないと発生が止まる(https://aasj.jp/news/watch/7308)、2)やはり初期発生でLINEはリボゾームRNAの転写を高めている(https://aasj.jp/news/watch/8669)、などだが、一方でトランスポゾンが転写されると自然炎症が誘導される(https://aasj.jp/news/watch/18549)ことから、リスクも伴う。
今日紹介するテキサス大学からの論文は、トランスポゾンが活性化されて誘導される炎症リスクまで味方につけるケースがあることを示した研究で、18月8日号の Science に掲載された。タイトルは「Retrotransposons are co-opted to activate hematopoietic stem cells and erythropoiesis(レトロトランスポゾンは造血幹細胞を活性化し赤血球を増やすのに利用されている)」だ。
Irv. Weissman 研の大学院生だった Sean Morrison が責任著者で、研究の流儀も Sean らしい感じがする論文だ。研究では造血でトランスポゾンが活性化される状況を調べ、なんと妊娠中の、しかも脾臓にある造血幹細胞で内因性のレトロウイルスや LINE トランスポゾンの発現が上昇することを発見する。一方、妊娠期以外の正常造血では発現は全く観察されない。
次に、妊娠中に上昇するエストロゲンをマウスに注射すると、造血幹細胞の増殖が上がり、それに伴いレトランスポゾンの転写が上昇する。従って、エストロジェン上昇による影響がトランスポゾン転写の重要な原因になっていることがわかる。
次に、なぜレトロトランスポゾンの転写が上がるのかをクロマチンの状態を調べる ATAC-seq で調べると、妊娠やエストロゲン処理でトランスポゾン領域のクロマチンがオープンになっている。
妊娠中やエストロゲン処理により造血幹細胞の増殖は高まるが、トランスポゾンの活性化が造血と関わるかを調べている。面白いのは、妊娠中の脾臓造血が、レトロウイルス治療に使われる逆転写酵素阻害剤で低下することだ。すなわち、トランスポゾンの転写自体ではなく、活性化されたレトロトランスポゾンが逆転写されることが、造血を助けていることになる。
当然考えられるのが逆転写されたDNA断片を感知して起こる炎症の関与で、DNAウイルスを感知する STING、cGAS それぞれをノックアウトして妊娠中の造血を調べると、脾臓での造血が低下する。この経路は、そのまま1型インターフェロンの産生へつながるが、実際 STING 欠損では脾臓造血でのインターフェロン産生が低下し、またインターフェロンαノックアウトマウスでは、妊娠中の脾臓造血が抑制される。