腸内細菌叢の研究というと便の細菌叢の現象学に限られていることが多いが、例えば草食動物と肉食動物では腸の長さや構造が違っており、これが細菌叢との相互作用に重要であることを考えると、腸を知らずして細菌叢について議論などできるはずがない。しかし、このようにホストと細菌叢を総合的にアプローチする研究グループはそう多くない。
今日紹介するBroad InstituteのXavier研究室からの論文は、まず腸の構成をしっかり見直した上で細菌叢の影響がどのようにホストに及ぶのかを調べるためのプラットフォームを構築した素晴らしい研究で、11月20日 Nature にオンライン掲載された。タイトルは「Spatially restricted immune and microbiotadriven adaptation of the gut(局所的に制限された免疫システムと細菌叢により誘導される腸の適応)」だ。
このグループの研究は何度も紹介してきたが、常にホストと細菌叢を統合的に考えるという点ではダントツのグループだと評価している。ただ、これまではホストと言いつつ一部の細胞にとどまっていた。この研究では、まず十二指腸から直腸まで、マウスの腸組織を高解像度で網羅的遺伝子発現解析を行い、腸の各領域を特徴付ける遺伝子を特定し、様々な外的要因による腸自体の変化を調べる基盤を作っている。
発生学、組織学で当然このような研究が進んでいてもいいはずだが、これほど包括的な解析はほとんど行われていなかったようで、実際示された遺伝子発現、また各領域の特異性だけでなく領域を超えて発現が見られる遺伝子などを詳しく調べることで、腸についての理解がまだまだ進展するような予感がする。
研究では、この領域を特徴付ける遺伝子発現が、概日周期や細菌叢によりどこまで変化するのか調べている。まず、我々の腸は概日周期に強く影響されるものの、ここで示された遺伝子発現パターンはほとんど影響を受けない。すなわち、腸各領域のアイデンティティーにつながる。
次に無菌マウスと SPF での遺伝子発現パターンを比べることで、細菌叢のホストの影響を調べている。驚くことに、ほとんどのアイデンティティー遺伝子発現は細菌叢が加わっても安定性を示している。これは当然で、だからこそあれほど多くの細菌をお腹の中に抱えても問題が起こらない。
それでもよく調べると細菌叢によって変化する遺伝子発現は確かにある。そして変化が見られるのはほぼ中腸部位に限られている。しかも変化する遺伝子は一部の転写因子の発現の変化によりコントロールされている。そして、腸の上皮細胞、線維芽細胞、ゴブレット細胞などを巻き込んだ変化が中腸部で起こっている。
このとき、ホストの細胞と細菌叢を媒介する細胞を免疫系の中に探すと、自然免疫リンパ球 ILC2 が、数は変化しないまま細菌叢により遺伝子発現が変化して IL-25 や IL-33 などを介してゴブレット細胞を中心に腸の細胞を細菌叢に適応させていることが明らかになった。
他にも炎症に対する抵抗性も含め極めて詳細な検討が行われているが、全て詳細は割愛した。要するに、腸の各部のアイデンティティーは安定に守られているが、中腸部では細菌叢に直接反応して適応する細胞のネットワークが存在することがわかる。まとめてしまうと結果は簡単に見えるが、これからまだまだ話が続く予感がする優れた研究だ。まず中腸部の発達期の変化は面白そうだし、迷走神経の関与も知りたい。いずれにせよ、土台ができるということが研究の進展にいかに大事かがよくわかる研究で、勉強した気分になる。