昨日紹介したように、多くのガンでは染色体外 DNA (ecDNA) と呼ばれる、プラスミドのような環状 DNA の形でガン遺伝子や、免疫抑制遺伝子が増幅し、ガンの増殖や免疫系からの回避を助けている。染色体外に存在することで、転写活性が強く、複製開始点を持って勝手に増殖することから、ガンの多様化を後押しすることで、悪性度を高め治療を困難にしている。
今日紹介するスタンフォード大学と Boundless Bio 社からの論文は、このやっかいな ecDNA を持つガンの弱点を見つけて治療する可能性についての研究で、11月7日同じ Nature にオンライン掲載された。タイトルは「Enhancing transcription–replication conflict targets ecDNA-positive cancers(転写と複製の競合を高めることで ecDNA 陽性のガンを治療する)」だ。
おそらく最初から ecDNA では、転写と複製が同時に進むことに DNA 損傷が起こりやすいという問題を見抜いた上での研究だと思う。片方は ecDNA 有り、片方はなしのほぼ同じガン細胞株を用いて転写を調べると、ecDNA 有りでは数倍の転写が遺伝子を超えて起こっているのがわかる。
次に1本鎖に開いている DNA を読み出すと、転写が激しい部位を中心に、やはり ecDNA 全体にわたって2本差がほどけていることがわかる。もちろん平行して ecDNA の複製も進行することから、当然転写と複製の衝突が予想される。このとき発生する DNA 複製ストレスを複製フォークに結合するタンパク質を指標に調べると、DNA ストレスが ecDNA 有りのガン細胞で高まっていること、さらに衝突の結果、DNA の複製スピードが ecDNA で抑制されていることを確認する。
このようなストレス下に複製が進むと DNA 切断が起こると予想されるが、実際その指標となる γH2AX ヒストンがストレスが起こっている ecDNA に集中して存在することを確認する。
以上、予想通りの結果が得られたので、ecDNA で DNA 損傷が起こりやすいという特徴を生かした ecDNA 有りのガンを抑制する方法を考案している。すなわち、DNA 損傷を残したまま細胞周期を進めることは細胞の破綻につながるので、損傷が検出されると、DNA 複製が正常に起こったかどうかを調べるチェックポイント分子により、細胞周期の進行を止め、修復を待って細胞周期を進める仕組みがある。
ecDNA 有りのガンでは DNA 損傷が多いため、この細胞周期チェックポイント分子への依存性が高いと考えられる。従って、この分子を阻害して細胞周期を進めることで、ecDNA なしのガンより細胞死を誘導しやすいと予想できる。
そこで、チェックポイント分子をノックアウトすると、2-3倍の増殖抑制がかかり、細胞死が誘導される。また、CHIR-124 と呼ばれるチェックポイント阻害剤を添加すると、ecDNA 有りの細胞では細胞死が誘導されやすいことを明らかにしている。
そこで、このチェックポイント阻害薬をベースに、経口投与可能でより特異的な BBI-2779 を開発し、ガンを移植したマウスへの投与実験を行い、ガンのドライバーに対する標的薬と一緒に投与することで、それぞれ単独では得られない強いガン抑制効果が見られることを示している。
結果は以上で、チェックポイント自体は全ての増殖細胞で必要なので、今後抗ガン剤として本当に有効かをさらに詳しく調べる必要があると思う。しかし、ecDNA という厄介者も、他の観点から細胞にとって足かせになる可能性が示され、新しい治療法の開発を期待したい。