アルツハイマー病 (AD) の腫瘍病理は異常Tauによるシナプス喪失、そして神経変性により形成されるとされているが、病理学的変化が起こるまでにシナプス伝達の低下や細胞内カルシウム制御異常が起こることも報告されている。
今日紹介する University College of London からの論文は、この問題に神経生理学的手法を用いてチャレンジした研究で、4月28日 Cell にオンライン掲載された。タイトルは「Alzheimer’s disease patient-derived high-molecular-weight tau impairs bursting in hippocampal neurons(アルツハイマー病患者さん由来の高分子量Tauは海馬神経細胞のバースト発火を低下させる)」だ。
読んでみるとこれまでこのような研究が行われなかったのかと思うくらい、シンプルな問題設定を行い、実験を行っている。即ち、ADの海馬神経の生理学的変化をクラスター電極で検出することから始めている。人間でもマウスでも海馬の神経細胞の活動を記録すると、一本のスパイクとして検出される興奮とともに、興奮がクラスターしてみられるバースト発火が見られる。
これをアミロイドβとTauの両方の異常が起こるマウスの脳で記録すると、特にバースト発火が低下していることがわかった。ここまで読んで、こんな実験が今まで行われていなかったのかと驚くが、気にしないで進むことにする。
バースト発火の低下がアミロイドβの異常か、Tauの異常か、を調べるため、それぞれ単独の異常が起こるマウスで調べると、Tauの異常が起こるマウスのみでバースト発火の低下が観察される。従って、Tauが神経内でバーストを抑える働きをしていると想像される。
そしてこの論文のハイライトになると思うが、このバースト発火の低下は、Tauの凝集が始まるよりずっと前に検出される点で、おそらくTauのリン酸化が始まる時期にすでに生理的変化として現れ、その後凝集によるシナプス喪失や神経変性に繋がっていくと考えられる。そして、この生理学的変化はCAV2.3カルシウムチャンネルの発現がTauにより低下させられる結果であることを明らかにしている。
そして、Tauが神経細胞のバースト発火を抑えることを直接示すため、神経生理学の極致と言える実験を行っている。即ち、マイクロピペットで様々な形のTauを細胞内に導入し、その神経のバースト発火を検出している。この結果、リン酸化を受けて多量体を形成し始めているが、まだ繊維状の凝集には至っていない可溶性の高分子Tauを細胞内に導入したときに、CAV2.3タンパク質の発現低下とそれに伴うバースト発火の低下が起こることを突き止めている。
結果は以上で、おそらくTauを細胞内に直接注射したあと、長時間神経活動を連続記録した研究は初めてではないだろうか。最近紹介したようにリン酸化Tauは早期からAD患者さんの血清に見られる。このように早くからリン酸化Tau、そしてその結果としての高分子Tauによるバースト発火の抑制が見られるとすると、ADでの認知障害は少なくとも生理的変化の段階と病理的変化の段階の2段階に分けて考える必要があるだろう。今後生理学的変化がADの症状や進行にどの程度関わるかなど、生理学的異常の意義を詳しく知る必要がある。特にCAV2.3の役割とADの関わりを解析することは重要だ。もし、この段階が明らかにシナプス喪失や神経変性と直接繋がっているなら、この時期を標的にすることでADの予防が可能になるかもしれない。