細胞系譜の追跡は発生学の重要なテーマで、これまで様々な方法が開発されてきた。追跡時間が長い場合は、分化や成長の跡も変化しない細胞の標識法が必要になる。そのため通常はゲノム上に起こった変異を利用して追跡に使っている。
今日紹介するバルセロナの科学技術研究所からの論文は、これまでの常識を覆し、エピジェネティックな変異も細胞系譜追跡のクローン標識に使えることを示した研究で、5月21日 Nature にオンライン掲載された。タイトルは「Clonal tracing with somatic epimutations reveals dynamics of blood ageing(体細胞のエピ変異は血液細胞の老化による変化を明らかにする)」だ。
この研究の結論は、「DNAのメチル化パターンも細胞クローンの長期間の標識として使えることを明らかにし、これを用いて老化に伴う血液のクローン増殖を正確に解析できる」とまとめられるが、この論文を読んでみて、結論よりも何よりも、single cell を解析する方法がここまで進歩し、いくつかを自由に組み合わせることができるのかという驚きの方が大きかった。
DNAメチル化パターンは様々な要因で変化するので、クローン標識に用いられないと考えるが、染色体として閉じたヘテロクロマチン領域は安定していることが知られている。この研究では、メチル化されると制限酵素で切断できない領域を利用して、少量のDNAでメチル化状態を特定できる部位を約450カ所選んで、の450カ所のメチル化のパターン(エピ変異)を細胞標識に用いられるか調べている。
これがクローン標識になることを示すためには、オーソドックスなゲノム変異に基づくクローン解析と組み合わせる必要がある。そこで、レンチウイルスにバーコード配列を導入し、これをクローン標識にし、ゲノム標識で特定できるクローンとエピ変異で特定できるクローンが一致していることを確認している。
もちろんエピ変異の中には、血液分化により変化したパターンも含まれる。例えばリンパ球と白血球ではメチル化パターンが異なる。実際、single cellエピ変異を調べると、一部は細胞分化とともに変化する変異が存在し、クローン標識としては役に立たない。しかし、血液の分化度を示す標識として用いることができることから、エピ変異を血液細胞分化の標識とクローンの標識として同時に使うことができる。予想通り、分化の標識として使えるエピ変異はオープンクロマチンの遺伝子プロモーター部分に存在し、クローンの標識に使うエピ変異はヘテロクロマチン部分に限局している。
このようにレンチウイルスを用いて遺伝子を導入する方法は人間には使えない。そこで、クローン増殖を誘導することが知られている150カ所のこれまでクローン増殖との関わりが知られている変異をsingle cellレベルで同時に増幅し、epi変異とともに解析する方法を開発し、ゲノム変異とエピ変異の一致について解析している。
結果、ゲノム変異により増殖したクローンはエピ変異パターンでも特定できることを示している。さらに、ゲノム変異は見つからなくても、エピ変異だけが見られるクローン増殖が存在することも明らかにし、エピ変異解析は特にクローン増殖解析に有効であることがわかる。
他にも、今度はsingle cellレベルでミトコンドリア遺伝子の変異を調べる方法と組み合わせて、それぞれはゲノム変異以上にクローン標識に使えることを示している。最後に、エピ変異パターンが血液分化とクローン解析を同時に行える利点を生かして、高齢者の血液を解析し、エピ変異が様々な分化度の幹細胞で起こったあと、長期間維持されること、また人間では50歳ぐらいからエピ変異が起こり始め、これが体内時計の代わりをすることを示している。
いずれにしても、エピ変異の解析方法を開発した上で、それをバーコード導入や、ゲノム変異、ミトコンドリア変異のsingle cellレベルの解析と自由に組み合わせて実験を進めているのを見ると、老兵はただただ目を見張る。