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5月7日 耳鳴りの存在を客観的に検出できるか?(4月30日 Science Translational Medicine 掲載論文)

2025年5月7日
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私も40代ぐらいから耳鳴りを感じるようになった。考えてみると、耳鳴りとは一種の幻覚で、存在しない音を脳内で感じていることになる。ただ、幻視が起こるこれは深刻な病気になるが、耳鳴りはあまり問題にされない。実際15%の人が耳鳴りを経験しているようだ。

感覚器を通さず音を感じるメカニズムは面白いが、幻覚は主観的な現象なので研究は簡単ではない。これまで耳鳴りが起こる過程についてはいくつか説が出されているが、excess central gain theory は最も有力な説になっている。この説では、何らかのきっかけで聴力が低下する(すなわち感覚インプットが低下する)と、聴覚野でゲインを代償的に上昇させる。その結果、脳内で生じるノイズが増幅され音として認識されるという考えだ。このゲインを上げる過程に扁桃体などを辺縁系の関与も示されている。

今日紹介するハーバード大学からの論文は、この excess central gain 説に基づいて、耳鳴りの存在を客観的に検出する方法の開発に取り組んだ面白い研究で、4月30日 Science Translational Medicine に掲載された。タイトルは「Objective autonomic signatures of tinnitus and sound sensitivity disorders(耳鳴りと音過敏症を示す客観的自立神経反応)」だ。

自覚的に耳鳴りを持つ人たちを集めて、質問形式の耳鳴りの程度を測定したあと、まず40Hzの音を徐々に音圧を上げて聞かせたとき、脳波の反応を記録して、音に対する反応を調べている。今回選ばれた被検者は正常の聴力を持つ人に限定されている。結果は期待通りで、耳鳴りを感じている人は正常人と比べると音に対する反応が強く、反応ゲインが上昇していることがわかる。ただ、この差は小さく、この反応の違いで耳鳴りがあるかどうかを予測することは難しい。

そこで、このゲインを上昇させていると考えられる自律神経システムをモニターすることで自覚的耳鳴りのスコアを反映する指標が見つかるのではと着想し、快適に感じる音から不快な音まで7種類の音を聞かせ、音の評価をさせるとともに、そのときの瞳孔の大きさを測定している。またもう一つの指標として、汗による皮膚の伝導度も測定している。

不快から快適まで、正常人も耳鳴りのある人も、音に対する評価は両者で変わりはない。しかし、瞳孔の大きさを調べると、どの音に対しても耳鳴りを持つ人は正常人より瞳孔が大きく開いていることがわかった。これと平行して、皮膚の伝導度も正常よりは低い傾向が見られ、自律神経の反応が広く変化していることを示唆するが、伝導度での両者の差は大きくない。

次に、この瞳孔の拡大率と耳鳴りの主観的評価指標が定量的関係を持つか調べているが、見事に定量的に相関していることがわかった。

これと平行して、顔の変化をビデオで撮影して音に対する反応を調べると、こちらも耳鳴りの自覚的程度と表情変化は相関し、耳鳴りのあるヒトは表情筋が強く抑制されていることを示している。

結果は以上で、耳鳴りを感じている人は音に対するゲインが上昇しているが、これを調節している自律神経系の反応をモニターすることで、自覚症状と高い相関を示す客観的指標が得られたという結果だ。一応この結果を excess central gain 説を指示する結果としているが、まだまだ現象論的すぎてメカニズムとは言いがたい。今後これを手がかりに神経回路を特定していく研究が必要だ。いずれにせよ、耳鳴りにも物理的原因があることを知って安心する。

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