ガン免疫の成立を単純化して考えると、「ガンが特異抗原を発現し、それに反応するCD8T細胞があれば十分ではないか」と思われるかもしれない。しかし現実はそう単純ではない。より効率的かつ持続的なガン免疫の誘導には、ガン細胞による直接刺激だけでなく、樹状細胞 (DC) の多様な関与が必要であることが明らかになっている。
さらに実際の腫瘍組織では、ガン細胞、DC、T細胞の三者間の相互作用にさまざまな要因が影響を及ぼし、免疫の成立から最終的なキラー反応の強度までを左右している。この複雑さが、例えば免疫チェックポイント治療において、著効を示す症例と全く効果が見られない症例との予測困難な差を生み出す要因となっている。
本日紹介するミシガン大学からの論文(2024年5月14日付でNatureにオンライン掲載)は、こうしたガン免疫における組織環境の複雑性を、DC内でのSTAT3とSTAT5という2つの転写因子の活性バランスに集約して捉え直すというユニークな視点を提示し、さらにこの知見に基づいた新たな治療法を開発した研究である。論文タイトルは「STAT5 and STAT3 balance shapes dendritic cell function and tumour immunity(STAT5とSTAT3のバランスが樹状細胞の機能と腫瘍免疫を決めている)」だ。
タイトルを見たとき、正直なところ「今さらSTAT5とSTAT3の話か」と感じた。ガン組織では多様なサイトカインが発現しており、それらの最終的なシグナル伝達経路としてSTAT5やSTAT3が関与していることは、既に広く知られている。また、免疫誘導にはSTAT5を活性化するシグナルがより重要であることも、これまでの研究で明らかにされてきた。
しかし本論文を読み進めていくうちに、この研究の意義が見えてきた。それは、ガン周囲組織の複雑な環境を、DCにおけるSTAT5/STAT3のバランスという一つの軸に還元し、そこから免疫の成立機構を再構成しようという試みである。
まず研究チームは、チェックポイント治療を受けた患者の組織を解析し、治療効果が認められた症例では、治療後のDCにおいてSTAT5の発現が優位であることをさまざまな方法で確認した。すなわち、チェックポイント治療の効果がDC内のSTAT5/STAT3バランスに反映される可能性を示唆している。
次にマウスを用いた実験系では、DCにおいてSTAT3を抑制すると、STAT5の上流にある受容体とJak2の結合が高まり、結果としてSTAT5の活性が上昇することを示した。これは、IL-6などのSTAT3を活性化するシグナルが強い場合、GM-CSFによって誘導されるSTAT5経路が逆に抑制されるという、シグナルの競合関係を明らかにしている。
さらに、DC特異的にSTAT3を欠損させたマウスでは、移植ガンに対して強力な免疫反応が誘導されることが示された。以上の結果から、腫瘍組織におけるSTAT3をノックアウトすることで、局所のサイトカイン環境に関わらずガン免疫を増強できる可能性が明らかとなり、STAT3は有望な免疫治療の標的であると考えられる。
ただし、実際の治療においてDC特異的にSTAT3を抑制することは技術的に困難である。そこで著者らは、全身のSTAT3をユビキチン化して分解させるデグロン(degron)型薬剤を用い、ガン免疫が強化できるかを検討した。
その結果は極めて良好であり、移植腫瘍モデルにおいて、STAT3デグロンの投与だけでガン免疫の増強が認められた。さらにこのデグロンを免疫チェックポイント治療と併用することで、より高い治療効果が得られることも明らかとなった。
以上の研究は、腫瘍周囲の複雑な免疫環境を、DCにおけるSTAT5とSTAT3のバランスという新たな視点で整理し、免疫治療の新たな標的としてSTAT3を提示したという点で、大変興味深いものである。もちろん、実際の腫瘍組織においてはそれほど単純に割り切れないという批判もあるだろうが、今後STAT3デグロンを臨床応用していく中で、その評価が定まることになるだろう。個人的には、大いに期待したい研究である。