5月12日 エイズを防ぐ遺伝子変異は新石器時代に東ヨーロッパで発生し、青銅器時代に正の選択を受けてヨーロッパに広がった(5月5日 Cell オンライン掲載論文)
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5月12日 エイズを防ぐ遺伝子変異は新石器時代に東ヨーロッパで発生し、青銅器時代に正の選択を受けてヨーロッパに広がった(5月5日 Cell オンライン掲載論文)

2025年5月12日
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このブログでも何回か紹介しているが、ケモカイン受容体CCR5の32bp欠損変異がおこるとHIVウイルスの侵入が起こらなくなるので、この変異に血液細胞を置き換えることでエイズを治すことができる。そして、この変異の頻度はヨーロッパで10%を超す顧問バリアントの一つになっている。これまでの集団遺伝学的解析から、この変異の発生はドイツ北部で比較的新しいとされていた。

ところが今日紹介するデンマーク大学からの論文は、この変異 (CCR5Δ32) は東ヨーロッパで7千年ほど前に発生し、2000年前までに急速に頻度が増加したことを明らかにした研究で、5月5日 Cell にオンライン掲載された。タイトルは「Tracing the evolutionary history of the CCR5delta32 deletion via ancient and modern genomes(CCR5Δ32変異の進化史を古代及び現在のゲノムから追跡する)」だ。

これだけ多くの古代ゲノムが集まったらCCR5Δ32頻度を調べるのは簡単だろうと思うが、実はそうではない。元々短い欠損は検出しにくい上に、古代ゲノムは分断されており短い配列を読んでマッピングする古代ゲノム解析ではさらに検出が困難になる。

そこでこの研究では、まず現代人でCCR5Δ32が存在する領域を詳しく解析し、この変異と強く連鎖している多型の比較から、CCR5Δ32変異が起こるまでの遺伝子型(ハプロタイプ)の進化を調べ、CCR5Δ32変異が見られるAハプロタイプは、Bハプロタイプから比較的新しくヨーロッパで発生したことを確認する。

次にCCR5Δ32と100%連鎖するAハプロタイプ上の多型を4種類特定し、これらの多型が揃ったAハプロタイプはCCR5Δ32を持つと予測できることを現代人ゲノムで確認している。即ち、CCR5Δ32を直接検出できなくてもその存在を他の多型から推定できることを明らかにしている。

この推定方法を用いて900体にも及ぶ古代ゲノムを改めて解析してCCR5Δ32の発生時期と、その頻度の変遷を調べると、9千年から7千年前の間のどこかでCCR5Δ32は発生し、7千年前から2000年前に駆けてヨーロッパで急速に頻度が上昇した、即ち正の選択を受けたことを明らかにしている。ただ、その後、頻度はほとんど安定しており、正にも負にも選択圧として働いていないことがわかる。また、CCR5Δ32の地理的な頻度の分布から、この選択はコーカサス及び東ヨーロッパの狩猟詐取民族の移動とともにヨーロッパ及びロシアへと拡大したことが明らかになった。

結果は以上で、CCR5Δ32を持つことが生存に有利な条件が、青銅器時代に発生したことを示唆するが、これをすぐHIVの様なウイルス感染が当時起こったと考えることは難しい。というのも、CCR5遺伝子領域にはCCR3、CCR2及びCCRL2とケモカイン受容体やケモカインが存在しており、またCCR5Δ32自体と強く連鎖している多型が多く存在する。従って、エイズのような直接関わりのある感染症だけでなく、様々な免疫疾患と関わる可能性がある。事実、CCR5Δ32を持つ現代人は他のウイルス疾患の症状の差を認められているし、ガンや神経疾患まで影響が認められている。このことから、エイズが2回起こったとするより、おそらく青銅器時代に起こった特殊な感染症に対する免疫反応の違いを反映していると思われる。一方、自己免疫疾患や、神経機能に関しては、2000年前以降に頻度の上昇が止まっていることから選択圧としては働かなかったと考えられる。

以上、CCR5Δ32は長い間様々なドラマを生み出しているようだ。

カテゴリ:論文ウォッチ
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