両親が健康な場合、流産児の明らかな形態的異常が見つからない限り、流産の原因を探ることは難しい。幸い、ゲノム解析が進んだ結果、流産胎児のゲノムと両親のゲノムを比べることで、ゲノムレベルの異常を特定できるようになってきた。
今日紹介するアイスランドにあるデコード社とデンマーク・コペンハーゲン大学からの論文は、流産した胎児や胎盤のゲノム解析から流産の原因になる遺伝子変異を明らかにしようとした研究で、5月21日 Nature にオンライン掲載された。タイトルは「Sequence diversity lost in early pregnancy(初期妊娠中の流産で見られる配列の多様性)」だ。
デンマークは国民のコホート研究が徹底している国だが、流産についてもコペンハーゲン流産研究というコホートが存在し、すでに467例の初期流産胎児組織が集められ、同時に両親の血液も採取されている。このおかげで、流産胎児のゲノム配列決定を行って、両親と比べることで、どのような変異がいつ発生したのかを特定することができる。この研究で正常胎児のコントロールはないが、代わりに正常に生まれてきた子供のゲノムを両親と比べた多くのデータを参照することができる。
まず流産胎児と言っても血の塊みたいなもので、母親の組織も多く混じっており、研究で最も重要なのは、これらの組織から胎児や胎盤組織を正確に採取することで、これを500例近く行ったことに驚く。この方法では塩基変異まで全ての変異を特定できるが、それが流産の原因になったと特定するのは簡単ではない。研究ではまず、染色体の数の変化が起こる大きな変異を探索している。この結果、流産児の44%は染色体の一部の数の大きな異常が認められ、さらに6.4%が三倍体を示すことがわかっている。即ち、流産の半分以上は染色体の大きな部分に起こる染色体変化によることがわかった。
詳細は省くが、染色体異常の起こり方を特定することもできる。例えば最も数の多い16番目のトリソミーは全て母親の減数分裂のエラーによることがわかる。そして、他の染色体も含めかなりの割合で、減数分裂前の分裂でできる姉妹染色体形成児の異常であることが特定できる。一方父親の減数分裂異常で起こる染色体異常は4番や15番など限られた染色体に見られる。そして、数の増えたり減ったりしている部分の境界を特定すると、減数分裂時に起こる組み替えのホットスポットで起こっていることがわかる。元々減数分裂時に染色体の組み替えが起こり、これが我々ゲノムの多様性を維持するための重要な過程なので、このような初期妊娠中に起こる流産を防ぐためには、卵子や精子の質を決定する手段がない限り難しい。さらに、女性の場合減数分裂途中で長い休止期に入ることが、例えば8番や16番の染色体異常が起こりやすい原因になっている。
このような大きな変化以外に、6.6%は胎児だけに見られる点突然変異や小さな欠失・挿入によるを特定することができる。また、このような変異が見られる頻度は、正常時と両親を比べた場合より明確に高いため、おそらくこれらが流産の原因になっていると想像できる。事実特定された多くの遺伝子は、胎児発生や胎盤形成で強く発現しており、発生異常の原因になっている可能性を示唆している。
なかには明らかに発生異常に繋がることが明確な遺伝子も存在している。面白いのは単一塩基変異の多くが Thiopurine によるガン治療でも見られる C>G 変異で、原因究明が待たれる。
主な結果は以上だが、おそらくこの論文の重要性は、徹底的にゲノムを両親と比べても全く異常が見つからないケースが4割以上存在するという事実だろう。ゲノムの変異の方は、結局前もってゲノムを調べない限り防げない。しかし、残りの4割の原因がわかれば、流産の確率を大幅に減少させられる可能性は残る。