動脈硬化による心血管障害のリスクを下げる目的でフィブラート系薬剤が使われており、この薬剤が高脂血症を抑え、心臓死を抑える効果があることがいくつかのコホート研究で示されている。ただ、PPARαは遺伝子制御因子として本来の遺伝子結合部位に結合して下流の遺伝子発現を調節するだけでなく、transrepressive 作用と呼ばれる、他の転写因子の作用を抑える作用も持っているので、薬剤が効果を示すメカニズムをさらに明らかにする必要があった。
今日紹介するフランスリールにあるパストゥール研究所からの論文は、高脂血症により強い動脈硬化が生じるマウスで、PPARαの発現場所、そして作用モードを変化させられるようにして、PPARα活性化剤フィブラートの作用を調べた研究で、5月28日 Science Translational Medicine に掲載された。タイトルは「Anti-inflammatory, but not lipid-lowering, activity of hepatocyte PPARα improves atherosclerosis in Ldlr-deficient mice(LDL受容体欠損マウスの動脈硬化は、PPARαの脂肪抑制効果ではなく、抗炎症作用を介して改善している)」だ。
この研究では、LDL受容体ノックアウトマウスに高脂肪食を与えて高脂血症を誘導している。このマウスにフィブラートを経口摂取させると、高脂血症が抑えられ、動脈硬化を抑えられる。
ただ、PPARα は様々な組織に発現しているので、フィブラートの効果が肝臓の PPARαを介して作用しているかを調べるため、アデノ随伴ウイルスに PPARα遺伝子を組み込んで、LDL受容体欠損と PPARα欠損を組み合わせたマウスに静脈注射することで、肝臓だけに PPARα が復元したマウスを作成し、これにフィブラートを投与している。
期待通りフィブラートは高脂肪血症を抑え、動脈硬化の発生をおさえることから、フィブラートの効果は基本的に肝臓の PPARα 活性化を介していることが明らかになった。
この研究のハイライトは、今度はこの系に脂肪合成に関わる転写因子としての PPARα 活性が欠損しているが炎症性サイトカインの分泌に関わる transrepressive 作用が残っている変異PPARα を、アデノ随伴ウイルスに組み込んで、肝臓に導入し、このマウスにフィブラートを接種させていることである。接種後、期待通りにIL-1βをはじめとする様々な炎症性サイトカインの発現が強く抑制されるが、それとともに一定程度高脂血症も抑えられ、しかも完全に動脈硬化のリスクを抑えることができた。
以上の結果は、フィブラートは、これまで疑うこともなく当然とされていた脂肪やコレステロール合成を直接抑える転写因子の作用を介するのではなく、他の転写因子の活性を変化させるtransrepressive作用により自然炎症を抑えることが主要因であることを示している。
これを確かめるために、肝臓の single cell mRNA analysis を行い、肝臓での炎症促進分子の発現が抑えられ、この結果、肝臓への白血球の浸潤と炎症誘導、血中 IL-1βの上昇が抑えられていることを確認している。
以上が結果で、PPARαが本来の脂質代謝調節とは独立して、Transrepressive作用を介して炎症性サイトカインの転写抑制に関わることがわかっていても、脂質代謝を標的としていると決め込んで臨床で使ってきたという、私たちの先入観に鋭く切り込んだ面白い研究だと思う。フィブラートの有用性については、何ら変わるところはないと思うが、炎症を中心に患者さんの経過を見ていくことが重要になる。