しゃっくりの時に舌を引き出して治すのは迷走神経末梢枝を刺激して、横隔膜の感覚・中枢・運動神経回路を刺激し、しゃっくり反射回路を止めるのが目的だが、迷走神経が脳と身体をつなぐ神経回路の要であることを利用して、頸部の迷走神経主幹部の刺激を様々な病気の治療に使う試みが続けられてきた。その結果、難治性てんかんやうつ病にまで効果が見られるという臨床研究が発表されている。
この方法が病気の治療だけでなく、脳卒中のあとのリハビリテーションを促進することを完全にコントロールした国際治験が2021年4月の The Lancet に発表されたが(日経メディカル紹介記事:https://medical.nikkeibp.co.jp/leaf/mem/pub/hotnews/lancet/202105/570285.html)、その効果は極めて高く驚いた。我が国では臨床で利用されていない可能性が高いと思うが、期待している。
今日紹介するテキサス大学ダラス校からの論文は、頸部迷走神経主幹部への刺激装置を小型化して、これを脊髄損傷による上肢のリハビリテーションの促進に使えないか調べた研究で、迷走神経刺激がますます拡大していることを認識できる研究だ。驚くことに、このような臨床研究を Nature が採択し、5月21日オンライン掲載されている。タイトルは「Closed-loop vagus nerve stimulation aids recovery from spinal cord injury(Closed loop迷走神経刺激は脊髄損傷からの回復を支援する)」だ。
オープンアクセスなので、実際の論文の図のURLを示しながら解説するが、対象は脊髄神経の一部が残っている不完全脊損の患者さんで、損傷後5年以内の19例について、同じ方法のリハビリテーションを行いながら、片方では迷走神経刺激を運動の状態に合わせて制御するclosed loop回路で刺激している(https://www.nature.com/articles/s41586-025-09028-5/figures/1)。
刺激は完全にそれぞれの個人に合わせて、しかもリハビリテーション時の運動能力に合わせた刺激が提供される。ただ、刺激されているのは迷走神経なので、刺激に応じてアセチルコリン、ノルアドレナリン、セロトニンなどが脳内で放出されて、神経回路の可塑性が高まることを狙っている。
リハビリテーションも工夫されており、つまんだり、回したり、スティックを動かしたり、図で示した様々な運動を組み合わせるとともに、能力に合わせたテレビゲームを行って、回復を試すことができるようになっている(https://www.nature.com/articles/s41586-025-09028-5/figures/3)。
この研究では18リハビリセッション、36日目に効果が調べられているが、専門家が評価してリハビリテーションの効果を様々な運動で確かめることができている。
最初の治験ではリハビリを行うときに、作業療法に関わる人がスイッチを押す方法で刺激が行われていたが、運動に応じて完全に自動化する機械もテストしている。その結果、コントロールと比べはっきりと腕と手の運動能力が高まっている。
一方で迷走神経を刺激することで心配される心拍数低下などの副作用が見られる心配はあるが、おそらく副交感神経興奮などで代償されるのか、それほど大きな問題にはなっていないようだ。
リハビリテーションに対するモティベーションを維持するのが回復への鍵になるが、人での問題、また患者さんの気力の問題などで、時間がたつとともにモティベーションは下がってしまう。しかし、自動化されたシステムで、しかもクローズループ回路を利用して個人に合わせた迷走神経刺激で回復が実感できれば、臨床的には大きな進歩になると思う。期待したい。