今日は細菌叢によって起こる意外な攪乱現象について論文を2報紹介する。
最初のプリンストン大学からの論文は、ケトン食が PI3K阻害剤の作用を高めるというこれまでの報告を解析し直して、この作用がケトン食とは全く無関係の原因で起こることを示した研究で、5月29日号 Cell に掲載された。タイトルは「Microbiome metabolism of dietary phytochemicals controls the anticancer activity of PI3K inhibitors(食に含まれるフィトケミカルは細菌叢で代謝され、PI3K阻害剤の抗ガン作用を調節する)」だ。
まさに風が吹くと桶屋が儲かる的な話で、結論を先に述べると、「マウスの固形飼料に含まれる大豆由来のフィトケミカルが細菌叢により代謝され (soyasaponin から soyasapogenol) 、これにより肝臓の解毒システムが活性化され、これが PI3K阻害剤の肝臓での代謝を高めるため、同じ量を服用してもフィトケミカルを含む食事をとると、薬剤の効果が低下する」になる。
この実験では最初ケトン食で PI3K阻害剤効果が上がる原因を追及し、これがケトン食のマクロニュートリエント構成にあるのではなく、マウス固形食に含まれる何らかの分子が細菌叢により代謝されて、これが PI3K阻害剤の分解を促進することを突き止める。事実、通常の固形餌を与えても、細菌叢を抗生物質で除去すれば、PI3Kの血中有効濃度は維持できる。
そこで固形餌の成分を分析し、大豆由来のフィトケミカル、soyasoponin が細菌叢により代謝された産物soyasaponenol が肝臓の解毒システム発現を誘導し、その結果 PI3K が肝臓で分解されるため、薬剤の効果が低下することを突き止める。
以上が結果で、我々大豆をよく食べる民族にとっては重要な発見だと思う。コロナウイルス治療薬として最初に使える様になったパキロビッドは、ニルマトレルビルの分解をリトナビルで抑えて使うが、同じような工夫が他の薬剤にも必要かもしれない。
もう一報は、シンシナティメディカルセンターからの論文で、老化とともに増加する血液のクローン性増殖に、グラム陰性菌が分泌するADP-heptoseが直接関わっている可能性を示した研究で、4月23日Nature にオンライン掲載されている。タイトルは「Microbial metabolite drives ageing-related clonal haematopoiesis via ALPK1(細菌叢由来代謝物はALPK1を介して老化に伴うクローン性血液増殖に関わる)」だ。
4月19日に紹介したやはりクローン性増殖に関する研究はDNMT3a変異によりミトコンドリアの活性が高まることがクローン性増殖の要因であることを示していたが(https://aasj.jp/news/watch/26596)、一ヶ月もしないうちにこの論文は細菌叢由来分子がクローン性増殖を誘導できる可能性を示しており、この分野が多くの研究者を集めていることがわかる。
この研究ではマウス実験系で、DNMT3a変異血液細胞を移植したとき、ホストの腸管上皮が傷害されていると増殖力が高まることの発見から始まっている。通常の上皮障害を誘導する硫酸デキストランを接種させるとなんと増殖は5倍近くになり、それが維持される。ところがこの効果は抗生物質で細菌叢を除去すると消える。
この原因を追及して、結局、老化や上皮障害で増加してくるグラム陰性菌由来の分子が血中に流れてクローン性増殖を高めることを発見し、この分子をグラム陰性菌がLPSを合成する過程で分泌するADP-heptoseであることを突き止める。
実際、若い人ではADP-heptoseは全く血中に流れていないが、老化するとADP-heptoseが血清中に検出できる。そして、この血清、あるいはADP-heptoseを直接DNMT3a欠損血液細胞に加えると細胞の増殖を誘導できる。
このシグナルについても検討し、細菌由来物質のセンサーとも言えるALPK1チロシンキナーゼを介して、NFkbシグナル経路が活性化する結果であることを示しているが詳細は割愛する。要するに老化に伴うADP-heptoseの上昇と、DBMT3aによるALPK1の発現上昇が合わさった結果がクローン性増殖を誘導することになる。
ではこの結果と、ミトコンドリア活性化をメトフォルミンで抑えるという結果は並立するのか。細胞の中での話としては全然問題なく両立していいと思う。ただ、メトフォルミンは細菌叢に働いてグラム陰性菌が増加することも示されているので、こちらは両立しない。ことほど左様に細菌叢は複雑だ。