昨日紹介した韓国東国大学からの論文のメインは電磁波で自由に誘導が可能な遺伝子発現システムの確立だが、その効果を確かめるために行われた、山中3因子を電磁波で間欠的に誘導して老化を防ぐ実験には多くの読者が驚いたと思う。これを見て友人から、ガンで山中3因子を間欠的に誘導してみたらどうなるだろうかと聞かれた。やってみないとわからないが、元々核移植によるクローンES細胞はガン細胞では起こりにくいことが知られていた。この研究の流れは、東大医科研の山田さんにも受け継がれているが、当時iPS細胞樹立の障害になる様々なガン関連遺伝子が探索された。この中で、ガン抑制遺伝子の一つp53やp21はiPS細胞樹立を阻む一つの要因であることが示された。iPS細胞樹立に増殖が必要だとすると、当然の結果だと思うが、一方でiPS細胞樹立がp53変異を自然選択してガン化の危険を増す可能性も指摘された。
P53がiPS細胞樹立の障害であるという論文は山中研を含む多くの研究室から発表されたが、いち早く論文を発表したのが北京大学の Deng で、中国のiPS細胞研究を何年もにわたって先導してきた研究者で、このブログでも3回も紹介している。特に小分子化合物と無血清培地だけで大量のiPS細胞を樹立(CiPS:化学iPS)して、実際の1型糖尿病の患者さんに移植、ほぼ完全にインシュリンから離脱させた論文は、世界に彼の実力を証明した(https://aasj.jp/news/watch/25297)。
今日紹介するのは、その Deng の研究室から、なんと山中因子の遺伝子導入ではなく小分子化合物だけを用いてiPS細胞を樹立するときはp53が必須であるという驚くべき結果の論文で、4月27日 Cell にオンライン掲載された。タイトルは「p53 safeguards chemical reprogramming of human somatic cells toward pluripotency(人間の体細胞から多能性幹細胞への化学的リプログラミングではp53が安全を保証する)」だ。
Deng は山中因子導入ではp53が抑制的に働くことを示した張本人だが、その彼が様々な方法でp53を不活化したヒト体細胞から化学リプログラミングでCiPS細胞樹立を試みると、全くうまくいかないことに気づく。かれのCiPS細胞誘導は3段階で行われるが、特に最初の2段階でp53は必須の分子である事がわかった。
Single cell RNA sequencing を用いてリプログラムの過程を調べると、p53が欠損すると、Oct4やNanogを発現した多能性細胞へと移行せず、間質系細胞の誘導因子を強く発現した細胞で止まってしまうことを明らかにする。次に、CiPS細胞樹立に必要な小分子化合物とp53の関係を見ていくと、レチノイン酸受容体を刺激するTTNPBが必要なp53を誘導していることを明らかにする。そして、これにより上皮から間質細胞への分化を抑制するBTG2が発現することで、上皮性で多能性のiPS細胞への分化が間質細胞へ引っ張られることを抑えていることを示している。ただ、p53を過剰発現させると、CiPS細胞樹立効率は落ちるので、増殖のチェックポイントとして働かないレベルの絶妙のバランスでp53が発現することが必要というわけだ。
上の結果を、p53 (+) と p53 (-) 細胞を混合したポピュレーションで山中4因子、あるいは化学リプログラミングで初期化すると、山中4因子で誘導した場合ほとんどの細胞がp53陰性細胞由来になる一方、化学リプログラミングではほとんどの細胞がp53陽性細胞である事を確認している。
では何故このような全く反対の結果になるのか、完全にわかっているわけではないが化学リプログラミングは遺伝子導入方法と比べると、ほぼ1/3の短期間で誘導出来、トライアンドエラーが少ないことから、増殖時のチェックポイントを外す必要がなく、その結果p53欠損の悪い側面、即ち上皮間質転換誘導が化学リプログラミングでははっきりと見えてしまったと考えられる。
とすると、p53がバリアーになってしまう遺伝子導入法は、セーフガードとして使う化学リプログラミングと比べてチェックポイントを解除してしまうため、遺伝子変異が起こりやすいと考えられる。この研究ではヒトiPS細胞で両方を比べ、変異の数が30%程度低下することを示している。期待ほどの効果は無いということにはなるが、しかし安全性は高いと結論できる。
以上、iPS細胞樹立について精力的に研究を行っている研究者が減る中で、今や世界をリードしている Deng ならではおもしろい研究だと思う。やめる前の年、まだまだ若手だった彼の研究室を訪れた時の生き生きした顔が今も浮かんでくる。
