GoogleとMicrosoftから医療に関するAI agentの論文が相次いで発表された。また以前少しだけ紹介したGoogleが医師向けに開発しているMedGemmaに関する論文がようやくNatureMedicineに発表された。そこで、今日は論文紹介というより、これら3編の論文を眺めながら、私の考えを述べてみる。
2008年から4年間、GoogleはGoogle Healthという名称で、個人の健康データを病院ではなく、個人で管理できるようにするD2Cクラウドサービスを展開していた。個人が自分の健康を管理することの重要性を考えると素晴らしいプロジェクトとして注目していたが、結局うまくいかず2013年に閉鎖している。しかしスマートウォッチのFitbitを中心にGoogle Healthに再チャレンジしているようで、Googleが10月21日にNatureに発表した論文を読んで、強くそのことを感じた。タイトルは「The anatomy of a personal health agent(個人健康管理エージェントの解剖学)」だ。
この研究ではスマートウォッチなどの健康管理器具を装着して自分の健康を管理したいというカスタマーに対して、様々なプログラムを駆使して個人データを解析するエージェント、専門の医学領域とデータをリンクさせるエージェント、そしてカスタマーと対話してデータや知識を伝え生活改善を指示するエージェントを用いて、Google Healthの目指した個人の健康管理をAIで行おう可能性を検討している。
構築したAgent AIを様々なベンチマークを用いて、かなり人手と時間をかけて検証したのがこの論文で、カスタマーが十分満足できる管理が可能であることを実験的に検証している。もちろん死亡率や罹患率が減ったという検証はないが、D2Cサービスとしての可能性はポジティブで、今後実装されるのだと思う。論文はオープンアクセスなので詳細は自分で調べてほしいと思う。Chatを使えば専門家でもかなり理解できると思う。
最後に個人的に気になった3点を述べる。各エージェントは、GoogleだからGeminiに固定するのではなく、GPTやClaudeにもアクセスして最適な情報を提供できるようになっているのが売りで、特にオーケストレーターを設定して、一つの問題に様々な側面から答えられるようにしているのだが、この結果様々なLLMにアクセスしてコストが急上昇するのではという点は気になる。
2つめは、ウェアラブルなデータをとっているので、一定期間ごとに自動的に検査してより積極的アドバイスができるように出来ないかという点だ。この場合クラウドのエージェントに加えて、個人側にも小さいエージェントが実装される感じの立て付けになるのではと思うが、カスタマーの質問だけに対応するよりずっと有用だと思う。おそらく既に計画されているだろう。
そして3つめになるが、このような仕組みを通して毎日のデータが医療機関のデータと結合できる様になると思うので、医療との連携をどう図るのかこれからの最大の問題点になると思う。
Googleは医学研究から医療、そして今回の一般の健康サービスまで、多くのAIモデルを発表している。ただ、一般人、患者、医療従事者、研究者それぞれのモデルがまだまだ分離している感が強い。その中の医師向けの診断支援モデルが10月6日Nature Medicineにオンライン掲載されたMedGemmaだが、プレプリントは既に広く出回っており、このブログでも今年の5月28日に紹介した(https://aasj.jp/news/watch/28944 )。タイトルは「An open vision-language model for diverse medical applications(広い医学用途に使える画像認識言語モデル)」だ。
このモデルの特徴はオープンソースとしてそれぞれの機関のワークステーションにダウンロードして使える点だ。医学データを使うときには重要な点で、画像とテキストを処理する27Bモデルでは、48G GPUメモリを搭載したRTX 5090でギリギリ動くサイズのモデルで、機関としてはもちろん購買可能なサイズだ。
モデルについては医学テキスト、電子カルテデータ、放射線画像、皮膚画像、病理画像、眼科画像を学習させたマルチモーダルLLMとだけ紹介しておく。論文の記述は他のシステムと比べたときのパーフォーマンスの差に終始しており、最も重要なポイントはGeminiなど大きなモデルを凌駕する性能を示すことで、各機関に置いて使う用に設計されている。
例題として胸部X線画像をダウンロードすると「左肺の気胸を治療中だが完全に広がっていないこと。右上葉に結節造あり」等と診断する。専門家の診断は「Ex vacuo 気胸で右上葉結節からガンの肺転移」になる。もちろん専門家がより正確だが、どこに問題があるのかは正確に指摘されている。
もちろんさらにファインチューニングすればより正確になると思うが、個人的には医学部での教育にかなり役立つのではと思って、大学で講義するときはいつも導入して学生さんがAIに馴染むようにしたらとアドバイスしている。
Googleの医学的テキストの処理についてはこのブログで昨年紹介したAMIEモデルが印象に残り(https://aasj.jp/news/watch/26528 )、これらの成果がMedGemmaにも生かされているのではと期待する。ただ、これまでGoogle発表として紹介したモデルのほとんどは単独モデルで各用途に対応する方向だった。
今日最後に紹介するマイクロソフト研究所が10月22日Scienceに発表した論文はAgent AIを用いた診断支援モデルを開発している。タイトルは「Sequential diagnosis with language models(言語モデルを用いた逐次的診断)」だ。
この研究ではDxOという全体の指揮をするAgent AIを用いて、GPT-5をベースにデータを集める診断エージェントと、患者さんのデータをまとめて処理するゲートキーパーエージェントを使って、まず限られた症状、病歴からGPT-5を用いて鑑別診断可能性をリスト、それを何度も検討して必要な質問をGPT-5へ戻す。この後実際の検査結果を経て、最終診断へと何度も2つのエージェントの対話を繰り返すことで到達する。これをGPT-5と患者さんから得られるレコードだけから進められるのが驚きだ。
このDxOの能力をThe New England Journal of Medicineに連載されているClinico-pathological conferenceの症例を用いて確かめ、一般医と比較している。最初に上げられている症例では、喉の痛みや扁桃腺の腫れから、出血が見られた患者さんを例に、様々な質問をベースに検査を注文し、最初の鼻咽頭ガンの可能性から最終的に珍しい胎児性筋肉肉腫に至るまでの経過を追跡している。
これだけ難しい症例になると一般医では40%以下の正答率になってしまうが、DxOだと最大83%まで正答する。この研究では、正答までに何回の質問が行われたのか、そして最終的にかかった検査費用はいくらかを調べている。
結果を図にまとめるが、検査費用に制限がないと確かに診断率は上がるが、
一般医の方が多くの検査を注文している。検査費用を一般医の半分以下に落としても、一般医よりは高い診断率で終わるのは驚く。医療費を抑制したい政府や保険会社が見れば飛びつくだろう。

以上かなり駆け足で紹介したが、ビッグテックが着々と医療分野でAIを導入しているのがわかる。実際にはGoogle, meta, NVIDIA, アンスロピック等は自前の生命化学研究所まで設立して、身体と心を統合した新しいシステム構築を進めている。これに対し、我が国のAI for Scientist等の国家プロジェクトはどこまで大きなビジョンを持っているのだろうか。是非教育から見直す長期ビジョンで対応してほしいと思う。
