3月3日 大麻成分を出芽酵母の中で合成させる(Natureオンライン版掲載論文)
AASJホームページ > 新着情報

3月3日 大麻成分を出芽酵母の中で合成させる(Natureオンライン版掲載論文)

2019年3月3日
SNSシェア

2015年酵母を使ってモルヒネを合成するための中間体レチクリンを酵母に作らせることに成功したカリフォルニア大学バークレイ校の研究を紹介した(http://aasj.jp/news/watch/3463)。また、レチクリンからコデインまではやはり酵母で作らせることができる。とすると、発酵技術を用いて麻薬を作ることが実際の視野に入ってきて、倫理的にも、社会的にもどう規制するのかを真剣に検討する必要があると思った。

我が国では大麻を栽培したり所持したりすることは違法だが、最近は医療用に限らず大麻の使用を解禁する国が出てきており、今日紹介するカリフォルニア大学バークレイ校からの論文(2015年に紹介したのとは同じグループではない)将来も社会的問題にはならないと思うが、今度は大麻カンナビノイドの主成分であるテトラヒドロカンナビノール(THCA)やカンナビディオリック酸(CBDA)を、単純な糖から作ることができる酵母を遺伝子工学的に作るのに成功したという研究だ。タイトルは「Complete biosynthesis of cannabinoids and their unnatural analogues in yeast(大麻成分とその自然にはない類自体を酵母で完全合成する)」だ。

大麻草でカンナビノイドは、糖から合成されたアセチルCoAがメバロン酸経路を通って造られるGPPとマロニルCoAやヘキサノイルCoAを通って合成されるOlivetolic acid(OA)が結合して合成される。基本的には脂肪酸合成経路の一つとみていい。この研究では、まず酵母にOAを合成させる一群の酵素を再構成し、ガラクトースがあれば1リットル中に1.6mgのOAを合成する酵母を作成する。一方で、この酵母のメバロン酸合成経路が促進した酵母株を作り、糖があればOAとGPPが合成される酵母株を作っている。

次は、この酵母がカンナビノイド前駆体を作るための酵素を再構成し、最終的にyCAN43と名付けた、なんとかカンナビノイドを合成する酵母株に到達している。あとは、この株の合成経路の効率を確かめ、遺伝子の量を増やしたりなどを書く経路で繰り返し、yCAN53という株ではTHCAが1リットル当たり8mg合成できる。

書いてしまうと簡単だが、再構成する酵素の細胞内局在にまで操作を加えて、ようやくここまで到達したという大変な話だ。おそらくこの段階から、より高い効率でカンナビノイドが合成される条件や細胞株が改良されると思う。この研究で最も重要なのは、最初の原料を変えると同じ酵母株が自然には存在しない様々なカンナビノイドを合成する点で、これらの薬理活性を調べることで、現在の大麻成分よりはるかに優れた鎮痛剤や、抗てんかん薬が開発できるのではと期待している。

以上が結果で、より自然のカンナビノイドを作れるという点では高く評価できる論文だ。しかし、同じ方向の研究は、今後私たちが麻薬として取り締まっている多くの物質を酵母で作らせる可能性を開くのではと想像する。そろそろ真面目に社会としての対策を考えても良さそうだ。

カテゴリ:論文ウォッチ

3月2日 米国のファストフードは不健康食品への道を歩んできた(Journal of the Academy of Nutrition and Dietetics オンライン掲載論文)

2019年3月2日
SNSシェア

米国で暮らしたことがないので、個人的印象になるが、最初に旅行した頃レストランの食事はまずくて量が多いという印象しかなかった。ただ、最近はお金の余裕もあり、また行く街も大都会に限られているためか、この印象は大きく変化している。しかも、街でジョギングしている人を見ると、米国でも多くの人が健康に気をつけて生活するようになったのかという印象を持っていた。

もともと個人の印象など全く当てにならないのだが、私の印象とは全く逆の結果、すなわち米国のファストフード店で提供される食品がこの30年間、ずっと不健康な食品になり続けてきたことを示す論文がシンシナティ大学からJournal of the Academy of Nutrition and Dieteticsオンライン版に発表された。タイトルは「Fast-Food Offerings in the United States in 1986, 1991, and 2016 Show Large Increases in Food Variety, Portion Size, Dietary Energy, and Selected Micronutrients(1986,1991,2016年に米国のファストフード店で提供された食品は、種類、量、カロリー、そして一部の栄養素で大きく上昇している)」だ。

研究方法は単純だ。1986年、1991年についてはThe Fast Food Guide、2016年についてはウェブに公表されているファストフード食品の成分表から、栄養学的な様々なデータを取得している。これを米国の人が最もよく使っているファストフードサービス10社について調べ、それぞれの年で提供されている食品を、主食、サイド、デザートに分類し、一品あたりのカロリーや食塩やミネラルの含有量などを調べグラフにしている。

驚くことに、少なくとも2016年まではファストフードは栄養学的に不健康になり続けているというもので、以下のようにまとめられる。

  • 提供される食品の種類が急速に増えており、主食では1986年に167種類だったのが、2016年にはなんと557種類に増えている。同じように、サイドやデザートの種類も増え、デザートに至っては5倍に増えている。
  • 一品あたりのカロリーも上昇を続けており、主食で1986年430Kcalが、2016年では480Kcal。特に問題はデザートで、1986年217Kcalが2016年298Kcalに上昇している。
  • 次に、食塩などのミネラルだが、なんと食塩で1986年から2016年で35.9から47.2と大幅に増加している一方、妊婦さんで不足が指摘されている鉄分では18.0から15.6へと大幅に低下している。

以上が重要な結果で、結局身体に必要な成分は低下し、肥満や高血圧の原因になる成分は上昇しているという結果だ。現役を退いてからアメリカには毎年行っているが、ニューヨークだけで他の街は知らない。しかし、NYの中心で感じることとはまるで逆の食生活が米国を今も蝕んでいることを知って驚いてしまった。

カテゴリ:論文ウォッチ

3月1日 自閉症児の恐怖症をバーチャルリアリティーで取り除く(2月15日Journal of Autism and Developmental Disorders オンライン掲載論文)

2019年3月1日
SNSシェア

自閉症スペクトラム(ASD)の主症状は、社会的なコミュニケーションの困難と反復行動だが、これとともに半分の人たちで様々な対象に対する恐怖症がある。例えば、特定の場所を極端に嫌がったり、髭を生やした人だけを恐れたり、特定の動物を恐れたり、 一種の脳のアレルギー反応のように見える。そこで、アレルギー治療のように恐怖の対象を思い出して脱感作するCognitive Behaviour Treatment(CBT)治療法が試みられているが、想像することが苦手な子供はCBTで仮想的に脱感作を行うのは難しかった。

今日紹介するニューカッスル大学からの論文はCBTに映像を用いたバーチャルリアリティーを加えてASD児の恐怖症を取り除く治療法の開発で2月15日号Journal of Autism and Developmental Disordersにオンライン掲載された。タイトルは「A Randomised Controlled Feasibility Trial of Immersive Virtual Reality Treatment with Cognitive Behaviour Therapy for Specific Phobias in Young People with Autism Spectrum Disorder(ASDの若者の特定の恐怖症を取り除く没入型バーチャルリアリティーを組み合わせたCBT治療の可能性を確かめる不作為化対照試験)」だ。

タイトルからわかるように、この研究はBlue Room VREと名付けれれた特許化された360度全面に映像が映る部屋と、その部屋で映写するソフトがセットになったシステムの治験研究で、この部屋で行われる治療の様子はYouTubeに掲載されている。(https://www.youtube.com/watch?v=9U-rRC8jc28

この研究では、8−14歳のASDの児童32人をリクルートし、ASDであることを確認した上で、各人の恐怖症の対象を特定している。実に様々な対象が恐怖症の対象になっており、ハチ、広い場所、エレベーター、犬、暗いところ、昆虫、見つめられること、天気の変化、風船、コウモリ、トイレ、車に乗ること、自動オモチャなど、驚くことにバナナまでその対象になっている。そして、それぞれの対象に応じたビデオプログラムを作成し、治療に提供されている。例えば広場の嫌いな子供には、そこに鳩が飛んでくるような設定で安心させるプログラムなど、結構工夫がいるように思える。

治療では、まずCBTの訓練を受けたセラピストと部屋に入り、海の中をイルカが泳ぐといったリラックスするセッションの後、その子の恐怖症に合わせたプログラムをセラピストとともに受けて、想像させるのではなく、実際の映像を見ながら反応を確かめ確かめ、恐怖症の対象に慣らしていく。この様子を親は室外のモニターで観察し、いつでも止めることができる。これを2回繰り返して、治療には全く無関係の医師が効果を判定している。

実際の診断スコアがどの程度の変化を意味するのか専門家でないので判断しにくいが、6ヶ月後に調べると40%近い子供に改善が認められた一方、コントロールでは全く変化がない。また、症状が悪化したケースは1例だけで、かなり高い効果があると結論している。

結果は以上で、12ヶ月目でも効果の見られた人のパーセントは変わっていないので、今後セッションを増やしたり、ソフトを変化させたりすることでさらに大きな効果が期待できるような気がする。

ASD治療の第一歩は、普通の人にはない様々な恐怖症を取り除くことであることを考えると、経験的とはいえ応用範囲は広い気がしている。

カテゴリ:論文ウォッチ

2月28日βシヌクレインに対するT細胞株は新しい神経障害性自己免疫過程を教えてくれる(2月20日号Nature掲載論文)

2019年2月28日
SNSシェア

私が卒業して4年ほどしてから、T細胞を試験管内で増やして株細胞株を樹立する方法が報告された。まだIL2をはじめとするT細胞を増殖させるサイトカインが全くわかっていなかった時代で、リンパ球をレクチンで活性化させた上清を用意して、それを抗原で刺激したリンパ球に加えて培養するという原始的な方法だった。当時見よう見まねでなんとか結核菌に対するヒトT細胞株が作れないかトライしたのを覚えている。私自身は結局T細胞株を作れないまま、ドイツに留学したが、その後T細胞株を用いた研究はうなぎのぼりに増えた。免疫学を離れてからは、T細胞株が実際どのように現在も使われているのかほとんどフォローできていなかったが、最近になってCAR-Tとして大注目されるようになっている。

今日紹介するドイツゲッチンゲン大学からの論文はβシヌクレンに対するT細胞株を作成し、CAR-T治療と同じように個体に注射することで、場所特異的自己免疫性の神経変性を誘導することができることを示した研究で2月20日号のNatureに掲載された。タイトルは「β-Synuclein-reactive T cells induce autoimmune CNS grey matter degeneration(βシヌクレン反応性のT細胞は自己免疫性脳の灰白質の編成を誘導する)」だ。

実に単純だが、改めてT細胞株の威力を認識させる研究だ。まず、βシヌクレンに反応するT細胞株(Tβ)を樹立する。試験管内で増殖を維持してはいるが、特にクローン化はしていない。同じように、多発性硬化症のモデルとして、ミエリンに対するT細胞(Tm)も作成してマウスに投与、細胞の挙動を組織学的に、またリアルタイムイメージングを用いて比べている。

予想通りTmを注射すると、ミエリンが存在する白質に細胞は浸潤するが、Tβの場合は全て神経細胞自体が集まる灰白質が障害される。すなわち、それぞれの細胞株は、異なる脳の層の自己免疫病を引き起こすことができる。

次に、どのようなルートでTβ細胞が脳の灰白質に移動するのかを調べているが、このような実験にはT細胞株は極めて便利で、細胞に導入したGFP遺伝子を指標にして追跡できる。期待通り、移入したT細胞株では血液脳関門を越えるために必要な分子を誘導し、まず軟膜に集まった後、灰白質に侵入する。一方Tmも血管から軟膜までは同じように移動するが、そこから白質に移動する。すなわち、循環中のT細胞は血管から直接抗原のある場所に移動するのではなく、一度軟膜に集まって、そこから細胞間質を通って移動する。そして最終移動場所は抗原が決めている。

そして移動先でT細胞はミクログリアにより抗原提示を受けて活性化し、細胞障害性の炎症が起こるが、この時他の特異性を持つT細胞も動員されることで炎症が増強する。この他の特異性のT細胞動員の主因は局所の強い炎症で脳血管喚問が敗れた結果だろう。しかし、この炎症が白質に移ることはなく、抗原の存在する灰白質で止まる。そしてなんども回復が可能な白質の障害と異なり、灰白質での炎症は回復不可能な神経細胞死につながる。

最後にMSやパーキンソン病の患者さんで同じようなβシヌクレンに対するT細胞が存在するかどうかを調べ、多発性硬化症ではβシヌクレンおよびミエリン、およびαシヌクレンなど、神経細胞が発現する分子に対するT細胞が増えてきていることを明らかにしている。一方パーキンソン病ではミエリンやαシヌクレンに対するT細胞は存在してもβシヌクレン対するT細胞は存在しないことを示している。すなわち、多発性硬化症では常に灰白質にも炎症が及ぶことを念頭に置いて治療する必要があること、またパーキンソン病などの変性疾患でも炎症による細胞障害が起こっている可能性を示唆している。

以上、白質も灰白質も免疫性の炎症は、抗原特異的T細胞が存在するかどうかにかかっており、特にβシヌクレンに対するT細胞が発生すると非可逆的神経細胞死が起こりやすいこと、そして同じメカニズムが多くの人間の変性疾患でも起こっている可能性を示した、わかりやすいが恐ろしい結果だ。しかし、もしこの結論が正しいとすると、病状をモニターし炎症を抑える対策を打つ可能性も出てくる。今後、多発性硬化症のような炎症疾患だけでなく、変性疾患として分類されていた病気も同じ治療で症状を抑えることができるならさらに素晴らしい。

カテゴリ:論文ウォッチ

2月27日PD1を用いたグリオブラストーマのネオアジュバント治療(Nature Medicineオンライン版掲載論文)

2019年2月27日
SNSシェア

例えば乳がんの切除前に、あらかじめ放射線をあてたり、あるいはエストロジェン阻害療法を行うことをネオアジュバント治療と呼ぶが、同じようなガンの切除前のネオアジュバント治療をPD-1に対する抗体を用いて行うことが1−2年前から盛んに行われ、論文として目にするようになってきた。PD-1の利用方法を工夫して、適用できるガンを増やすための取り組みだが、外科手術の前のネオアジュバント治療の場合、効くか効かないか前もって予測しにくいPD-1抗体の作用を、手術時に癌組織を取り出し、直接調べることが可能になるというもう一つの利点がある。

今日紹介するカリフォルニア大学ロサンゼルス校からの論文は、手術しても根治はほとんど望めないグリオブラストーマについて、手術前にPD-1投与を行うネオアジュバント群と、行わない対照群を様々な観点から比較した論文でNature Medicineオンライン版に掲載された。タイトルは「Neoadjuvant anti-PD-1 immunotherapy promotes a survival benefit with intratumoral and systemic immune responses in recurrent glioblastoma(抗PD-1抗体を用いたネオアジュバント治療は再発するグリオブラストーマ内および全身の免疫反応を高め患者さんの生存を延長できる)」だ。

この研究ではグリオブラストーマが再発して、腫瘍のサイズをともかく縮小する目的で手術を行う患者さんを選び、無作為化した後ネオアジュバント群と対照群に振り分け、手術の2週間前に1回抗PD-1抗体を投与(対照群では投与しない)、手術をしてから、全てのケースで3週間に一回抗PD-1抗体を投与するプロトコルで治療を行い、それぞれのグループの経過を見ている。

基本的にはこの時手術で摘出した組織を詳しく調べ、抗PD-1抗体によるネオアジュバント治療の効果を詳細に調べた論文だ。まず、16人づつという少ない人数ではあるが、ネオアジュバント治療を行なった群の方が50%生存日数で400日対200日とはっきりとした効果が認められる。ネオアジュバント治療は手術の2週間前に1回だけ行っているので、なかなか絶大な効果と言えると思う。

そこでこの差の原因を追求する目的で、まずネオアジュバント治療後行った手術により得られた腫瘍組織の遺伝子発現を調べると、ネオアジュバント群では多くのケースで腫瘍の増殖が抑えられており、T細胞の活動性が高い患者さんが多い傾向にあった。

次に反応しているT細胞の方を調べると、ネオアジュバント治療を受けた方が、同じT細胞受容体を持っているクローンが増幅している傾向にあった。おそらく、ガンに対するT細胞が増殖した結果だと考えている。また、腫瘍内に存在するT細胞の抗原受容体が末梢血中のT細胞の受容体と同じである確率が高まり、腫瘍組織からガン特異的T細胞が増幅し、また同じ受容体を持ったT細胞がおそらく記憶細胞として循環する可能性が示された。

以上の結果から、手術で腫瘍摘出を行う場合は、術後ガン抗原が急速に消失することを意味し、その結果ガンに対するキラーT細胞を維持することが難しくなる。そこで、最初に抗PD-1抗体を注射してキラーT細胞などを活性化したまま維持することで、腫瘍細胞の数が低下しても、少ないガン細胞でキラーT細胞活性化し、ガンの増殖を抑制し続けることができると結論している。

もともと、グリオブラストーマでは突然変異の数は多い方ではない。それでも、ネオアジュバント治療がこれほど効果を示すことは、手術を行うがんについては常に行ったほうがいいという結論になる。ただ、生存期間が良くなったとはいえ、根治を達成できるのかは次の問題で、それも含めてこの治療の適用が議論されるだろう。

残念なことは、これほど詳しく解析をしても、チェックポイント治療がうまくいく患者さんを予測するバイオマーカーが見つかるまでには至っていない。この点もまだまだ努力が必要だ。

カテゴリ:論文ウォッチ

2月26日 粘着テープを用いる皮膚細胞採取でアトピーのタイプを明らかにする(2月20日号Science Translational Medicine掲載論文)

2019年2月26日
SNSシェア

昨日に続いて2月20日号のScience Translational Medicineに掲載されたアトピーの論文を紹介する。今日紹介するのは、デンバーにあるNational Jewish Healthという組織からの論文で子供のアトピーのタイプを、バイオプシーではなく、粘着テープを同じ場所に繰り返し用いて、表面から深い層まで順に回収した細胞を用いて皮膚細胞の性質をかなり正確に明らかにできることを示した研究だ。タイトルは「The nonlesional skin surface distinguishes atopic dermatitis with food allergy as a unique endotype(病巣とは別の皮膚の表面の性質から食物アレルギーの合併したアトピー患者さんを合併しないアトピー患者さんから区別できる)」だ。

皮膚科の確定診断というとすぐにバイオプシーを考えてしまうが、、アトピーの子供で、病巣とは離れた場所の皮膚をバイオプシーするのは拒否される確率が当然高い。この研究では、皮膚に貼ってから一定時間後に剥がすと、薄い細胞層が回収できるD-Suame Tape Stripと呼ばれる一種の粘着テープを用いて、皮膚の層を深くまで順番に回収する方法を用いて、それぞれの層に存在する細胞の様々な性質を測定して、アトピー誘発に関わる皮膚の遺伝子について調べている。30回程度貼ったり剥がしたりを繰り返して、順々に深いところにある細胞層を回収できるなら、確かにバイオプシーに代えることができる。子供が対象でも、多くの患者さんで病巣とは無関係な場所で30回もこの操作を繰り返せるということは、今後確実性は劣るが、皮膚の細胞を調べる方法として普及するように感じた。

この研究の最大の目的は、食物抗原に対するアレルギー反応が明確なアトピー(1群)と、この点がはっきりしないアトピー(2群)では、皮膚の構造や性質に質的な差があることを示すことだ。

研究ではまず皮膚からの水分の蒸発を測定し、アトピーの症状が著明な病巣では水分の蒸発では1群、2群とも両者にあまり差がない一方、病巣とは異なる場所では、明らかに食物抗原に対する反応を示す1群のアトピーの患者さんの方が皮膚のバリアーが壊れており、その結果水分の蒸発が高まっていることを明らかにしている。すなわち、皮膚の蒸発を防ぐバリアー機能の低下が、病巣と離れた皮膚で見つかることは、1群の患者さんではアトピーの皮膚病巣ができる前から皮膚のバリアー機能が変化していることを示唆している。

そして、この結果と相応して起こっている細胞の様々な性質の変化を回収した様々な細胞層で比較検討している。結果は明瞭で、水の蒸発促進と並行して、たとえ皮膚のバリアー機能の指標であるフィラグリン分解物の発現が、第15層で低下している。

また病巣以外の領域で、アトピーの指標になる皮膚の緑膿菌の数も上昇し、ケラチンの発現パターンから、未熟で増殖しているケラチン細胞が上昇することも明らかにできた。さらに、やはり食物アレルギーを持つアトピー患者だけで2型免疫反応が活性化され、細胞の転写レベルでも両者を区別できることを明らかにしている。

要するに抗原特異的な食物アレルギーがはっきりした1群のアトピー患者さんでは、炎症巣が起こる前から皮膚のバリアー機能が壊れて、水分の蒸発が高まり、これと並行してフィラグリン分解物レベル、細菌叢、転写、プロテオーム、など様々なレベルの変化が呼応するという結果だ。すなわち、一般のアトピーと食物アレルギーを併発したアトピーとは病気の成り立ちが異なり、後者では皮膚のバリアーが弱いことが先にあって、食物アレルギーが起こり、その上にアトピーの皮膚炎ができるというシナリオになる。したがって早いうちから、皮膚のバリアー機能を診断して、アレルギーを抑えることで、1群のアトピー発症を抑えられる可能性があるという結論だ。

個人的には、粘着テープを用いてバイオプシーに匹敵する検査ができること、そして、病巣ではなく、一見正常にみられる皮膚ですでにこのような変化が始まっていることに最も興味を持った。

カテゴリ:論文ウォッチ

2月25日 汗とアトピー(2月20日Science Translational Medicine掲載論文)

2019年2月25日
SNSシェア

先週号のScience Translational Medicineにアトピーについてのちょっと変わった論文が2篇出ていたので、今日、明日と紹介することにした。今日はミュンヘン工科大学からの論文で汗に含まれる成分NaClがアトピーに関わるT細胞にどのような影響があるかを調べた研究で2月20日号のScience Translational Medicineに掲載された。タイトルは「Sodium chloride is an ionic checkpoint for humanTH 2 cells and shapes the atopic skin microenvironment(NaClは人間のTH2細胞のチェックポイントになるイオンでアトピーの皮膚環境を形成する)」だ。

汗をかくとアトピーが悪くなるような感触を誰もが持つはずだ。科学者も同じ感触を持っており、アレルギーに関わるT細胞とNaCl濃度との関わりはこれまでも研究されておりNaClが未熟T細胞からアレルギー性炎症を引き起こすTH17を誘導することが示されていた。ただ、未熟T細胞はNaCl濃度が上昇する皮膚には存在しないため、この研究では皮膚に存在している分化したTH2細胞に対するNaClの作用を見るところから始めている。

もちろん高濃度では細胞が死ぬが、50mMNaClではTH2細胞と呼ばれるアレルギーに関わるIL4を分泌するT細胞は増殖し、逆にインターフェロンを分泌するTH1細胞は抑えられることを発見した。そして、これが転写因子の発現が変わることで起こっている現象であることを明らかにする。さらに、NaClだけでなんと未熟T細胞の転写パターンを変化させてアレルギー型TH2細胞へと変化させられることを明らかにしている。

もちろんNaClは特異的なサイトカインとして働くわけではない。調べてみると、結局浸透圧を感知するmTORC、SGK1やNEFAT5システムが働いてT細胞をTH2型に誘導することを明らかにしている。

こうして皮膚にも浸潤してくる分化T細胞をTH2型に変化させるメカニズムを明らかにした上で、今度はアトピーの皮膚でNaClはどうなっているのかを調べると、大きなばらつきはあるがそれでもアトピーの人ではNaCl濃度が高いことが示されている。しかも、アトピーの患者さんでも、皮膚の炎症がない場所ではNaClが上昇しておらず、また一般の炎症ではNaClの上昇が観察できないことから、アトピーの発症には皮膚でのNaClの上昇が何らかの役割をしていること、そしてこれを抑えれば症状を抑える可能性があることを示している。

結果は以上で、NaClがこれほど特異的な効果があるのかと驚く。さらに著者らは、もともとNaCl濃度上昇でも生き残る緑膿菌が抗原となってアトピーを引き起こす可能性にも言及しており、なんとなく汗を掻くとアトピーが悪くなるような印象の一端をうまく説明した論文だと思う。

カテゴリ:論文ウォッチ

2月24日 正常な睡眠がアルツハイマー病予防に必要な理由(2月22日号Science掲載論文)

2019年2月24日
SNSシェア

先日運動がアルツハイマー病の症状を改善してくれる理由の一端を突き止めた研究を紹介したが、その逆、すなわち睡眠異常がアルツハイマー病の発症に関わるという多くの論文が発表されている(例えばhttp://aasj.jp/news/watch/8330)。ただ、これらは一種の観察研究で、なぜ睡眠が妨げられるとアルツハイマーリスクが高まるのか、その因果性について調べる研究はまだ始まったばかりだ。

一つの切り口は、睡眠が起きている時脳で生成した様々な老廃物を除去するのに重要な働きをしていることの認識だ(http://aasj.jp/news/watch/608)。アルツハイマー病はβアミロイド蛋白やTau蛋白が蓄積する病気なので、このような厄介者を少しでも外に排出することは当然重要だ。今日紹介したいワシントン大学からの論文は睡眠によって脳脊髄液中のTauタンパク質も睡眠と並行して日内変動しており、睡眠が妨げられると蓄積することを示すちょっと恐ろしい研究で2月22日号のScienceに掲載された。タイトルは「The sleep-wake cycle regulates brain interstitial fluid tau in mice and CSF tau in humans(睡眠と覚醒のサイクルによってマウスの脳組織間液、およびヒトの脳脊髄液のTauレベルが調節されている)」だ。

研究は極めて単純で、まずマウスの脳組織の間質液中に含まれるTauの量を図るとβアミロイド蛋白や脳の活動を示す乳酸と同じようにTauのレベルも活動と睡眠により上下すること、Tauの変化の方がβアミロイド蛋白よりはるかに大きいこと、また脳の活動をテトラドトキシンで抑えるとこの変動がなくなることを明らかにする。もともとβアミロイド蛋白は細胞外に出ているので蓄積してもいいと思うが、細胞内にあるTauが細胞外液に分泌され、しかも変動が大きいというのは驚きだ。同じように、人間の脳脊髄液を採取させてもらって同じように日内変動を調べると、朝起きる前が一番低く、その後活動とともに上昇する。

次に、眠ろうとするとつついて眠りを妨げる実験を1ヶ月繰り返して調べると、休んでいる時間でもTauのレベルは高くなることを示し、睡眠がTauのレベルが上がらないようにしていることを明らかにしている。

ただ、このような手でつついて起こすという実験はストレスも大きいので、最後に脳細胞に化合物で活性化される受容体を導入して、薬で眠れなくしたマウスを作成し、薬で眠れない場合も細胞間液中のTau分子のレベルが高まることを示している。実験的にはこの凝った実験系に力が入っているが、結論は原始的な実験と同じだ。

他にも眠りが妨げられると、細胞毒性を持った沈殿型Tauがシナプスを通って伝搬しやすくなることも示しているが、この実験は話を複雑にしただけだと思う。

この研究はあまり原因について議論していない。というより、脳活動がTau分泌を促し、排出は蓄積にあまり関わらないという立場だ。とすると、眠りの効果は神経活動を抑えることになる。Tauもβアミロイド蛋白も神経の活動が続くと細胞外に蓄積することは確かなようだし、沈殿型Tauがシナプスを超えて伝搬するのも神経活動が重要なようだ。しかし個人的に考えると、やはりこれら分泌されたタンパク質を外部へと洗い流すことも重要ではないかと思う。

結局この研究からわかるのは、正しい睡眠を取れという話だけで、それができない人たちの救いにはならないようだ。しかし、長期変化だけ問題にしてきたTauやβアミロイド蛋白がこれほど上下しているのかと思うと、恐ろしい。

カテゴリ:論文ウォッチ

2月23日 神経細胞の生成を調節する中心体のオーガナイザーAKNA(Nature オンライン掲載論文)

2019年2月23日
SNSシェア

神経細胞発生は細胞学と発生学が交わる総合的な研究領域として多くの研究者を引きつけてきた。教科書にも美しい図が示されているように、脳神経細胞は脳室内で増殖を続ける幹細胞が上皮から離れて移動することで形成される。この時、細胞が分裂する方向(極性)が変化し、細胞が幹細胞と分化細胞に不等分裂し、移動するが、これらの過程は全て細胞自身の振る舞いを理解する細胞学の古典的な対象になってきた重要な過程だ。

今日紹介するドイツミュンヘンにあるヘルムホルツセンターからの論文は神経幹細胞で見られるこの一連の過程をオーガナイズするカギになる分子AKNAを特定した研究でNatureオンライン版に掲載された。

この研究では、脳神経が出来る脳室下帯形成時期に発現が高まる分子としてAKNAに焦点を絞り、まずこれに対するモノクローナル抗体を作って脳室下帯を染めて、これまで転写因子と思われていたAKNAが中心体に存在するという予想外の発見をする。この発見を手掛かりに、この分子の機能を、極めてオーソドックスな細胞学的手法を用いて丹念に調べた論文で、古典的すぎて逆に新鮮だ。例えば、遺伝子ノックアウトや過剰発現を遺伝的に行うのではなく、子宮内で脳室めがけて遺伝子を電気的に細胞内へ導入するという方法を使っているのがその典型で驚く。その上で、神経分化の一連の過程でのAKNAの役割を明確にしようと膨大な実験を行なっている。詳細を省いて、この研究から生まれたシナリオだけを紹介しておこう。

  • まず分裂する神経幹細胞が上皮から離れるいわゆるEMTが始まる時期に、Sox4によりAKNAの転写が上昇する。
  •  AKNAが欠損すると神経細胞は上皮から動けず増殖を繰り返す。一方、強制発現させると上皮からの離脱が促進する。また、時期を変え、上皮から離脱後に発現が変化しても分化に影響しない。すなわち、上皮からの離脱の短いタイミングでだけ機能している。
  • もともと神経細胞では微小管は中心体とは別の場所を中心に組織化されることで、特別な形態を作ることができている。ここにAKNAが発現してγTuRCやCPAP5を中心体にリクルートすることで、微小管の組織センターを中心体に引き戻し、細胞の極性を決める。
  • さらに細胞膜下で微小管を細胞接着装置に結合させているCAMSAP3を中心体の方に引き戻すことで、接着装置と微小管の結合を弱め、上皮からの離脱を助ける。
  • その結果、神経細胞は上皮から離れ、移動しながらニューロンへと分化する。

というシナリオだ。繰り返すがオーソドックスな細胞学的手法を駆使して到達した大変面白い仕事だと思う。

と褒めすぎたが、この論文は現役時代に交流のあったMagdalena Goetzの研究室からで、彼女ならと納得するが、筆頭著者はミュンヘン大学の学生時代半年間私たちの研究室にインターンシップとして在籍したGerman Camargo Ortegaの論文だ。原則として、どんなに素晴らしい仕事でも、身内の研究は紹介しないと決めているが、Germanの学位と聞いていたので、禁を破って祝福したいと思う。(写真真ん中がGerman君で、左はヒトES細胞を最初に作成したイスラエルのItskovitz)

SONY DSC
カテゴリ:論文ウォッチ

2月22日:クリスパーによる新生児期の遺伝子編集治療(Nature Medicineオンライン版掲載論文)

2019年2月22日
SNSシェア

我が国ではもっぱら倫理問題でしか話題にならないCRISPR/Casの難病治療への臨床応用もほぼ時間の問題になってきたことを示すかのように、Nature Medicineでは新生児期に一度だけ遺伝子編集を行い病気の進行を遅らせることに成功した動物実験がなんと3編も発表された。2編は核膜分子Laminの変異の遺伝子編集、そして1編は筋ジストロフィーの遺伝子編集治療についての論文だ。要するに結論は、クリスパーシステムを組み込んだベクターを静脈注射で新生児の全身に投与すると、体細胞の一部の遺伝子を正常化し、寿命を延ばすことができるという話だ。

今日はこの中から筋ジストロフィーに関わるdmd遺伝子の編集を行なった論文を紹介する。タイトルは「Long-term evaluation of AAV-CRISPR genome editing for Duchenne muscular dystrophy(アデノ随伴ウイルスを用いたドゥシャンヌ型筋ジストロフィーのCRISPRゲノム編集の長期経過の検証)」だ。

CRISPR/Casの力が認識された当初からデュシャンヌ型筋ジストロフィーはCRISPRを試すのに最も適した病気として考えられ、研究が続いている。というのも、すでに3年前にこのコラムで紹介したように(http://aasj.jp/news/watch/4683)、遺伝子がX染色体にコードされており、病気になる男性では一個しか遺伝子がないこと、また変異が存在するエクソンを除いてしまっても機能的タンパク質が作られることがわかっており、すでに編集を行うためのガイドが決定されている。そしてこれらのガイドを用いて、生きたマウスの細胞の遺伝子編集が可能であることも示されている。

ただ、その後の研究で大人のマウスにCRISPR/Casを注射すると、Casに対する抗体やT細胞性反応が誘導され、副作用の元になることもわかってきていた。それなら、免疫反応を逃れやすい新生児期にCRISPR/Cas遺伝子編集を行ったらどうかを調べたのがこの研究だ。

この研究でもdmd遺伝子のエクソン23の変異モデルマウスを用いて、このエクソンを2つのガイドRNAで潰すという戦略をとっている。そして生後2日目に一つのグループは筋肉に、もう一つのグループは静脈に遺伝子編集ベクターを注射、注射後8週間と、1年後に、同じように処理した大人のマウスと比べている。

症状の改善で見ると、大人のマウスに筋注したグループでは、編集できた細胞が時間とともに減少する。一方、新生児期に静注したグループでは、8週より1年目の方が編集を受けた細胞の比率が上昇している。そして筋肉の障害を示すクレアチンキナーゼの値も低下する。実際の症状についてはあまり書かれていないので評価が難しいが、命に関わる心臓では10%近い細胞で編集がうまくいっている。一方、骨格筋の方は大体2%程度と言える。ただ、これは一回注射しただけの結果なので、今後さらに効果を高めることは可能だろう。

同じ号に掲載された他の論文と異なり、この研究では編集により起こりうる様々な問題についても詳しく検討している。まず、Casに対する免疫反応だが、大人を編集するときは筋肉注射でも、静注でも抗体が誘導されるとともに、抗原特異的T細胞も誘導される。この結果、Cas遺伝子が体内から消失するが、新生児期の静脈注射では全くこのようなことは起こらない。

さらにこの研究では実際にゲノム上で何が起こっているのかも正確に調べており、2つのガイドでエクソン23が欠落するだけではなく、逆位や挿入の他に、なんとアデノ随伴ウイルスの挿入が高い確率で起こることを示している。Casがガイド特異的に2本鎖DNAを切断することを考えると当然の結果だろう。しかしこれを見ていると、それぞれの鎖を別々の場所でカットするスティッキーエンド型の切断酵素CasXならかなりこの問題は解決するなとも思う。一方Cas9でも、ガイドとは無関係なところでは、このような変化はほとんど見つからず、完全にコントロールするということはできていないが、遺伝子機能を回復させるという点ではうまくいっており、また1年という範囲で特に重大な問題が起こっていないことを示している。

以上のことから、遺伝子の変異をうまく選べば、アデノ随伴ウイルスを用いたCRISPRによる遺伝子編集を新生児期に行い、病気を改善させる可能性はかなり高まったと言える。100%の回復を目指すのでなければ、前臨床段階はクリアされ、次のステージへの許可が出るのではと期待している。

カテゴリ:論文ウォッチ